◇SH1211◇弁護士の就職と転職Q&A Q2「法律事務所の内定は辞退してもいいのか?」西田 章(2017/06/05)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q2「法律事務所の内定は辞退してもいいのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 人材紹介業者にとって、自己の紹介した候補者による「内定辞退」は、内定取得までに要した時間と労力を台無しにする「遭遇したくない事態」です。転職が成立しなければ、成功報酬が手に入らないので、「社会人としてのマナー」や「評判リスク」を持ち出して思い止まらせようと画策します。他方、内定者を奪う「後出しジャンケン」側を依頼者とする場合は、「自由な意思決定を尊重すべき」と主張して「進路変更」の背中を押すことになります。

 修習生にとっては、法曹としてのキャリアの第一歩をどちらに踏み出すかの重要な選択の場面ですので、今回は、この問題を取り上げたいと思います。

 

1 問題の所在

 司法修習前に内定を受諾していたとしても、修習生はこれに拘束されるものではない。このような解釈は、司法研修所からも弁護士会からも示されてきました。司法研修所は、修習予定者に対して「司法修習前ないしは司法修習中に、特定の弁護士ないし法律事務所からいわゆる就職の内定を得ていたとしても、内定を撤回して他の進路を志すことは全く自由である」と述べる文書を送付していました。弁護士会も、所属弁護士に対する協力要請事項として「採用決定により、司法修習生を拘束してはならない」「職業選択に関する司法修習生の自由な意思決定を尊重しなければならない」という項目を掲げていました。

 そのため、掲記の問題は、「内定を辞退することはできる」ことを前提として、実務上、どのような手続で内定の辞退の気持ちを告げるべきか、その際にどこまで理由を説明するべきなのかといった方法論として修習生を悩ませています。

 

2 対応指針

 内定辞退は、内定をくれた採用担当に事前に相談して、違う道を選ぶという判断を理解してもらえるのが理想です。ただし、マナーを意識することよりも、悔いのない進路を選択することのほうが重要です。そのため、現実には、メール等で一方的に辞退を通告するマナー違反的なやり方も行われています。

 

3 解説

(1) 「誠実協議」型と「一方的通告」型

 内定辞退を考える修習生には、大別すれば、①意思決定前に事前に内定をくれた事務所の採用担当に相談するタイプと、②すでに意思を固めた上で、一方的にメール等で辞退を通知するタイプがあります。

 どちらを選ぶかは、修習生の性格(気が弱くて修羅場を避けたがるかどうか)が影響しますが、それだけでなく、内定をくれた事務所がどこまで慰留に固執するか、乗り換えようとしている進路との関係も影響しています。

(2) 「誠実協議」型のメリットとデメリット

 事前相談は、単に「社会人のマナーとして誠意を示す」ために行うわけではなく、「意思決定に必要な情報を得る」ためにも有益です。内定者をあとから勧誘する側(「後出しジャンケン」側)は、内定先の事務所の欠点を指摘できるので、印象操作できる立場にあります(例えば、「ハードワーク」とか「パートナーになれずに使い捨てられる」等)。そのため、内定辞退を即断するのではなく、まずは、内定を出してくれた採用担当に、もう一度、ネガティブ情報への反論や弁明を尋ねた上で最終判断をできるのがベストです。

 ただ、これは「採用担当が、最終的には自分の価値観を尊重してくれる」という安心感がなければ、泥仕合化して関係者全員に不快な思いを残すリスクもあります。採用担当が修習生の判断を「納得できない」として反論を続けたら、そのうちに修習生が疲弊して、(どちらが自分の進路として適切かという基準ではなく)「断りやすい方を辞退する」という展開を迎えることもあります。

(3) 「一方的通告」型のデメリットとメリット

 「内定を辞退します」という連絡を受けた採用担当としては「本気なのか?内定を取り消していいのか?」「理由は何か?行き先はどこか?他の弁護士にどう説明すればいいのか?」「穴埋めの求人をすべきなのか?」という疑問が次々と頭に浮かんできます。そのため、本人を呼んで事情を聞きたいと考えるのが普通です。それにも関わらず、本人が一方的にメール等で通知するだけで説明に来ないとすれば、それは「社会人としてのマナー違反」と罵られても仕方ありません。

 ただ、裁判官や検察官のように公益性がある職業への転向ならば、正直に相談すれば採用担当も納得してくれる可能性が高くとも、転向先の進路が競合する法律事務所だったりしたら、採用担当もその変心を簡単には納得できません。

 修習生が、「正直に相談しても納得は得られない」と覚悟した場合には「採用担当を感情的な議論に引き込んでしまって、その時間と労力を費やしてしまう不経済を回避したい」と考える場合があります。そして、マナー違反を承知の上で、内定辞退を「一方的通告」で済ませる事例が発生します。その際には「自分の能力や体力では貴事務所の仕事にはついていく自信がない」というように、自分の側に非があることを理由とする、本人なりの配慮もなされたりします。道義的には奨励できる方法ではありませんが、これも関係者の被害を最小化するために編み出された実務上の工夫のひとつではあります。

 

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