弁護士の就職と転職Q&A
Q104「転職理由はどこまで重視されるのか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
転職活動中の若手弁護士から「志望動機をうまく説明できずに法律事務所からは採用を見送られてしまったが、転職後のビジョンを語れた企業では最終面接に進めた。」という報告を受けました。緊張せずに短時間でコンパクトにわかりやすく自分の思いを表現するプレゼンテーションの訓練に意味はあると思いますが、「面接受け」を狙い過ぎてしまうと、「そもそも論」としての「自分はこれから先に何をしたいのか?」の軸がブレて、目的を見失ってしまうことが心配されます。
1 問題の所在
採用側としては、優秀さと意欲の両方を兼ね備えた候補者に応募してもらえるのが理想です。そういう意味では、転職理由を起案して、これを上手にプレゼンできることも無駄ではありません。しかし、採用側は、どれだけ熱意をアピールされても、想定業務への能力不足が疑われる候補者にはオファーを出せません。営業職ならば熱意で穴埋めできる部分もあるかもしれませんが、企業法務の世界においては、基本スペックに劣るアソシエイトを教育していくことは「労多くして益が少ない」という見方が多数説です。そのため、応募者の側では、熱意のアピールよりも、何らかの客観的資料に基づいて、「基本スペックの高さ」を示すことが先決です(第二新卒の年次であれば、司法試験の順位を誇れたら一番わかりやすいですが、そこでは実力を発揮できなかったというのであれば、予備試験の順位でも、ロースクールの成績でも、ゼミのレポートでも、弁護士になった後の案件のエピソードでも、何か他の客観的事実に基づいて能力面のアピールをすることが求められます)。
「なぜ、うちに応募してきたのか?」という内心に関する問いに対しては、まずは、それが「採用側にとっても理解可能なストーリー」で答えることが重要です。それが不自然であると、「口では色々と言っているが、実際には、能力不足や勤務態度が悪くて前職をクビになったのではないか?」という疑念を抱かせることになりますし、「何か不当な目的を隠しているのではないか?」という懸念を与えてしまうこともあります(中小の事務所には「経歴が一流の候補者がなぜうちのような事務所に応募してくるのか理解できなかったが、採用してみたら、事務所に黙って個人事件を受任して隠し銀行口座に弁護士報酬の振り込みを受けていたことが判明した。」という苦い経験に基づき、推薦者がいない候補者の採用を控えるようになった先もあります)。
他方では、「会うだけ会ったら断ろうと思って面接をしたら、『ご縁』を感じさせられて採用することになった。」という事例も耳にするため、客観要件では合格点に達していなかった候補者を、志望動機が話を弾ませて補欠合格へと導いてくれたということもあるようです。
2 対応指針
中途採用への応募は、「自分を採用して使ってみませんか?」という「持ち込み企画」への審査を受けるようなものです。合否は、企画の優劣によって決まるのであって、落選しても人格まで否定されたように捉えるのは行き過ぎです。
審査の視点は、「採用後の直属の上司か? それ以外(人事担当等)か?」によって異なります。人事担当者には、予め準備した合理的な想定問答(「御社の事業の成長と共に自分も成長したい」的な将来シナリオ)が役に立ちますが、直属の上司であれば、応答の態度そのもの(頭の回転の速さや素直さ)が重視されます。
転職理由は、大別すれば、「これまでの業務経験をさらに伸ばしたい」型と、「新しいことに挑戦してみたい」型に分かれます。後者については、「漠然とした憧れ」に留まらずに、未経験ながらも関連する経験に基づいた具体的な関心と適性を示すこと(業務分野を変えるというよりも広げていくイメージを与えられること)が企画に説得力を与えてくれます。
3 解説
(1) 面接に落ちた場合の反省の要否
書類選考で落とされてしまうと、「自分の経歴には会ってもらう価値もない」と判断されたことに落胆させられますが、面接してもらった上で落とされると、今度は、自分の人間性を否定されたようなショックを受ける人もいます。真面目な人ほど、「あそこでこう回答すればよかった」などと後悔したり、落選理由を分析して、次に生かしたいと考えますが、落選直後に突き詰めて考えてみても、あまり実益はありません(実際、多くの事例では、明確な落選理由は存在せずに、「他により優れた候補者がいた」か「特にピンと来るものがなかった」から合格しなかったに過ぎません)。
落選理由を突き詰めてしまうことで、「負のオーラ」を身に纏って、本来の良さ(例えば、明るさや素直さ)まで損なわれてしまう危険すらあります。落選直後の段階では、「ご縁がなかった」と割り切って、新たな応募企画を立て直すことに集中する方が建設的です(落選理由の分析は時間を置いてから行うほうが効果があります。)。
(2) 面接官の立ち位置
採用側の立場でも、「人事担当者として応募者を面接する場合」と「将来の上司として応募者を面接する場合」では視点が異なります。人事担当者としては、「この応募者は、我が社のカルチャーにフィットするか? 事業の発展に貢献してくれるか?」という、少し抽象的なレベルで応募者を査定します。ここでは、「質問に対して何を回答するか?」という回答内容の合理性が相応の比重を占めます。
これに対して、将来の上司の場合には、「こいつに仕事を頼んだら、きちんとタイムリーにこなしてくれるか?」という具体的業務における「使い勝手」が最大の関心事となります。ここでは「私の言ったことを理解できているか?」「わからないことを質問してきてくれるか?」「反抗的な態度をとらないか?」といった、面接時の頭の回転や回答態度の素直さが評価に大きな比重を占めます。
また、小さな組織においては、「ひとりでも問題児がいたら、職場の雰囲気が悪くなる」という事情があるために、温厚で柔軟な性格が求められる傾向もあります。
(3) 未経験分野への挑戦
転職活動を行う人には、「現職に対する何らかの(業務内容か人間関係か待遇に)不満や不安」があると推測されます。このうち、「業務内容を変えたい」という転職理由には、「では、なぜ、うちの仕事には適性があると言えるのか?」という根拠を示すことが求められる場面をよく見かけます。ここで、「自分が実際に担当した仕事はもうやりたくないから、別の仕事をやってみたい」という印象を与えてしまうのは避けたいところです。
現職での仕事については、(その適性を否定するよりも)「自分がこれまで担当してきた仕事は一応の区切りがつく水準まで経験を積めたので、次のステージに進みたい。」と言えるのが望ましいです。そして、軸足を完全にずらすのではなく、軸足を少しずらして、自分の取り扱える業務範囲を広げるための方法として転職を位置付けられると説得力が増します。
また、応募先の業務については、「まったく経験したことがないからやってみたい」というよりも、過去の自分の業務を棚卸しすることで、部分的にでも類似の案件に携わった経験を掘り起こして、具体的な経験に基づいて関心や適性を伝えることも考えてみてほしいところです(案件としては関与した経験がなければ、判例、文献や論文をリサーチした経験にも対象を広げて考えてみるべきです。関心がありながらも、何のアクションも起こさずに、漫然と転職に応募してきた、という態度には説得力がありません)。
以上