◇SH2866◇民事司法改革シンポジウム 民事司法改革の新たな潮流 ~実務をどう変えるべきか~②(2019/11/05)

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民事司法改革シンポジウム
民事司法改革の新たな潮流~実務をどう変えるべきか~②

◇開催日 2019年3月23日(土)午後1時~午後4時

◇会 場 弁護士会館2階講堂クレオ

 

司会・成瀬 続きまして、特許庁長官の宗像直子様に「技術を守れる知財訴訟を目指して」についてお話しいただきます。それでは、宗像様、どうぞよろしくお願いいたします。

宗像・特許庁長官 特許庁の宗像でございます。皆様、こんにちは。よろしくお願いいたします。
 日弁連の皆様をはじめ、本日お集まりの皆様には、日頃から特許庁の取組に対して御理解、御支援をいただいておりまして、本当にありがとうございます。菊地会長のネクタイとポケットチーフがきれいなピンク色なものですから、先ほど通りすがりの日比谷公園できれいな桜が咲いていたのを思い出してしまいました。
 本日は、「技術を守れる知財訴訟を目指して」と題しまして、現在特許庁が取り組んでおります知財紛争処理システムの見直しについて、お話をさせていただきます。日本では、2002年に知財政策が国家戦略に位置付けられまして、知財立国の実現が国家目標とされてきました。そして、知財の保護の強化などについて、制度改革が実行されまして、知財高裁の設置、特許審査の迅速化などが実現いたしました。
 それから15年以上が経ちまして、知的財産を取り巻く社会、経済状況が大きく変わりました。特に中国の変化が早くて、ここ数年、知財強国となることを国家目標に掲げて、制度、組織、人材などの基盤を急速に強化しております。その一環として知財訴訟制度を大変なスピードで改革をしています。
 第1に、知財訴訟を審理する裁判所を強化しています。2014年に一審として、知財訴訟を専門的に審理する知財法院を北京、上海、広州に設置しました。また、2017年1月から1年半の間に、16か所の中級人民法院に知財訴訟を専門的に扱う知財法廷を設置いたしました。さらに、今年の1月からは、それまでの高級人民法院で審理されていた技術系事件の第二審を最高人民法院に集約をして審理するということになっています。
 2番目に、知財訴訟の賠償額を大幅に増額するということを進めております。中国の特許法であります専利法の第4次改正案は、当初3倍賠償制度ということだったんですけれども、国務院を通った後には何と5倍賠償制度というものに変わっていたんですけれども、それの導入であるとか、法定賠償制度の上限額を100万元から500万元に引き上げるといった改正が盛り込まれております。
 3番目に、裁判所全体の電子化・情報化を非常に強力に推し進めています。電子情報プラットフォームというのを設けて、様々な手続をオンラインで行えるようにしている。そして音声認識システムを備えたデジタル裁判廷、これは審理が自動的に、人の介在も少しはあるんですけれど、どんどん議事録がリアルタイムでできていくというようなものが整備されております。
 最高人民法院は、昨年末メディアに対して、これらの取組を通じて、この最高人民法院が世界の特許権者に選ばれる法廷になる自信があると述べておりました。中国の特許出願件数は、2017年で約130万件と世界一なわけですけれども、60万件のアメリカ、31万件の日本を大きく上回っております。海外企業からは、中国と日本のどちらかに出願するとすれば、市場として重要性が高い中国を選ぶという声も聞かれております。
 それから、隣国である韓国も、急速に特許審査や訴訟制度を強化しております。例えば悪意のある特許・営業秘密侵害行為について、いわゆる3倍賠償を規定した改正特許法が昨年末に成立しまして、今年の6月頃に施行される予定と聞いております。
 この改正法には、特許権者が主張する侵害行為の具体的な態様を侵害が疑われる当事者が否認するならば、その被疑侵害者に立証責任を転換し、自らが具体的な態様を提示しなければならないこと、提示しない場合には、真実擬制が認められることが定められております。
 技術はグローバルに使われますけれども、特許や訴訟の制度は国ごとに異なります。もともと強い制度を持つ欧米に加えて、中国、韓国などの近隣諸国がこれらの制度を強化している中で、日本が変わらずに立ち止まっておりますと、世界における知財立国としての地位はどんどん下がっていくという危機感を持っております。
 特に特許制度は、知財の中でも技術開発に投資をする動機づけとなる重要な権利であります。日本こそが、世界の中で最も公平・公正で効率的に特許紛争を解決できる国として、内外の企業に選ばれるようになることを目指すべきではないのかなと思います。
 日本は主要国と比較しましても、技術専門家の層が厚くて、魅力的な特許紛争の解決地となり得る可能性を十分に有しております。特許紛争の解決手段としては、国際仲裁などもありますけれども、やはり訴訟制度がその根幹をなすものであります。企業の視点から見れば特許紛争に関する訴訟制度が効果的であれば、その国で特許を取得する意義が高まるでしょうし、逆に訴訟で特許権を十分に行使できない国だとみなされてしまえば、日本の特許制度は空洞化していくことでありましょう。
 これまで訴訟制度を強化しようという議論があまり盛り上がらなかった要因には、権利を侵害されても提訴に踏み切らない文化もあるかと思われます。確実に勝てる保証はないし、費用もかかります。自社の技術を守るために主張するというメリットよりも、訴えられるリスクの方に目がいくという中で、強い訴訟制度が敬遠されてきたのではないでしょうか。
 日本のものづくりを支える中小、下請け企業に目を転じますと、長い間取引先の輸出企業に提供した技術それ自体の正当な対価を受け取るということよりも、輸出によって市場機会が広がるということを重視してきました。しかし、技術が奪われてしまって、それを基に量産が海外で行われる、そして国内に競合製品が逆輸入されるというような事例も出てきております。訴訟のハードルが高い現状では、泣き寝入りすることも多いと聞いております。
 他方、世界では今人工知能であるとか、IoTであるとか、新しい技術の登場で、非常に大きな産業変化の真っ只中にあるわけであります。業種の垣根が崩れて、オープンイノベーションが進む中で、中小、ベンチャー企業が優れた技術を生かして活躍するというチャンスが拡大しております。独自の技術を基に、設立当初から世界の市場を狙うんだという企業も増えてきています。
 例えば大阪の中小企業ですけれども、独自の技術で開発した緩まないネジが、国内外の鉄道車両や自動車などに採用されて、世界規模で非常に安全と安心を提供するということでプレゼンスがあります。それから、独自の技術、製薬の開発を5倍ぐらい速くするという創薬のプラットフォームをつくったベンチャー企業も日本から生まれています。
 独自の技術で社会を豊かにする、他の企業と協業して、これまでにない新しい製品やサービスを生み出すといった企業を支援するのが、知財制度の重要な役割の一つではないかと考えております。
 では、知財制度として何ができるのかということでありますけれども、権利の取得の面では、昨年の特許法改正によって、今年の4月から中小企業の特許料金が一律半分になります。そして、権利の行使の面でも、せっかく取っていただいた特許で、紛争が起きても大切な技術をしっかり守れるようにしたい、取得した権利をしっかり行使できるようにしたいということで、昨年の秋から産業構造審議会の特許制度小委員会、玉井先生に委員長を務めていただきまして、その制度の見直しの議論を始めました。
 この小委員会では、かなり集中的に、しかしスピード感をもって議論が積み重ねられてまいりまして、先月報告書が取りまとめられました。この報告書を基に立法作業が進められまして、今月特許法の改正法案を国会に提出いたしました。
 改正点は二つありまして、1点目は、証拠収集手続の強化でございます。特許は公開されますので、技術力があれば再現できます。そして、侵害の証拠は侵害した側に偏っていて、立証が難しいという問題があります。抑止力も働きにくい、こういった特殊性がありますので、侵害した者勝ちにならないような配慮が制度設計上必要になります。
 特に、工場の中での製造方法に関する特許の場合、侵害の有無を確認するには侵害が疑われる側の協力がどうしても必要になります。アメリカやヨーロッパでは、この真実解明に向けた被告の協力を得るということのために、裁判所が証拠の提出を命ずる、あるいは立証責任を転換する、裁判所が選んだ専門家が工場などに立ち入るといった仕組みが、刑事罰や法廷侮辱罪で担保されております。
 具体的には、例えばアメリカでは、皆さん御承知のとおり、ディスカバリーによって強力な証拠収集が可能であります。イギリスでは、ディスクロージャーという同じ当事者主義ですけれども、裁判所が関与して少し簡潔になっている制度があって、その一環として訴えに関連する物の検査などを行うために被申立人の施設に立ち入る権限を申立人代理人など、当事者に与える査察制度があります。さらに、証拠隠滅の恐れがある場合に備えて、裁判所が任命した弁護士が被疑侵害者の施設に立ち入り、証拠を収集する捜索命令というものが用意されています。
 ドイツでは、裁判所が任命した技術専門家が被疑侵害者の施設に立ち入って、これも証拠収集する査察制度があります。
 こういったアメリカやヨーロッパの主要国に比べまして、日本では被告の協力を得る仕組みが弱いです。この問題は、被告側の営業秘密が原告側に漏洩する懸念を理由に、これは非常に重要な懸念ではあるのですけれども、議論自体があまり踏み込んで行われてこなかったように思います。
 しかし、昨年の秋、ドイツやイギリスで様々な有識者から証拠収集について、集中的に話を伺ったところ、それぞれに侵害立証の必要性と営業秘密の保護をきめ細かな工夫で調和をさせているということがわかりました。
 もちろん、海外の制度は、それぞれの環境で全体として機能しておりますので、一部を抜き出して導入をしても、必ずしもうまく機能しないと考えられます。であるからこそ、日本の環境に合う形で営業秘密保護に配慮しながら、実効的な真実解明につなげられる訴訟制度を具体的に設計していけば良いのではないかと考えました。
 そこで証拠収集につきましては、当事者の申立てによって、一定の要件の下で、裁判所が選んだ中立公正な技術専門家が、特許を侵害していると疑われる企業の施設に立ち入りまして、現地で必要な調査を行う新たな制度を法案に盛り込みました。
 その名前が、調査の査に証拠の証で「査証」といいます。これは海外に行く際のビザと同じなのでちょっとどうかなという説もかなりあったのですけれども、なかなか他にいい名前がなくて、結局この名前に収まったわけであります。
 そこで、その裁判所が選んだ技術専門家が査証人となりまして、裁判所が認めた資料収集を実施をして、結果を報告書にまとめ、その報告書が証拠になるわけであります。手続の実効性を確保する観点から、施設への立ち入りを受ける相手方に対しては、資料収集への協力義務が課されまして、査証人の要求を拒んだ場合には、裁判所は裁量によって真実擬制ができます。
 この制度は、製造方法に関する特許に加えまして、いわゆるBtoB製品など市場で手に入らない製品に関する特許の侵害立証に有効であります。同時にこの制度は、強制力を伴うものでありまして、濫用されることがあってはならない。そこで発令要件は厳格に設定されております。
 具体的には、侵害行為の立証に必要であるという必要性、侵害の蓋然性が認められるという蓋然性、他の手段では証拠が十分に集まらないという補充性、相手方の負担が過度にならないなどといった相当性、この四つの要件が設定されております。
 そして、調査を受ける企業の秘密を適切に保護する仕組み、これも産業界とすれば大変懸念があるわけですから、相当集中的に真剣な議論を重ねまして、プロセスの各段階、段階でどうすればいいかということを議論いたしました。
 その結果として、まず裁判所が選んだ専門家の忌避申立てを認める。そして2番目に、資料収集の際の申立人や申立代理人の立会権を認めない。これは、海外で認める例もあるわけですけれども、認めない。そして、査証人がまとめた報告書について、インカメラの手続を設けまして、侵害の立証に必要ない秘密を黒塗り、非開示とすることを認める。
 それからインカメラ手続で裁判所が申立人本人に開示する場合には、立ち入られた相手方の同意を必要とする。そして黒塗り手続後の報告書の閲覧ができる者を、当事者と代理人に限定をし、裁判所が秘密保持命令を発することができる。そして、査証人による秘密漏洩には、刑事罰を科すといったような手当をしております。新たに設ける査証制度は、制度の濫用防止であるとか、秘密情報の保護を図りながら、真実を実効的に解明できるものとなっていると考えております。
 改正の2点目は、損害賠償額の算定方法の見直しであります。具体的には、二つありまして、一つは、これまで特許法102条1項と同条3項を併せて適用できるかどうかという形で議論されてきた点についての改正であります。
 これまでは、侵害者が売った数量のうち、特許権者の生産能力やあるいは販売能力を超える部分は、賠償が認められませんでした。しかし、中小企業、スタートアップなど、企業の規模が小さくて、少ししかつくったり売ったりできなくても、残りの部分についてライセンス料相当額を取り得る場合があると考えられます。
 そこで残りの部分、すなわち侵害者が得た利益のうち、特許権者の生産能力などを超えるとして、今まで賠償が否定されていた部分について、事前にちゃんとライセンス交渉があれば、ライセンス料相当額を取れたはずであると裁判所が判断したケースでは、ライセンス料相当額も損害として合わせて認定できるという旨を明文化することとしました。
 それから、損害賠償額の算定方法の見直しの二つ目は、ライセンス料相当額の算定そのものについての改正であります。その算定の際に特許が侵害されたことが、裁判所で認定されたことを考慮できる旨を明記しまして、通常の交渉の中で決まるライセンス料に比べて、多くの額を算定しやすくなるようにいたしました。これらの改正によって、中小、スタートアップ等であっても十分な賠償を受けられるようになることが期待されます。
 以上が、通常国会に提出した法案の内容でありますけれども、併せて意匠法と商標法の改正法案も一本の束ねの中で提出しております。特に意匠法の改正については、保護対象を拡充・強化して、インターネットにアップされている画像や建物の外観や内装デザインなども保護の対象とするもので、少し遅きに失したというものでもあるわけでありますけれども、意匠の定義を変える明治以来の抜本改正となります。これらの提出法案を認めていただけるよう、国会審議にしっかりと臨みたいと考えております。
 それから、特許制度小委員会では、通常国会に提出した法案に盛り込まれなかったものについても、様々な提案について議論がされました。例えば、ドイツやイギリスの特許侵害訴訟の例を参考に、1段階目として差止請求と併せて、損害賠償義務を負うべきことの確認を求める訴訟を提起でき、2段階目として、損害論のみを審理する訴訟を提起できるということにしてはどうかという、2段階訴訟の提案について議論がされました。
 それから、営業秘密保護の観点から、諸外国の例にならって証拠へのアクセスを訴訟代理人に限定する、いわゆるアトーニーズ・アイズ・オンリーの仕組みの導入についても議論されました。
 さらに特許権侵害の場合、その特殊性から従来の填補賠償の考え方によっては、十分な賠償が得られない場合も多いのではないか、したがっていわゆる利益吐出し型の賠償制度を検討すべきではないかという提案がありました。これについても議論がされました。
 この小委員会では、残された課題について引き続き議論を深めていくべきとされましたので、法務省、裁判所、弁護士会、産業界などの関係者と引き続き議論をしていきたいと思います。
 日本弁護士連合会は、民事司法制度の改革に積極的に取り組んでこられ、骨太の方針2018年には、民事司法制度改革を政府を挙げて推進するとされております。通常国会に提出した特許法の改正法案は、特許訴訟という限定された範囲ではありますけれども、証拠収集手続や損害賠償制度を強化するものでありまして、民事司法制度の改革の一つに位置付けられると思います。知財訴訟は、民事訴訟の中でも専門技術的なものでありまして、一般の民事訴訟とは異なる様々な特殊性があるわけですけれども、その反面、他の分野に先駆けて知財訴訟に限定して、新たな制度を導入することが可能であります。引き続き、利用者の視点に立って特許訴訟制度の見直しを進めてまいりたいと思います。
 今後とも特許庁の取組に御支援、御協力いただきますようお願いいたします。御清聴ありがとうございました。

司会・成瀬 宗像様、ありがとうございました。皆様、宗像様に今一度盛大な拍手をお願いいたします。(拍手)
 それでは、第2部のパネルディスカッションに移る前に、会場の設営の準備もございますので、ここで5分ほど休憩を取りたいと思っております。前方、後方にございます会場の時計が2時15分になりましたら再開させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

③につづく

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