企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
4.代金回収(営業、経理)
(2) 電子決済に対応する
近年、インターネットを介して行われる物品・コンテンツ・サービス等の売買・提供・代金決済のビジネスが拡大してキャッシュレス化が進展し、これまで現金決済(現金払い)されてきた取引分野にもスマホ等を用いたキャッシュレス化の波が押し寄せている。
現在、世界各国で電子的手段を用いたキャッシュレス化が進んでいるが[1]、日本ではまだ現金決済の比率が高い。そこで、日本政府は、取引データの蓄積・利活用による新たな付加価値創出、事業者の現金処理生産性向上、消費者の支払い利便性向上等を目的として、日本市場におけるキャッシュレス決済比率を高める取り組みを始めた[2]。
企業は、これまで以上に、決済の電子化の動きに積極的に対応する必要がある。
- 〔キャッシュレス化が進む要因〕
- ・ 国別にみると、現金(紙幣、貨幣)に対する信用が小さいこと(偽札が横行)、寒冷地で冬季の現金輸送が困難であること、高額紙幣が流通していないこと、窃盗・横領等が懸念されること等が挙げられる。
- ・ 飲食店のレジ入金や保険金の集金の業務において電子化が進んでいる。電子化すれば、担当者による金銭の着服がなくなる。(受発注等の業務全体の効率化にも大きく貢献する。)
電子決済が普及するためには、例えば次のような課題を克服する必要がある。
① 情報セキュリティ管理体制を確立する。
電子決済が拡大すると、そこで動く資金を狙う不正やトラブルの増加が避けられず、決済システム全体に係る高度な情報セキュリティの確保が必須である。
企業の業務監査においても、金銭・顧客情報等の電子情報を対象にする「システム監査」が欠かせない[3]。
② 機能停止リスクへの対策を講じる。
日本では近年、台風・大雨・地震[4]・津波等による大規模災害が頻発しており、そのたびに広域かつ長時間の停電が発生する。また、通信ケーブルが物理的に切断されるリスクもある。
そのときに電子決済システムの利用者に不都合が生じないようにすることが求められる。
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〔対策が必要な事項(例)〕
一般消費者の日常の買い物に支障、送金・入金不能による資金不足(支払い不能、手形等の不渡り)
③ クレジットカードを介した国際決済に対応する。
クレジットカード(国際ブランド)を介した消費者トラブルが増加しており、企業は、無用な紛争に巻き込まれないようにする必要がある。
- 〔クレジットカード・トラブルの現象と関係者〕―包括加盟店方式の場合―[5]
- 1 一般消費者と販売業者(加盟店)の間で、トラブルが発生する。
- 2 一般消費者は、カード発行会社(イシュアー)に、上記1に係る金額について口座引落しの停止を求める。(引落された場合は、払戻しを求める)
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3 しかし、カード会社は、国際ブランドと取引しているのであり、販売業者と直接の取引関係がない。
通常、資金は次の経路で加盟店に流れる。
①消費者(カード会員)→②カード発行会社(イシュアー)→③国際ブランド(VISA、Master Card、JCB等)
→④加盟店契約会社(アクワイアラ―)→⑤決済代行業者(包括加盟店)→⑥販売業者(加盟店) - 4 特に、上記3の④⑤⑥が外国の場合(インターネットを介した取引等)は、商慣習の違い・消費者保護の考え方の違い・準拠法問題・裁判管轄問題等により、カード発行会社(イシュアー)と販売業者(加盟店)が直接交渉するのは難しい。
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5 悪質業者を排除するために、クレジットカード取引の改善、消費者教育の充実、特に悪質な業者の刑事摘発等を積極的に検討したい。
(注) 悪質事業者は国際取引を指向するので、国家間の連携が要る。
④「仮想通貨」は、その有効性が試されている段階。国によって導入の可否が異なる。
近年、支払・資金決済の手段として「仮想通貨[6]」が用いられることがある。
「仮想通貨」は暗号化されたデジタル・データで、通貨に似た機能を有するが、法定通貨ではなく(国家による価値の保証がない)、その価値は変動する(相場があり、投機対象になることが多い。)。
日本は、利用者保護とマネー・ローンダリング対策を目的として資金決済法・犯罪収益移転防止法を改正して2017年4月に「仮想通貨交換業[7]」の制度を開始したが、消費者トラブルが絶えない[8]。
- (注)「仮想通貨」については、セキュリティの脆弱性[9]、マネーロンダリングの可能性、利用者トラブルの増加、強制執行の困難性、デジタル空間に適用する法の未整備、中央銀行と民間銀行の機能の再編の必要性、等の様々な課題が指摘されており、2018年時点で各国の対応は、積極的に導入、緩やかに規制、厳しく規制、禁止等に分かれている。
[1] 2015年の国別キャッシュレス決済比率(%): 韓国89.1、中国60.0、カナダ55.4、イギリス54.9、オーストラリア51.0、スウェーデン48.6、米国45.0、フランス39.1、インド38.4、日本18.4、ドイツ14.9(「キャッシュレス・ビジョン」2018年4月 経済産業省商務・サービスグループ消費・流通政策課) なお、2017年の日本は21.0%。
[2] 「未来投資戦略2018(2018年6月15日閣議決定)第2 Ⅰ.[2]2.FinTech/キャッシュレス社会の実現」では、キャッシュレス決済比率を2027年までに4割程度とすることを目指している。このため、2018年7月に産学官が連携する「一般社団法人 キャッシュレス推進協議会」が設立され、QRコード支払い普及のための標準化等の取組を開始した。
[3] 「システム監査基準」経済産業省2018年(平成30年)4月20日(昭和60年策定、平成8年改訂、平成16年改訂)を参照。この基準には、次の事項(大項目Ⅰ~Ⅴ)が示されている。Ⅰシステム監査の体制整備に係る基準、Ⅱシステム監査人の独立性・客観性及び慎重な姿勢に係る基準、Ⅲシステム監査計画策定に係る基準、Ⅳシステム監査実施に係る基準、Ⅴシステム監査報告とフォローアップに係る基準
[4] 2018年9月6日の北海道胆振東部地震では北海道全域が一時停電(ブラックアウト)し、完全復旧までに2日間を要した。「平成30年北海道胆振東部地震に伴う大規模停電に関する検証委員会(最終報告)2018年12月19日 電力広域的運営推進機関」に詳しく分析されている。
[5] 「クレジットカード取引に関する消費者問題についての建議」2014年(平成26)年8月 消費者委員会
[6] インターネット上で自由にやりとりされ、通貨のような機能を持つ電子データ(暗号資産)を仮想通貨という。仮想通貨の入手・換金は、インターネット上の交換所・取引所(仮想通貨交換業)を利用するのが一般的で、2017年4月1日から資金決済法の規制対象となった。
[7] 金融庁・財務局の登録を受けた事業者(株式会社、資本金1,000万円以上、純資産がマイナスでない等の要件を満たす)だけが、仮想通貨と法定通貨の交換を行う「仮想通貨交換業」を日本国内で行うことができる。
[8] 金融庁・消費者庁・警察庁が連名で「仮想通貨に関するトラブルにご注意ください!(2018年10月19日更新)」と注意喚起し、それぞれ相談窓口を設けている。また、国民生活センターのPIO-NETには、2017年に2,902件の消費者相談が寄せられた(消費生活センター等からの経由相談を含まない)。
[9] しばしば、仮想通貨の外部流出事件が発生している。(例)2018年1月26日にコインチェック社(当時、日本のみなし仮想通貨交換業者)から約580億円の仮想通貨NEMが流出した。2018年2月8日にビットグレイル(イタリア)から約204億円のNANOが流出し、同社は破産した。2018年9月14日にテックビューロ社(日本の登録業者)が運営する仮想通貨交換サイトZaifから約70億円の仮想通貨が流出した。