◇SH2896◇企業活力を生む経営管理システム―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―(第77回) 齋藤憲道(2019/11/21)

未分類

企業活力を生む経営管理システム

―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―

同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

2.「高い自己浄化能力」を備えるための要件

(1) 自助努力で「自己浄化能力」を高める 規範、内部統制、内部監査、内部通報他

③ 内部監査を活用する

 監査は、その対象領域によって「業務監査」と「会計監査」に大別される。

 内部監査は、現場の業務実態に精通している内部者が行うので、特に「業務監査」で成果を上げることが期待される。

 内部監査では、「業務執行のルール(内部統制)」の整備状況、及び、その運用状況を検討・評価して、改善が必要な事項を指摘する[1]

  1. (注1) 監査部が、市場競争力分析、モラル・サーベイ(従業員意識調査)、設備投資効率分析等を行う例もある。この場合は、経営企画・人事・生産技術・経理等のスキルを有する者を集めて監査チームを編成する。
  2. (注2) 会計監査については、専門家である監査人(公認会計士)が大きな役割を果たしている。

 なお、監査では、案件の必要性に応じて、定期監査と抜打ち監査が使い分けられる。

 内部監査に期待される主な効果を、次に列挙する。

1)「潜在リスク」を発見し、適切な対応が必要な事項を指摘する。

 ⅰ) 法律違反や基準・規格への不適合、及び、改善すべき企業倫理問題、の存在を指摘する。

  1. ・ 主に「グローバル対応」が必要な事項
    例 独占禁止法違反、贈賄、違法な輸出入・送金、脱税(移転価格問題を含む)、児童労働(取引先を含む)
  2. ・ 世界の事業拠点で主に「現地対応」する事項
    例 労働問題、職場の安全問題、ハラスメント、環境問題(製品自体の問題は、多くの場合グローバルに対応)
  3. ・ 製品の不具合・欠陥問題に関する情報を収集(隠蔽は禁止する)・分析して、更に対策すべきと考える事項
     

 ⅱ) 情報(秘密情報、個人情報)の不正流出・不正使用の存在(又は、そのおそれ)を指摘する。

  1. ・ 情報セキュリティシステムの弱点(外部からの侵入可能性を含む)
  2. ・ 個人情報の取り扱い方に関する問題点
     

 ⅲ) 粉飾決算(いわゆる「不適切会計」を含む)の事実を指摘する。

  1. ・ 故意の粉飾は発見し難いため「内部通報制度」の充実が期待される。
  2. ・ グループ連結決算の粉飾(特に、海外事業場で行われる巨額粉飾を見逃さない)

2)「事業運営上のリスク」を発見・評価して、対策の必要性を指摘する。

 次に、対策が必要な事業運営上のリスクを例示する。

 ⅰ) 社外(市場を含む)における低評価

  1. ・ 会社の信用に係る評判、ブランドの評判、消費者からの評判、取引先における評判、マスコミの評判

 ⅱ) 事業展開に伴うリスクの想定が過小

  1. ・ 新商品の開発・導入に伴う大きなリスク
    競争相手の戦力を過小評価している場合は、リスクが大きい。
  2. ・ 大規模プロジェクト(合併、買収、ジョイントベンチャー等)に内在する想定以上のリスク
    (注) 買収先に潜在する大きな懸念事項
        例 カルテル行為、贈賄、製品欠陥、知的財産権侵害、不正会計、国の政策から大きく乖離

 ⅲ) 事業継続のための検討・準備が不足

  1. ・ 事業継続計画(BCP)、事業継続マネジメント(BCM)[2]、サプライチェーンマネジメント 
  2. ・ 商品ライフサイクルの転換期(次世代新商品の出現)、ライバルとの市場競争力の変化
  3. ・ 各国(日本、外国)の政策への対応
  4. ・ 貿易に係る規制(輸出入規制、アンチ・ダンピング、移転価格税制)

 

④ 内部通報制度を活用する

 資料・データに大きな痕跡を残さず秘密裏に行われる不正を監査で見つけるのは難しい。これを発見する手段としては、内部通報が極めて有効である[3]

 2004年に公益通報者保護法が制定(2006年施行)されたのを機に、多くの企業が「内部通報受付窓口」を設置した。この窓口がうまく機能すれば、企業の自己浄化能力が一段と高まると考えられる。

  1. 〔公益通報者保護法〕
  2.    公益通報者保護法は、公益通報を理由とする通報者の不利益な取扱いを禁止し、国民の生命・身体・財産他の利益を保護する法令の遵守を図って(1条)制定された。
  3.    保護される対象は、(1)事業者に対する通報(金品を要求・他人を貶める等、不正の目的ではない)、(2)行政機関に対する通報(真実だと信じる相当の理由がある)、(3)前記(1)(2)以外の第三者への通報、である[4]。この(3)が保護されるのは、「通報対象事実が生じ(又はまさに生じようとしている)と信ずるに足りる相当の理由」があり、かつ、「公益通報すれば解雇その他不利益な取り扱いを受けるおそれがあり、又は、証拠の隠滅・変造のおそれがあり、又は、労務提供先から正当な理由なく公益通報しないことを要求され、又は、書面(又は電子的方法等)で通報後20日以内に労務提供先から調査開始通知がなく、又は、生命・身体への危害発生の急迫した危険がある[5]」場合である。
  4.    公益通報者保護法の保護要件は厳格に定められているが、内部通報制度の実務では、通報者に無用な心労をかけさせずにヒヤリハット情報まで収集することを目指し、通報者の悪意が明白でない限り、どのような通報でも受け付けて保護することが望まれる。
  5. (参考) 米国では、2002年に企業改革法[6]が制定され、経営トップによる内部統制の有効性の評価を求めるとともに、会計または監査に関する不審な点について、従業員が秘密かつ匿名で社内(取締役会)の監査委員会に通報できる仕組みを確立することを義務付けている。米国は、会社の機構に監査役制度がない点で日本と異なるが、内部通報のあり方(情報の収集方法、調査責任の所在等)を検討する上で参考になる。

1) 内部通報受付窓口の類型[7]

  1. ・ 窓口が受け付ける通報者の範囲は企業により様々である。
    正社員、契約社員・パート・アルバイト、派遣社員、退職者、取締役、グループ企業の役員・従業員、取引先の役員・従業員、これらの家族、受付範囲を限定しない等
    (注) 内部通報受付窓口を設置した企業の過半が匿名通報を受け付けている。
  2. ・ 設置場所
    社内に設置(総務、法務・コンプライアンス、人事、監査、経営トップ(社長等)直轄、社外監査役又は社外取締役、等に設置[8]
    社外にも設置(法律事務所、親会社・関連会社、専門会社、労働組合等)
  3. ・ 受け付ける通報対象事実の範囲
    公益通報者保護法違反に限る例、法律違反全般を受け付ける例、就業規則等の違反を含む例
    (注) 公益通報者保護法の対象になる法律は「刑法・食品衛生法・金融商品取引法・日本農林規格等に関する法律・大気汚染防止法・廃棄物処理法・個人情報保護法・その他政令で定めるもの[9]」だが、実際にはあまりにも法律が多い[10]ので、企業の実務では「刑事罰がありそうな分野」のように窓口を広げて受け付けることになる。


[1] 「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」2011年(平成23年)3月30日 企業会計審議会 を参照

[2] 災害・感染症・テロ・サプライチェーン途絶等の大規模の緊急事態発生時に、事業を継続・迅速復旧するための方針・体制・手順等をBusiness Continuity Plan(BCP)といい、BCPを維持・更新して、資金・人材確保、事前対策実施、訓練・継続改善等を行う平時の取組みをBusiness Continuity Management(BCM)という。「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応- 平成25年8月改定 内閣府防災担当」が公表されている。

[3] 「平成28年度 民間事業者における通報処理制度の実態調査(消費者庁)」によれば、社内の不正発見の端緒は次の通りである(アンケート調査結果。複数回答結果の構成比)。1.従業員等からの内部通報(通報窓口や管理職への通報)58.8 %、2.内部監査(組織内部の監査部門による監査)37.6、3.職制ルート(上司による日常的業務チェック、従業員からの業務報告)31.5、4.取引先・一般ユーザーからの情報11.4、5.従業員を対象にした職場のコンプライアンス・アンケート等8.8、6.外部監査(監査法人等の外部機関)7.2、7.偶然6.5、8.行政機関調査5.8

[4] 公益通報者保護法3条1号~3号

[5] 公益通報者保護法3条3号イ~ホ

[6] 2001年12月のエンロン社破綻、2002年7月のワールドコム社破綻を受けて、2002年7月に成立したSarbanes-Oxley Act Sec.301.4 なお、同法(通称、SOX法)は、監査委員会に原則として少なくとも1人の財務専門家を所属させること(407条)、財務報告の責任者又は作成者(CEO、CFO)が1年内に監査担当会計事務所の監査メンバーでなかったことを必要とすること(クーリングオフ期間の設定。206条)、会計事務所の監査パートナーのローテーションについて「主任パートナーは5年の監査と5年のタイムアウト」「それ以外のパートナーは7年の監査と2年のタイムアウト」を義務付ける厳格化を行った(203条)。

[7] 「平成28年度 民間事業者における内部通報制度の実態調査 報告書(消費者庁)」より

[8] 前掲脚注の報告書によればアンケート結果は次の通り(複数回答、構成比)。総務38.7%、法務・コンプライアンス32.9、人事19.5、監査17.0、経営トップ(社長等)直轄11.2、社外監査役又は社外取締役3.5

[9] 公益通報者保護法「別表(第2条関係)」

[10] 公益通報者保護法2条3項1号、同法別表1~7号及び「公益通報者保護法別表第8号の法律を定める政令」には、全470本(刑法、食品衛生法等を含む)の法律が挙げられている(2019年7月1日時点)。

タイトルとURLをコピーしました