◇SH3026◇債権法改正後の民法の未来80 詐害行為取消権における事実上の優先弁済の否定の規律(6) 赫 高規(2019/02/26)

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債権法改正後の民法の未来 80
詐害行為取消権における事実上の優先弁済の否定の規律(6)

関西法律特許事務所

弁護士 赫   高 規

 

6 今後の参考になる議論

(1) 事実上の優先弁済の維持を支持する見解が示したその論拠について

  1.  ア のとおり、事実上の優先弁済については、責任財産の保全という詐害行為取消権の目的を超える結果をもたらすものであること、とりわけ弁済行為の取消しにおいて早い者負け・遅い者勝ちの不公平を生じさせるものであることから、批判が強く、3(2)のとおり、改正審議の当初から、事実上の優先弁済を否定ないし制限する規律を設けることが検討対象とされた。
     しかし、審議の当初より、事実上の優先弁済の維持を支持する見解も根強く主張されていた。当該見解がその根拠とするところは、の立法が見送られた理由の①~③にまとめられている3点が中心であったものといえる(要約すると、①事実上の優先弁済の否定により取消債権者の債権回収のための手続的負担が増加し、詐害行為取消権行使のインセンティブが損なわれるとされる点、②他の債権者が債権執行手続に加入することは実際上想定しにくいから事実上の優先弁済を否定する意義に乏しいとされる点、③債務者や受益者の利益保護に欠けるところはないとされる点の3点である)。
  2.  イ このうち、事実上の優先弁済を否定する規律を設けることを見送るに際して、最も重視されたのは、①の点であったといえるが、この点については、審議の過程で、必ずしも事実上の優先弁済が否定されることにより具体的にどのような手続的負担が増加し、それによってどのようにインセンティブが損なわれるのかといった具体的な検討がなされた形跡がなく、雰囲気的な指摘・議論に終始していたように思われるのが、気になるところである。
     例えば、裁判外における権利行使が認められる債権者代位権において、事実上の優先弁済が否定されれば、債権者は、債権者代位権を通じて債権回収に図るために、被保全債権の債務名義取得のための訴訟提起・追行や、債務名義に基づく強制執行の実施が必要となり、弁護士に委任するなどの裁判手続の負担が、従前に比較して、権利行使の際の重荷となるとの指摘は理解できるところである。しかしながら、詐害行為取消権はそもそも訴訟手続によらなければ行使できないものであり、しかも被保全債権の存在は取消訴訟においても主張・立証が必要な事項である。また、改正民法においては、債務者に対する訴訟告知がなされることから、被保全債権の存否について債務者との間に争いがあれば、債務者は取消訴訟に参加してこれを争うことが予想される。かかる状況下で、取消債権者に被保全債権の債務名義取得のための債務者に対する訴訟提起・追行の負担が求められたからといって、決定的な負担増になるとは考えられない。また、取消訴訟について通常、弁護士に委任して行われることからすると、取消判決確定後に、被保全債権の債務名義に基づき債権差押手続を申立てる負担についても、それほどの負担増とは言いがたい。そもそも改正前民法のもとでも、取消しとともに不動産等の物の回復を求める場合は、回復財産への強制執行を実施するために被保全債権の債務名義の取得は必須であったのであり、そのことは改正民法下でも変わりはないが、これらの場合に詐害行為取消権行使のインセンティブが損なわれているとの指摘は一切見当たらないところである。
     以上によれば、そもそも、少なくとも詐害行為取消権に関して事実上の優先弁済を否定することが、債権者に新たに過大な手続的負担を課すものとはいいがたく、どれほどインセンティブが損なわれるというのか疑問であったといえよう。
  3.  ウ また、事実上の優先弁済を支持する見解が根拠とするの②の点については、まず、弁済行為の取消しの場面では、事実上の優先弁済が否定されれば、少なくとも受益者が債権執行手続に加入することが確実に予想される。したがって、事実上の優先弁済を否定する意義が乏しいとは到底いえないことが明らかである。また、弁済行為の取消し以外の場面では確かに他の債権者が債権執行手続に加入する事態は実際上それほど生じないものといえるが、その点を前提として、上記のとおり、事実上の優先弁済の否定により増加する手続的負担の程度が大きくないことも併せ考えると、結局、事実上の優先弁済を否定しても取消債権者にほとんど実害が生じないことを意味する。
     要するに、事実上の優先弁済を否定することにより、その明確な弊害として指摘されている弁済行為の取消しの際の早い者負け・遅い者勝ちの弊害を是正できるとともに、弁済行為の取消し以外の場面で取消債権者は、実際上はさしたる追加の手続的負担なしに、従前どおりの被保全債権の回収の結果を得ることができるものであって、事実上の優先弁済の否定を思いとどまるべき合理的理由は何ら示されていないといえる。
  4.  エ 債務者や受益者の利益保護に欠けるところがないとされる上記の③の点は、債務者に対する他の債権者(弁済行為の取消しの場合には受益者も含まれる。)が債務者に回復した財産に対する強制執行手続に加入する機会が与えられず、取消債権者のみがなぜ優先的に回復財産から被保全債権を回収できるのかという、債権者平等の観点からの事実上の優先弁済の問題点を克服するための論拠にはなり得ないものといえる。
  5.  オ なお、法制審部会審議の当初、3(2)アのとおり、「詐害行為取消権を取消債権者が自己の権利を確保するための制度として捉えることにより、債権回収機能(事実上の優先弁済)を真正面から肯定することができる」との理論的観点からの指摘もなされていた。具体的には、法制審部会第5回会議における鹿野幹事の次の発言である。すなわち、「責任財産の保全という概念を……共同担保の保全ととらえるとすると、債権者間の平等を図らなければいけないという平等主義の方につながり、事実上の優先弁済は認めるべきではないということになろうかと思います。けれども、一方では、これを言わば一般担保の保全ととらえる、つまり個々の債権者の一般債権の引当てとなる財産を保全することを意味するものとして責任財産の保全という概念をとらえる可能性もあると思いまして、これを前提とすると、事実上の優先弁済が直ちに制度趣旨と矛盾するということにはならないと思いますし、優先弁済を認めてよろしいという方向にもつながりうるのではないかと思うわけです。この二つの主義は、どちらが絶対的に正しいということではなくて、そのいずれを採るかは恐らくは立法政策の問題だと思うのです……」(第5回会議議事録3~4頁)、「そもそも現行の民法第425条の規定を維持すべきなのか、つまり、すべての債権者の利益のための制度としてこの制度を立てるのかということが、検討されてよいのではないかと思うわけです。倒産法制において、破産管財人の立場に立つ者が、総債権者の利益のためにその権限を行使するということは言わば当然なのでしょうけれども、その段階に至らない民法の場面において、果たして一債権者がすべての債権者の利益のために詐害行為取消権を行使すべきだとするのが適切か……ということが、基本的な問題として検討されるべきではないかと思います。」(同34頁)、との発言があった。
     しかし、「個々の債権者の一般債権の引当てとなる財産を保全する」ための制度であることが明らかな、民事保全制度においても、最初に仮差押えをした債権者に優先権は与えられておらず、さらには、民事執行制度においても最初に差押えをした債権者に対し優先権は与えられていない。すなわち、責任財産保全制度を、個々の債権者による一般担保の保全制度と捉えることが、優先弁済の正当化に直結しないことは明らかであり、上記議論は前提を欠くものであるように思われる。なお、民事執行制度において、最初に差押えをした債権者に優先権を与える立法主義(優先主義)は存在するが、我が国の民事執行法が当該立法主義を採用していないこともまた明らかである。また、仮に、民事執行制度において優先主義を採用する場合にも、直ちに、最初に保全に着手した者に優先権を与えるところまでを帰結するとは限らないものと思われる。
  6.  カ 以上のとおりであり、詐害行為取消権における事実上の優先弁済について、これを維持すべきものとする見解を支える論拠が、いずれも十分な合理性を有するものであったかどうかは疑わしく、これらの点に関する法制審部会の審議は必ずしも十分なものではなかったように思われる。もっとも、実務界を中心に、事実上の優先弁済を否定することについて審議の当初より根強い反発があり、パブリックコメントにおいても反対意見が見られたこと自体は事実である。今般の改正法は、そういった反対意見を踏まえ、他に意見集約を要する重要論点が山積する中、要綱案をスムーズに取りまとめるための政策的妥協がなされた結果であるものと受け止めることができよう。

(7)につづく

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