コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(184)
―コンプライアンス経営のまとめ⑰―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、雪印乳業(株)の食中毒事件後と牛肉偽装事件後に実施した信頼回復行動をまとめた。
雪印乳業(株)は、食中毒事件発生から牛肉偽装事件発覚前までは、「事件を品質事故ととらえ、主としてハード面の対策に重点を置いた」が、牛肉偽装事件発覚後は、「不祥事の発生を組織文化に起因するもの」と受け止め、ガバナンスや組織体質を改革し、コンプライアンスを組織文化に浸透させようとした。
食中毒事件後には、「商品安全監査室の設置」、「工場の衛生教育」、「検査体制の充実強化」、「要改善ラインへの設備投資」、「品質管理要員の強化」、「コミュニケーションセンターの365日対応」、「異常品発生時の連絡体制」、「食品衛生研究所の設立」、「お客様ケアセンターの設置」、信頼回復と販売基盤整備のための「VOICEプロジェクト運動」、「新生雪印のためのビジョンとブランドメッセージの制定」、「雪印企業行動憲章2001・雪印企業行動指針の制定」、「経営諮問委員会の設置」を行った。
牛肉偽装事件発覚後は、信頼回復プロジェクト「雪印の体質を変革する会」を組織したほか、「社外取締役の招聘」、「交流会・対話会の実施とお客様モニター制度の実施」、「工場開放デ―の実施」、「企業倫理室の総務部からの独立」、「新生雪印乳業の企業理念・行動基準の制定」、「企業倫理委員会と専門部会(消費者部会、表示部会、品質部会)の設置」、「ホットラインの設置(社内・外)」、「事件を風化させない活動の実施」、「宣誓書の提出」、「米国倫理学会での報告」、「雪印乳業行動指針の改訂」、「雪印乳業行動基準浸透・定着に向けた役員・社員アンケート」、「活動報告書の発刊」等を実施した。
今回は、日本ミルクコミュニティ(株)の設立と組織改革についてまとめる。
【コンプライアンス経営のまとめ⑰:日本ミルクコミュニティ(株)の設立と組織改革①】
日本ミルクコミュニティ(株)は、雪印乳業(株)グループの食中毒事件と牛肉偽装事件をきっかけとして、2003年1月、雪印乳業(株)の市乳事業、全国酪農業協同組合連合会(略称全酪連)の乳業子会社であるジャパンミルクネット(株)の市乳事業、全国農業協同組合連合会(略称 全農)の乳業子会社の全国農協直販(株)の合併により設立された市乳専門の乳業会社で、株主は全農(40%)、雪印乳業(30%)、全酪連(20%)、農林中央金庫(10%)である。[1]
筆者は、同社の設立準備段階から、全酪連乳業統合準備室長兼市乳統合会社設立準備委員会事務局次長として同社の設立に関与し、同社設立後は、初代コンプライアンス部長として移籍、ゼロから同社のコンプライアンス体制を構築・運営した。
なお、雪印乳業(株)、全農直販(株)、ジャパンミルクネット(株)の3社は、それまで競争関係にあり、組織文化や意思決定プロセスの異なるそれぞれの組織が短期間に共同で事業推進体制を構築しなければならず、市乳統合会社の設立準備には、認識の一致と情報共有化、協力行動の推進に多大なエネルギーを要した。
乳業界では、市乳事業は規模が大きいものの利益率が低いことから「儲からない事業」と言われており、日本ミルクコミュニティ(株)の設立に対する業界の反応は、「儲からない事業を集約して規模を大きくしても利益が出るとは思えない」、「昨日まで激しい市場競争を繰り広げていた企業文化の異なる三者が1つになっても、相乗効果を発揮するどころか意思統一ができずに失敗するだろう」、等の冷ややかな見方が多かった。
現実には、(合併会社の設立が長引けば、雪印乳業(株)の倒産が早まるので)会社の設立を急いだために情報システムと物流が大混乱し、新会社は1年も経ずに債務超過の危機に陥り、社長以下主要な役員が交代した。
新経営陣は、経営再建計画(構造改革プラン[2])を新たに設定するとともに、構成員に不公平感を抱かせモチベーションを低下させる出身会社主義を払拭するために、「実力主義と現場主義」の社長方針を掲げ、不平等な人事制度を改めた結果、同社は「出るはずがない」と言われた利益を出し、計画よりも1年早く経営を軌道に乗せた。
それは、構造改革プランを着実に実行したことによるが、本稿では何故それが可能だったのか、どのようにして成員のモチベーションの喚起に成功したのかを考察し、合併会社経営の要諦の参考としたい。
1. 新社長の方針「実力主義と現場主義」の徹底
新社長は、設立当初に強く意識されていた(給与体系にも反映されていた)「出身会社主義」を改め、「実力主義と現場主義」の方針を徹底するために、本社から工場まで全ての職場にこのスローガンを掲示させるとともに、所属長から従業員にその趣旨を説明させた。
また、役員は手分けして現場に出向き、会議、意見交換、現場視察を行い、方針と構造改革プランの主旨を説明するとともに、夜には車座になって現場の声に耳を傾けた。
2.「従業員満足度調査」の実施
従業員の意識や不満を把握し対策を実施するために、「従業員満足度調査」を度々実施した。
3. 人事評価制度の見直し
「出身会社の旧給与体系に調整給を設けて5年かけて統合する」という当初のやり方を改め、出身会社に関わらず職位と能力により同一の賃金を支払うこととした。
4.「チーム力強化の取組み」(後述)の実施
「チームに対する貢献」を人事評価項目に入れ、合併会社特有の課題である「出身会社主義」の解消を制度面に反映した。
つづく
[1] 雪印乳業(株)グループの事件は、一企業の経営危機というだけではなく「酪農生産基盤の毀損につながるのではないか」との懸念を酪農・乳業関係者に抱かせた。特に、わが国の酪農生産基盤を維持・発展させる役割を担う行政、農系金融機関、生産者団体にその思いが強く、一致協力して雪印乳業㈱の存続・経営再建に協力した。
[2] 当初計画の大幅未達という現実を踏まえ、売上増に頼らず現状の売上で、利益率を改善し費用率を低減することにより、利益が確保できる事業構造を構築する計画。2005年度に単年度黒字化、2008年度に累積債務の解消を目指した。