◇SH2736◇弁護士の就職と転職Q&A Q90「キャリア・アドバイスは有益か? 有害か?」 西田 章(2019/08/26)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q90「キャリア・アドバイスは有益か? 有害か?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 私は、13年前、大手事務所から日銀に出向していた時期に、生まれてきた次男の障害に対応する時間を確保するために、インハウスに転職活動をして内定を得たことがありました。自分の中では転職の気持ちを固めて、内定を受諾する前の最後の確認として、尊敬する先輩弁護士に相談したところ、「西田くんがワークライフバランスを期待してインハウスになりたいというのは一般論としては理解できる」「でも、この会社は馬車馬のように働く者しか評価されない文化なので、ワークライフバランスを求めて転職すべき先ではない」と助言してもらい、内定を辞退することに決めました。これが転換点となり、私は、その後、人材紹介業を始めることができたので、今でもこの先輩の助言には感謝しています。

 

1 問題の所在

 ロースクール世代の転職相談者は、事務所を紹介すると、「その事務所について同期にも評判を聞いてみます」という反応をされることがあります。ここでいう「同期」には、事務所の同期のこともあれば、ロースクールや修習の同期のこともありますが、照会の結果として、「あそこはブラックだと聞いた」とか「仕事のクオリティが低いと聞いた」というような、ふわっとした印象論だけを入手して来られることが多いです。

 「幅広く情報を入手した上で進路選択をしたい」という気持ちはよくわかりますが、「他人の意見を聞く」ことのメリットは、「自分自身の経験は短くて視野も狭いので、その死角を補って判断をするために、自分とは違う環境で育ってきた人が見聞きしてきた知見と経験を貸してもらう」ことで転職に伴うリスクを低減することにあります(「自分と似たような環境にいる同期から評判を確認する」というのは、学力偏差値的発想に基づいて、「移籍した場合に、ドロップアウトしたと思われることはないか?」という、世間体や外聞を意識したものに過ぎないことが多いように思われます)。

 そういう意味では、自分が新たな職種や業態に飛び込むために情報を求めるならば、(自分が未経験の)その分野で働いてきた先輩から意見を聞く、というほうに意味がありそうです。ただし、他者に尋ねても、無色透明な客観的な意見を常に聞けるわけではありません。その人自身がその業界で成功しているのかどうか、また、その人にとって、新たに弁護士が参入してくることがハッピーなのかどうか(競合者を増やす懸念を生むことはないか)なども発言内容に影響を与えます。更に言えば、相談を受けた側としては、「この人は、転職の意思決定の背中を押してほしくて自分のところに相談に来たのか? それとも、止めて欲しくて相談に来たのか?」を想像した上でコメントの方向性を決める場合もあります。

 

2 対応指針

 「この法律事務所/会社をどう思うか?」という印象論を尋ねる質問では、伝統ある組織に所属している相談者ほど、「ベンチャー/新興はリスクが高い」というような指摘を受けて、せっかくの挑戦の意欲に水を差される結果に終わることが多いです。

 「現所属先の評判vs移籍検討先の評判」という偏差値比べ的な思考に陥ることを避けるためには、「こういう法律事務所/会社に行って、自分はこういうことをしたいと思っているが、どう思うか?」という仕方で尋ねることにより、キャリア・プランの実現可能性を検証するための事実又は意見を求める姿勢を明らかにすることができます。

 相談を受けた側としても、印象論(「あそこのパートナーはうちでも評価が高かった/うちでパートナーになれなかった」等)だけではなく、相談者が描いたキャリア・プランのリスクをヘッジする策(本業以外にも個人事件を続けるべきとか弁護士会活動を続けるべきとかもこれに含まれます)を提示して、どうしたらリスクを取った選択をできるようになるか、という方向での助言ができる余地も探ってもらいたいと思います(相談者がリスクをとって転職を成功させた後に感謝されることもあります)。

 

3 解説

(1) 偏差値思考からの脱却

 受験競争を優秀な成績で勝ち残って来たエリート弁護士ほど、「偏差値の高い職場に行って、優秀な先輩・同期に囲まれて切磋琢磨できるほうが自分の成長に資するのではないか?」という期待を抱きがちです。しかし、その発想のままでハードワークを続けて来た結果、パートナー審査で「その分野はもうパートナーが足りている(=よって、あなたをパートナーに追加する余地がない)」というような落選通知を受けて、はじめて「空きがあるスペースを探さなければならなかったんだ」と気付かされる、というのは、リーマンショック後の50期代の弁護士には見慣れた風景でした。

 偏差値が高くて、優秀な弁護士が集まっている事務所には、「人材の層が厚いが故に、アソシエイト教育が行き届く」というメリットはあります。ただ、いつまでも「学びたい」というINPUTの姿勢のままではいられません。何かの分野で、第一人者となり、クライアントから頼られる存在になる、というOUTPUT側に目標を設定するならば、「先輩弁護士の層が薄い分野」を探すという視点も持っておくことが重要となってきます。

(2) キャリア・プランの仮置き

 転職を考える時には、転職先の偏差値が高いかどうか、という発想ではなく、「そこに行ったら、誰を依頼者として、どういう指揮命令系統の下で、どういう業務を担当するのか?」「それによってどういう経験値を得て、人脈を築けるのか?」「3年〜5年したら、次にどういうポジションがあるか? 社内/所内昇進か? 転職するならば、どういう先があるか? 独立もあるか?」等に想像を膨らませてみることは重要です。

 もちろん、部外者の立場でいくら想像しても、確度の低いプランしか描けないかもしれません。ただ、自分にとってのベストシナリオを思い描こうとしてみて、それをまったく描くことができないようならば、その職場への移籍自体を思い直したほうがいいです。逆に、確度は不明でも、自分にとってハッピーなシナリオを一応は思い描くことができるならば、その実現可能性を探ってみる価値はあります。そんなプランを仮置きでも立てることができたら、そのプランを基に、先輩弁護士や他業界の友人等に意見を聞いてみるステージに検討を進めることができます。

(3) リスクヘッジ策

 大学受験においては、その成否を分ける基準を偏差値に置く人が多くいますが、キャリアにおいては、その成否を分ける基準は「有為な経験を積めたかどうか」にあります。別に、偏差値が高い職場にいかなければ、良い経験が積めないわけではなく、ベンチャー企業や新興事務所に行った方が(人材の層の厚い職場よりも)より責任のある仕事を任せてもらえたり、密度の濃い経験を積めることもあります。株式投資をするわけではありませんので、極論すれば、勤務先が倒産してしまったとしても、それ自体は弁護士のキャリアの失敗を意味するわけではありません(その現場にいながら、リアルタイムでそれを楽しめるだけ余裕はないでしょうが、倒産前後の混乱を過ごせることは、長い目で見れば、弁護士又は法務パーソンにとっての貴重な経験になります)。

 ただ、キャリアも、常に新卒気分で、新しい仕事に就かせてもらえるわけではありません。転職活動では、「年次に見合った経験」を求められるために、「現職で経験したことの延長線上」の仕事のほうが職は見付けやすく、年次が上がるほどに「未経験分野」の職を公募案件で獲得することは困難になってきます。そのため、「リスクがある」と言われるような先に転職する際には、本業に全力投球して社内評価を上げることを狙うだけでなく、(転職先に描いたプランAが頓挫した場合に発動する)「プランB」としての「次の転職」に向けたリスクヘッジ策として、別途、社外にも、人脈や収入源を併行して築くことに意識的に取り組む方も見られます。

以上

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