◇SH2120◇商標審査における「ファストトラック審査」の試行的導入について 池田美奈子(2018/10/03)

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商標審査における「ファストトラック審査」の試行的導入について

岩田合同法律事務所

弁護士 池 田 美奈子

 

 特許庁は、平成30年9月21日、商標審査の迅速化に向けた施策の一環として、指定商品・指定役務の記載が一定の条件を満たす商標登録出願について通常よりも早く審査を行う運用(ファストトラック審査)を平成30年10月1日以降に出願された案件を対象に試行的に開始することを公表した。

 

1. ファストトラック審査導入の背景・制度概要

 平成26年の商標法改正により音商標や色商標などが新しいタイプの商標として採択されたことにも起因して、近年、商標に対する認知度が上がり、特許庁への商標登録出願件数が漸増している。特に直近5年間では出願件数が約1.5倍に増加しており、平成29年においては約18万件にも上った[1]。それに伴い、審査期間[2]も長期化の傾向にあり、平成27年では平均約4か月であったのが[3]、平成30年8月時点では平均約8か月と見込まれている。

 かかる商標審査の現状に鑑み、また商標の早期保護の観点より、今般、ファストトラック審査が試行的に導入されることとなった。対象案件の審査期間は、通常案件と比較し、約2か月短縮される見込みである。

※出典 特許庁ウェブサイト

 

2. ファストトラック審査の対象・手続[4]

 ファストトラック審査の対象案件は、次の⑴及び⑵の要件を満たす出願である。

  1. ⑴ 出願時に、「類似商品・役務審査基準」、「商標法施行規則」又は「商品・サービス国際分類表(ニース分類)」に掲載の商品・役務(以下、「基準等表示」)のみを指定している商標登録出願。
  2. ⑵ 審査着手時までに指定商品・指定役務の補正を行っていない商標登録出願。

 上記要件⑴を満たすためには、商標登録出願時の指定商品・指定役務について、特許庁等が定めている「類似商品・役務審査基準」等に掲載されている表示をそのまま採用する必要がある。したがって、指定商品・指定役務について少しでも異なる表示をした場合には対象とならないので注意が必要である。

 ファストトラック審査に関する特別の申請は不要であり、また追加手数料も発生しない。新しいタイプの商標に係る出願及び国際商標登録出願を除き、上記⑴及び⑵の要件を満たす商標登録出願は自動的にファストトラック審査の対象となる。

 

3. ファストトラック審査のメリットなど

 ファストトラック審査では、通常の審査と比較して出願人の負担を加重することなく、審査期間が約2か月短縮されることから、出願人にとって一定程度のメリットはあるといえよう。

 しかし、近年では商品・サービスの多様化により、商標出願時の指定商品・指定役務の記載について、「類似商品・役務審査基準」等に掲載されている既存の表示をそのまま採用するケースは減少してきており(したがって、上記の要件⑴を満たさず)、ファストトラック審査の恩恵に預かれる場合はある程度限定されると考えられる。また、特殊な又は新たな商品・サービスについて商標登録をしようとする場合に、約2か月の審査期間短縮(より具体的には8か月から6か月への短縮)というメリットを受けるためだけに、指定商品・指定役務の表示を「類似商品・役務審査基準」等に掲載されている既存の表示に無理に合わせてまで積極的に利用すべき制度か否かについては、我が国の商標法が先願主義(商標法8条1項)をとっていることも踏まえ、個別具体的なケースに応じて慎重に検討する必要があろう。

 この点、特許庁は、本運用の利便性を高めるため、今後、基準等に掲載する商品・役務表示の充実も検討していく予定とのことであり、本格導入に向けた動向が注目される。

以上



[1] 「特許行政年次報告書 2018年版 統計・資料編」(http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/nenji/nenpou2018/toukei/all.pdf

[2] ファーストアクション(FA)までの期間、すなわち出願から、審査官による審査結果の最初の通知(主に登録査定又は拒絶理由通知書)が出願人等へ発送されるまでの期間をいう。

[3] 前掲 [1]

[4] ファストトラック審査と類似する制度に、平成9年より運用が開始されている早期審査がある。早期審査では、審査期間が平均約2か月(平成29年実績)と大幅に短縮されるが、例えばファストトラック審査の要件と似ている早期審査(対象3)の対象となるには、⑴ 指定商品・指定役務が基準等表示のみであることに加え、⑵ 商標を指定商品・指定役務に使用している(又は使用の準備が相当程度進んでいる)ことも満たす必要があり、ハードルが高い。早期審査については次のURL参照。(http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/souki/shkouhou.htm

 

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