◇SH3022◇債権法改正後の民法の未来79 詐害行為取消権における事実上の優先弁済の否定の規律(5) 赫 高規(2020/02/25)

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債権法改正後の民法の未来 79
詐害行為取消権における事実上の優先弁済の否定の規律(5)

関西法律特許事務所

弁護士 赫   高 規

 

5 改正民法下における事実上の優先弁済

(5) (1)~(4)を踏まえた取消債権者の受益者等に対する直接支払請求権の存在意義ないし実益について

  1.  ア 5(4)アのとおり、取消判決確定後に受益者等が直ちに債務者へ金銭支払等をしてしまうリスクを回避したい取消債権者は、詐害行為取消訴訟係属中に、取消判決確定時に発生する債務者の受益者等に対する金銭支払請求権を仮差押えする対応をせざるを得ないことになる(この対応を怠ったため、受益者等が、取消判決確定後直ちに債務者に金銭を支払って取消債権者への金銭支払を免れ、判決が事実上無意味になってしまった場合には、取消債権者の代理人弁護士に弁護過誤の問題が生じうる)。
     また、詐害行為取消判決確定後、424条の9に基づき自己への直接支払を請求した取消債権者は、受益者等が任意に取消債権者への支払をしない場合には、判決に基づき受益者等の財産を強制執行することが可能であるが、当該強制執行に時間を要している間に、債務者に対する他の債権者が、債務者の受益者等に対する金銭支払請求権を差押えた場合には、5(4)イのとおり、取消債権者は事実上の優先弁済を得られなくなる(あるいはその可能性が高まる)ことになる。そうすると、取消債権者のベストプラクティスとしては、できるだけ早期に被保全債権の債務名義を取得し、当該債務名義に基づいて取消判決確定時に生じる債務者の受益者等に対する金銭支払請求権を差押えて、できるだけ早期に受益者等に対する取立権(民事執行法155条1項)を取得しておき、取消判決確定後に受益者が任意に取立てに対する履行をしないときは、直ちに転付命令を取得し(民事執行法159条1項、160条)、あるいは取立訴訟の訴状を受益者等へ送達させるなどして(民事執行法165条2号参照)、他の債権者の債権執行手続への加入機会を封じるべきことになる。取消債権者の代理人弁護士が、依頼者に十分な説明をすることなくこれらの対応をとらず、受益者等からの金銭支払を得るため時間を要している間に、他の債権者による差押え等がなされて取消債権者の取り分が減少してしまった場合にも、弁護過誤の問題が生じる可能性があるものといわざるを得ない。
     さらに弁済行為の取消しをする場合に、受益者が合理的対応をするときには事実上の優先弁済が生じ得ないことも、5(4)ウのとおりであり、取消債権者としては、取消判決確定時に発生する債務者の受益者に対する弁済金返還請求権を差押対象とする債権執行手続に、遅れないよう参加する対応が必要となる。
  2.  イ 以上によれば、取消債権者が、受益者等が取消判決確定後直ちに債務者に対して金銭支払をしてしまうリスクや、他の債権者が債務者の受益者等に対する金銭債権を差押えるリスクに対応するためには、逸出財産が不動産である場合と同様、取消判決確定後直ちに、強制執行(債権執行)手続により、被保全債権の回収を図る動きをすることを想定して、被保全債権の債務名義の取得などの準備をしておくのが賢明であるということになるし、偏頗弁済の取消しの際には必然的にかかる準備をしておくべきことになる。取消債権者が、かかる準備活動を行うことを前提に、さらに、424条の9第1項前段ないし同条2項に基づき、受益者等に対して自己への直接の金銭支払を求めることによる実益は、ほとんど存在しないものといわざるを得ない。わずかに、取消判決がなされて確定した後、受益者等が程なく任意に直接支払を履行する場合や、任意の履行がないときに直ちに受益者等の財産への本執行が可能となる点に限られる。すなわち改正民法が、わざわざ明文規定を設けて取消債権者の受益者等に対する直接支払請求権を規定し、事実上の優先弁済が生じうるような制度設計にしたものの、直接支払請求権の規定の実益ないし存在意義はほとんどないものといってよいように思われる。
  3.  ウ なお、3(2)ウのとおり、法制審部会第82回会議における審議で、事実上の優先弁済を否定する規律を置くことを見送る判断がなされたものであるが、当該審議の際には、かかる規律を置くことを見送ったとしても、上記のとおり、改正民法のもとでは実際に事実上の優先弁済が生じる場面が限られ、直接支払請求権を認めたことの実益がほとんど存在しないことについて、議論がなされることはなかった(法制審部会第82回会議において、大阪弁護士会民法改正問題特別委員会有志として、平成26年1月14日付け『部会資料73A「第6 詐害行為取消権」等に対する意見』と題する意見書を提出し、5(3)(4)の点を指摘のうえ、取消債権者の受益者等に対する直接引渡請求の可否について明文規定を置かずに解釈に委ねるよう主張したが、取り上げられて議論されることはなかった)。

(6)につづく

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