◇SH3065◇弁護士の就職と転職Q&A Q110「法律事務所による『内定取消し』は破綻懸念とは言えないのか?」 西田 章(2020/03/23)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q110「法律事務所による『内定取消し』は破綻懸念とは言えないのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 新聞では、新型コロナウイルスの感染拡大が、中小企業による学生の採用内定の取消しの動きにつながっている、という報道がなされています。そして、ここでは「採用内定を取り消すような企業は、事業継続すら危ぶまれる状況に追い込まれている」という負のイメージも付与されます。ところで、法律事務所も、中小事業者ばかりです。近時の採用活動の早期化の流れを受けて「内定から実際の勤務開始までのタイムラグ」が広がっているところ、コロナショックによる売上げ減少は、法律事務所に対しても、採用内定の取消しを考えさせる状況をもたらしています。

 

1 問題の所在

 企業の経営者は、オーナー経営者でも、基本的には、有限責任を享受しながら、外部資本も活用して事業活動を行っています。その代わり、事業運営には、種々の規制を遵守することが求められます。従業員との関係もそのひとつです。冒頭に言及した新聞報道でも、労働法に詳しい弁護士のコメントとして、内定を出した段階で労働契約が成立する(ので一方的な取消しが許されるわけではない)という解釈が紹介されています。このような法律解釈に賛同しない経営者であっても、少なくとも、道義的には雇用責任を感じていますので、「内定取消し」は、苦渋の選択となります。そういう意味では「平時では使わない手法(内定取消し)を駆使してでも、なりふり構わず、事業継続のために必死な状況に追い込まれている」と推測することはできます。

 ただ、このような感覚が、法律事務所の経営者にも当然に共有されているか、といえば、そんなことはありません。「アソシエイト(又はイソ弁)には労働者性が認められる」と考えているパートナー(又はボス弁)はごく少数派であり、下請け業者に近いイメージを抱いていることが通例です。アソシエイトと言えども、独立した個人事業主であることを前提として、「仕事をしてもらった対価は支払わなければならないが、不景気で仕事がなくなってしまったときにまで養ってやる義務はない」と考えています。また、そのことが、クライアントからの信頼を裏切るものでもありません。クライアントのニーズは、「当社からの依頼に迅速かつ正確なサービスを提供してくれること」「費用はリーズナブルな範囲に抑えてもらいたい」という部分にあるわけですから、別に「アソシエイトに寛大な事務所であること」は優良事務所の条件ではありません(逆に、仕事もないのに過剰なアソシエイトを抱えられてしまったら、そのために余計な人件費を負担させられてしまう、という懸念すら生じてしまいます)。そもそも、弁護士業務を営む法律事務所には破産も想定されていません(清算しても換金できる資産があるわけではなく、弁護士業務を継続してこそ、キャッシュフローを生み出すことができますので、債権回収の視点からも、弁護士の欠格事由でもある破産に追い込むことに経済合理性が認められません)。そういう意味では、「採用内定取消し=破綻懸念」という推論は法律事務所には成り立ちません。ただ、就職先として「雇用責任を軽視するようなパートナー(又はボス弁)」が経営する事務所を選ぶのはどうなのか?という問題は残ります。

 

2 対応指針

 弁護士として経済的に安定した収入を確保する方法は、大別すれば、(A)雇用主から給与を保障される方法と、(B)リーガルマーケットでのプロとして評価を確立する方法に分かれます。

 雇用主からの給与保障で安定した地位を得たいならば(A)、公務員になるか、優良企業への就職を狙うべきです。ここでは、「自分のやりたいこと」を考えるよりも先に、有価証券報告書をレビューして、財政状態の健全性を重視して応募先を絞り込むべきです。

 リーガルマーケットでプロとしての生き残ることを目指したいならば(B)、雇用の安定性や給与額よりも、「クライアントから信頼される腕を持った弁護士」の下で働く機会(技を磨く機会)を得ることを優先すべきです。過去に「内定取消し」をしたような「雇用責任を軽視する事務所」であっても構いません。

 不況期における就活で、(A)と(B)の両方を同時に求めてしまうと、結果的に「地位も安定しないし、スキル磨きにも役立たない」という職場選択に終わってしまうリスクがあるため、「まずは、(B)を追求してみる」「うまくいかなければ、(A)に切り換えることもありうる」とキャリアを段階的に考えるほうがうまくいきそうです。

 

3 解説

(1) 雇用主からの給与保障を期待する方法

 法律事務所のようなプロフェッショナル・ファームでのキャリアに「安定性」を求めることは難しいというよりも、不可能というべきかもしれません。ファームが最優先すべき項目は、クライアントのために迅速に高度なサービスを提供することですから、「ファームの要求水準に満たない弁護士を雇用し続ける」ことはできません。優秀な新人をポテンシャル採用するだけでは足りず、「多数の優秀なアソシエイトが切磋琢磨して技を磨き、その中から優秀な者だけがパートナーに昇進できる」という所内競争があるからこそ、サービスの質を保てる、という考え方すらあります。

 この構造は、規模が大きくなっても変わりません(というよりも、一定の規模があってこそ、所内競争原理がうまく回ります)。そのため、「雇用主から安定的に給与を保障されたい」と願うならば、プロフェッショナル・ファームでのキャリアではなく、公務員か、格付けの高い優良企業の会社員を目指すべきです。民間企業の応募先を選ぶ際には、「自分自身が何をやりたいか」ということを突き詰めるよりも前に、まず、財務状態がよい企業を選んで、その応募先に応じて、「ここから内定を得るためには、その事業領域や今後の事業戦略に照らして、どういう志望動機を述べるのが面接官に好印象を与えるか?」を逆算して起案するのが合理的です。

(2) プロとして市場での生き残りを目指す方法

 プロとしてクライアントから直接の信頼を得られる存在を目指すならば、「人柄は良くてアソシエイトを大事にするけど、腕は二流」のボス弁が経営する事務所よりも、「内定取消しをするような冷淡なパートナーだけど、仕事の腕は一流」というような事務所を選ぶべきです。また、「客筋が悪い事務所のイソ弁(固定給あり)ポジション」よりも、「面白い案件も来る事務所のノキ弁(固定給なし)ポジション」のほうが市場価値を高める機会を得られます。法律事務所におけるアソシエイトの固定給の多寡は、その人の市場価値を示しているわけではありません。市場における弁護士の価値は、対外的な売上高によって示されます。そして、クライアントが弁護士を選ぶ最大の指標は、同種案件の経験値に置かれています。

 「リーガルマーケットでプロとして生き残りたい」という強い意志があるならば、就職先選択において「パートナー(又はボス弁)のアソシエイトに対する誠実さ」を最優先事項に置くべきではありません。「クライアントからも信頼されており、アソシエイトにも優しい」という理想像を求めたくなる気持ちは分かりますが、それが得られないならば、「アソシエイトに優しいけど、クライアントからの評価が低いボス」に仕えるべきではなく、「クライアントからの評価は高いけど、アソシエイトに厳しいボス」と仕事をする経験を積むことが、市場価値の向上につながります(「自分はそういうパートナーになりたくない」という気持ちを持っていたとしても)。

(3) 二段階方式

 法律事務所への就活を漫然と行うと、「雇用の安定(A)」と「プロフェッショナルとしてのキャリア追求(B)」を、「どちらひとつ」ではなく、「バランスをとって、6:4とか、4:6で求めたい」という考えに陥りがちです。しかし、不況期にそういう思いで就活をすると、「腕もないのに、口がうまいボス弁」に騙されて入所してしまうリスクが高まります。他事務所から内定を取り消された修習生に対して「うちはアソシエイトを大事にする」なんて綺麗事を語って勧誘するのは、「いざとなったら、解雇すればいい」という無責任なボス弁だからできることかもしれません。実際、誠実で雇用責任を感じているからこそ、忙しくても安易な採用を控えて規模を拡大しないボス弁を数多く見かけます。

 「雇用の安定(A)」と「プロフェッショナルとしてのキャリア追求(B)」は、同時に両方を求めようとするよりも、「まずは、こちらを追求してみたい」と仮置きして行動することをお勧めしています。一旦、プロフェッショナルとしてのキャリアを追求して有為な経験を積むことができれば、それは自身の市場価値を高めることにもつながりますので、あとから「雇用の安定」を目指す方向に転換しても、選択肢を増やすことができるでしょう。他方、「AからBへの方向転換」を不況期に行うためには、勤務条件の面でも自らリスクをとる覚悟が求められます(現職の企業が安定しているほど、条件がよいほど、リスクを取るための心理的ハードルは高まります)。

以上

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