日本企業のための国際仲裁対策(第29回)
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第29回 国際仲裁手続の中盤における留意点(4)-専門家の意見書の提出その1
1. 国際仲裁における専門家の重要性
国際仲裁においては、技術的な事項、会計的な事項等について、専門家が活用されることが多い。特に、損害額を算定する専門家(damage expert)の活用は、日本ではあまり一般的ではないが、国際仲裁では広く活用されている。国際仲裁において、専門家は重要な役割を果たしている。
但し、専門家の関与を得るには、その報酬を支払う必要がある。この報酬額は、仲裁人の報酬額よりも多額になる可能性もある。また、専門家が関与した仲裁手続は、関与のない仲裁手続よりも、一般的に、より多くの時間と労力が必要になる。
そのため、ICCが発行している「ICC Commission Report – Controlling Time and Costs in Arbitration(ICC委員会レポート-仲裁における時間とコストの管理)」[1]には、専門家は必要ではないとの推定を置くべきと記載されている(62項)。すなわち、重要な争点について仲裁廷が判断するために、専門家の関与が必要な場合に限定して、専門家が関与するべきとの考え方が示されている。
2. 国際仲裁における専門家の関わり方の種類
(1) 当事者が選任する専門家と、仲裁廷が選任する専門家
国際仲裁における専門家は、当事者が選任するのか、あるいは仲裁廷が選任するかによって区分されている。当事者が選任した専門家は「party-appointed expert」と呼ばれ、仲裁廷が選任した専門家は「tribunal-appointed expert」と呼ばれる。
当事者が選任する「party-appointed expert」については、申立人と被申立人がそれぞれ別の専門家を選任する場合と、申立人と被申立人が合意の上、共通の専門家を選任する場合がある。
また、「party-appointed expert」と、「tribunal-appointed expert」は、必ずしも二者択一の関係ではない。いずれか一方のみのこともあれば、両者ともに選任されることもある。
以上をまとめると、国際仲裁における専門家の関わり方の種類は、基本的に以下のとおりである。
- ① 申立人及び被申立人が、それぞれ別の専門家を選任
- ② 申立人及び被申立人が合意をして、共通の専門家を選任
- ③ 仲裁廷が専門家を選任
- ④ 仲裁廷が専門家を選任することに加えて、当事者も別の専門家を選任
なお、以上は専門家が証人等として意見を述べる場合であるが、その他に専門家が仲裁人になる場合もある。この場合については、第18回の4 (3)において、仲裁人の選任等の文脈で述べている。
(2) 選択肢に関する考慮要素
専門家を当事者と仲裁廷のいずれが選任するべきかについて、主な考慮要素となるのは、一般論としては次のとおりである。
まず専門家の人数は、上記②と③が一名で済むため、もっとも少なく抑えられる。そのため、上記②と③が、「コスト」面からは望ましいといえる。上記「ICC Commission Report – Controlling Time and Costs in Arbitration(ICC委員会レポート-仲裁における時間とコストの管理)」においても、専門家が一名で済む上記②又は③の方法を検討することが、推奨されている(68項)。
但し、上記②は、申立人及び被申立人が合意をして、共通の専門家を選任するというものである。これが実現できれば、「当事者双方が納得」できた専門家を選任するということであり、かつ、「コスト」面からも望ましいものの、現実には、争っている申立人及び被申立人が専門家の選任について合意をすることは「容易ではない」。そうすると、上記③の仲裁廷のみが専門家を選任する場合というのが、多くの場合、「コスト」面からは望ましい選択肢になると考えられる。
もっとも、仲裁廷のみが専門家を選任する場合、その専門家に対して「批判的検証」が行われにくくなり(専門家の専門分野について、専門家ではない者が批判的検証を行うことは、一般に困難である)、その専門家の存在が「絶対的」なものになりかねないという懸念がある。また、その専門家の判断が実質的に勝敗を決するということになり、仲裁廷が本来行うべき判断を、専門家に委ねてしまう(delegation)ことにならないかという懸念も指摘されている。ICC(国際商業会議所)が発行している小冊子「Effective Management of Arbitration – A Guide for In-House Counsel and Other Party Representatives(仲裁の効果的な運営-社内弁護士及び他の当事者関係者のためのガイド)」[2]においても、上記②の方法については、仲裁廷が選任する専門家が極めて強い影響力を持ちうるため、この方法が望ましいか否かについては、事案毎に慎重に、戦略的に判断すべきとされている(46頁)。
専門的な分野についても、当事者が十分に「争う機会」を確保するという観点からは、上記①又は④が望ましいことになる。
但し上記①は、申立人が選任する専門家と、被申立人が選任する専門家の二名必要になるため、専門家が一名の場合よりも、「コスト」がより多くかかる。また、仲裁廷が選任する専門家がいないため、二名の専門家の意見が対立した場合に、仲裁廷がそのいずれを採用するかを判断する必要が生じる。この場合、仲裁廷に当該分野の専門的知見がないとすると、「専門家でない者が、専門家の意見の優劣を判断」せざるを得なくなるという難しさが生じる。
この点、上記④であれば、仲裁廷が選任する専門家がいるため、上記の難しさは少なくとも緩和される。但し、専門家の数が合計三名必要となるため、「コスト」がもっともかかることになる。
上記①から④のいずれによるかは、事案毎の判断にならざるを得ないが、いずれの場合でも、専門家の役割ないし判断事項をできる限り明確に限定するべきとされている(上記「ICC Commission Report – Controlling Time and Costs in Arbitration(ICC委員会レポート-仲裁における時間とコストの管理)」64項)。そうすることによって、無用なコストを避け、整理された形で専門家の意見を活用することが期待できる。
以 上