債権法改正後の民法の未来 60
約款・不当条項規制(8)
清和法律事務所
弁護士 山 本 健 司
Ⅲ 議論の経過
2 議論の概要
(5) 第3ステージ
オ 加えて、第96回会議(H26.8.26)において、部会資料83の下記のような論点設定のもとに議論がなされた[1]。
部会資料83では、第1に、①「定義」について、「定型条項」という表記が「定型約款」という表記に変更された。個別条項ではなく条項の総体(契約条項群)に関する規定であることを明確にするためとされた。
また、「定型約款」の主たる要件が、⑴取引の内容の全部又は一部が画一的であることが当事者双方にとって合理的な取引(=定型取引)であること、⑵契約の内容を補充することを目的として準備された条項の総体であることとされた。そして、要件⑴については、相手方が不特定多数で給付が均一である場合が例示とされ、製品の原材料の供給契約等のような事業間取引は、画一的であることが両当事者にとって合理的とまではいえないから上記の要件を満たさず定型約款に含まれない、ワープロ用のソフトウェアを購入する場合などは事業者間契約であるが上記要件⑴を満たすので定型約款にあたるとされた。また、要件⑵の「契約内容の補充」については、いわゆる「組み入れ」に相当するもので、当該取引においては通常の契約内容を十分に吟味して交渉するのが通常であると言える場合には、一方当事者が用意した交渉のたたき台としての契約書案は「契約の内容を補充する」目的があるとはいえないとされた。さらに、別途に契約内容を十分に認識して合意している基本合意書に基づき個別の売買契約を行っている場合の取引も定型約款による取引とはいえないものと解されるとされた。加えて、定型約款による取引は、交渉が行われず、相手方はそのまま受け入れて契約するか契約しないかの選択肢しかないといった特色を有するが、この点も従前と変更はないとされた。そのうえで、部会資料81Bにおいて但書とされていた「当事者が異なる合意をした条項の扱い」については、解釈によっても当然に導くことができるとして、明文の規定を設けないものと修正された。
第2に、②「約款の組入要件」「開示義務」について、鉄道事業にかかる旅客運送のような例外的な場合には「表示」ではなく「公表」で足りる旨の(注)を付した点を除けば、従前の提案内容がほぼ維持された。
第3に、③「不意打ち条項規制」「不当条項規制」については、従前の2つの立法提案内容を一本化して、新たに「⑴の条項には、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、当該定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして民法第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものは、含まないものとする」という規定(以下「みなし合意除外規定」という)を設けるという提案内容に、大きく方針変更がなされた。なお、「定型取引の態様」という考慮要素を挙げている理由は、契約の内容を具体的に認識しなくとも定型約款の個別の条項について合意をしたものとみなされるという定型約款の特殊性に鑑みれば、相手方にとって予測しがたい条項が置かれている場合には、その内容を容易に知り得る措置を講じなければ信義則に反することとなる蓋然性が高いこと、この限度で不意打ち条項規制の機能が維持されることを示すものとされた。一方、不意打ち条項性はその条項自体の当・不当の問題と総合考慮すべき事象であるとされた。
第4に、④「約款内容の開示義務」について、従前の提案内容を基本的に維持しつつ、組入除外となる要件が「認識することを妨げる目的で不正に応じなかった」場合から、「定型約款準備者が請求を拒絶し、かつ、そのことについて正当な事由のない場合」に改められた。
第5に、⑤「約款変更」について、従前の提案内容を基本的に維持しつつ、手続要件が詳細な規定内容とされた。また、実体要件の判断に当たっては、相手方に解除権を与えるなどの措置が講じられているか否かといった事情のほか、個別の同意を得ようとすることにどの程度の困難を伴うか(約款の変更による必要性)といった事情も考慮される、改正法施行前に締結した契約についても適用が可能なように経過措置で措置する予定であるとされた。
【部会資料83】
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第96回会議の議論では、①「定義」について「合理的」といった規範的要件は適用範囲が不明確である等といった意見が述べられた。
また、③「不意打ち条項規制」「不当条項規制」を1本化した「みなし合意除外規定」について、不意打ち条項規制と不当条項規制は別に規定すべき制度である、消費者契約法10条との適用関係が不明確である、判断基準が不明確である、効果を無効とすべきである等といった意見が述べられた。
カ さらに、第98回会議(H27.1.20)において、部会資料86の下記のような論点設定のもとに議論がなされた[2]。
部会資料86では、まず、①「定義」について、不特定多数の者を相手方として行う取引であるという点を、例示から独立の要件に位置づけが改められた。また、上記の提案によれば、定型約款の定義の該当性は、①ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であるか否か、②取引の内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものか否か、③定型取引において、契約の内容を補充することを目的としてその特定の者により準備された条項の総体であるか否かという3点を判断することになるとされた。そして、事業者間のみで行われる取引において利用される約款や契約書のひな型は、基本的に定型約款の定義には該当しないと考えられるのに対し、預金規定やコンピュータのソフトウェアの利用規約のようなものについては該当するとされた。
また、②「約款の組入要件」「開示義務」については、従前の提案内容を基本的に維持するとし、鉄道事業にかかる旅客運送のような例外的な場合には「公表」で足りる旨は整備法で対応する予定とされた。
さらに、③「不意打ち条項規制」「不当条項規制」を一本化した「みなし合意除外規定」について、最高裁判例も、定型約款中の条項に当事者が拘束されるか否かについては、当該条項の内容面における不当性のみに着目するわけでもなく、相手方が当該条項の存在を明確に認識していないことを加味した上で、当該条項の内容の相当性を消極的に評価し、その結果として相手方がこれに拘束されないとの判断が行われているものもある、そのような裁判実務の運用が困難にならないようにする必要がある等として、提案内容を維持するとされた。
加えて、④「約款変更」について、従前の提案内容を基本的に維持する、旧定型約款に変更条項が定められていない場合は、整備法で変更条項を定めることができる旨を措置するとされた。
【 部会資料86 】
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第98回会議の議論では、①「定義」について、事業者間取引のマニュアルや基準の利用について弾力性が失われては困るといった意見、定型約款の範囲は限定されており、今後は個別合意、従前の約款法理、定型取引に関する定型約款という三層構造になるといった意見、契約内容が画一的である理由が単なる交渉力の格差によるものであるときには相手方にとって合理的なものであるとは言えないから定型約款の定義から外れるとされるが、その場合には直ちに合意内容とはならないことになるのではないかといった意見などが述べられた。
また、③「みなし合意除外規定」について、不意打ち条項規制と不当条項規制は本来的に別個に規定すべき制度である、それらの規定が無い時点での判例は過渡期の判例である、理論的な違和感は消えない等といった意見が述べられた。
加えて、④「約款変更」について、変更条項の存在を要件とすべきではない、整備法で変更条項の付加まで措置しなければならないものなのか、今回の立法では厳格な定型約款の定義に当てはまる約款であれば変更がやり易くなるということになるのではないか、価格・料金は契約内容を補充するものなのか、定型約款の定義に入らなければ約款変更の対象ともならないのではないか等といった意見が述べられた。
[1] 第96回会議の配付資料・議事録(http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900226.html)
[2] 第98回会議の配付資料・議事録(http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900241.html)