◇SH0018◇最一小判 平成26年4月24日 執行判決請求事件(櫻井龍子裁判長)

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第1 事案の概要

 1 本件は、Xが、営業秘密の侵害を理由に損害賠償及び差止めを命じた米国の裁判所の判決(懲罰的損害賠償を命じた部分を除く。)について、民事執行法24条に基づく執行判決を求めた事案である。

 外国裁判所の判決について執行判決を得るためには、民訴法118条各号に掲げる要件を具備する必要があるところ、同条1号所定の「法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること」とは、我が国の国際民訴法の原則からみて、当該外国裁判所の属する国(以下「判決国」という。)がその事件について国際裁判管轄を有すると積極的に認められることをいう(以下、この場合における国際裁判管轄を「間接管轄」という。また、これに対し、自国の裁判所に訴えが提起された場合に本案判決をするのに必要な国際裁判管轄のことを「直接管轄」という。)。Yらは、本件においては米国に間接管轄が認められないなどと主張して、これを争っている。

 2 本件の事実関係の概要等は、次のとおりである。

 (1) 米国カリフォルニア州民法典は、営業秘密の不正な取得、開示又は使用を「不正行為」と定義した上、損害賠償に関する規定のほか、「現実の又は行われるおそれのある不正行為」はこれを差し止めることができるとの規定を置いている(同法典3426.1条以下)。

 (2) 米国カリフォルニア州法人のXは、眉のトリートメント技術及び情報(以下「本件技術等」という。)を営業秘密として保有し、これを、日本法人のA社との契約に基づき、A社の従業員であるY1及びY2に開示した。しかるに、Y1及びY2は、A社とは別にY3社を設立し、A社の元従業員であるY4、Y5及びY6とともに、日本国内において眉のトリートメント技術を使用した。

 (3) Xは、Yらによる本件技術等の不正な開示及び使用を理由に、米国の連邦地方裁判所に対し、Yらを被告として、損害賠償及び差止めを求める訴えを提起し、これらを命ずる旨の判決を得た。

 3 第1審(東京地判平22年4月15日判タ1335号273頁、判時2101号67頁)は、Xの請求を棄却した。これに対してXが控訴したところ、原審(東京高判平23年5月11日)は、Yらの行為地は日本国内にあり、また、これによるXの損害が米国内で発生したとの証明もないから、米国に間接管轄を認める余地はないなどとして、第1審と同様、Xの請求を棄却すべきものとした(なお、第1審判決の評釈等として、横溝大「判批」リマークス44号138頁、長谷川俊明「判批」際商39巻3号354頁、安達栄司「判批」ジュリ1440号317頁が、原判決の評釈等として、渡辺惺之「判批」JCA59巻7号25頁、同59巻8号14頁がある。)。

 これに対し、本判決は、間接管轄の有無の判断基準(判示1)、差止請求に関する訴えと民訴法3条の3第8号の「不法行為に関する訴え」(判示2)、差止請求に関する訴えにおける「不法行為があった地」の意義(判示3)及び間接管轄の場合における「不法行為があった地」の証明の範囲及び程度(判示4)について順次判示した上、本件においては間接管轄を認める余地もあるとして、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻したものである。

第2 間接管轄の有無の判断基準(判示1)

 1 問題の所在

 最三小判平成10年4月28日民集52巻3号853頁(以下「サドワニ事件判決」という。)は、間接管轄の判断基準につき、「どのような場合に判決国が国際裁判管轄を有するかについては、これを直接に規定した法令がなく、よるべき条約や明確な国際法上の原則もいまだ確立されていないことからすれば、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により、条理に従って決定するのが相当である。具体的には、基本的に我が国の民訴法の定める土地管轄に関する規定に準拠しつつ、個々の事案における具体的事情に即して、当該外国判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点から、条理に照らして判決国に国際裁判管轄が存在するか否かを判断すべきものである。」と判示している。

 しかしながら、近時、「民事訴訟法及び民事保全法の一部を改正する法律」(平成23年法律第36号。平成24年4月1日施行。以下「平成23年改正法」という。)により、直接管轄に関する規定が民訴法3条の2以下に設けられた。このことが、サドワニ事件判決の上記判断基準にどのように影響を及ぼすのか、改めて問題となる。

 2 学説等

 (1) 直接管轄の有無については、従前の裁判実務は、最二小判昭和56年10月16日民集35巻7号1224頁、最三小判平成9年11月11日民集51巻10号4055頁等を踏まえ、「基本的には民訴法の国内土地管轄に関する規定に依拠しつつ、各事件における個別の事情を考慮して『特段の事情』がある場合には我が国の管轄権を否定する」との枠組みにより判断していた。

 他方、間接管轄の有無については、学説上、①間接管轄は直接管轄と同一の基準によって決すべきであるとする説(甲説)と、②両者の基準は必ずしも一致する必要がないとする説(乙説)とがあったところ、サドワニ事件判決は前記のとおりの判断基準を示した。このサドワニ事件判決の判断基準について、学説の多くは、乙説を採用したものと評釈している。

 (2) その後、上記のとおり、平成23年改正法によって民訴法に直接管轄等の規定が新設された。具体的には、契約上の債務に関する訴えや不法行為に関する訴えなど、訴えの類型ごとに我が国の裁判所が国際裁判管轄を有する場合等が定められるとともに(民訴法3条の3等)、当事者間の衡平を害するなど「特別の事情」があるときには、訴えの却下をすることができる(民訴法3条の9)などの規定が設けられたものである。なお、これらの改正は、人事に関する訴えには適用されない(平成23年改正法附則5条)。

 この平成23年改正法の下で、間接管轄の判断基準をどのように考えるかについては、学説上、①平成23年改正法を踏まえると、間接管轄は直接管轄と同一の基準によって決すべきであるとする説(甲’説。道垣内正人「判批」別ジュリ208号14頁。兼子一ほか『条解民事訴訟法〔第2版〕』(弘文堂、2011)629頁〔竹下守夫〕も同旨と解される。)、②平成23年改正法を踏まえても、両者の基準は必ずしも一致する必要がないとする説(乙’説。多田望「判批」別ジュリ210号219頁、安達栄司「判批」ジュリ1440号318頁。木棚照一「知的財産権侵害訴訟に関する国際裁判管轄権」特許研究53号37頁、長田真里「我が国における外国判決の承認執行」日本国際経済法学会編『国際経済法講座Ⅱ』(法律文化社、2012)228頁も同旨と解される。)とが唱えられているところである。

 3 本判決の判断

 このような中で、本判決は、人事に関する訴え以外の訴えにおける間接管轄の有無については、基本的に我が国の民訴法の定める国際裁判管轄に関する規定に準拠しつつ、個々の事案における具体的事情に即して、外国裁判所の判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点から、条理に照らして判断すべきであると判断したものである。

 そもそも、平成23年改正法は、あくまでも直接管轄等の規定の新設にとどまるのであって、間接管轄の規定(民訴法118条1号)を変更するものでも、間接管轄の判断の枠組み自体を改めようとするものでもなく、ただ、具体的事案において間接管轄の有無を判断するに当たっては直接管轄の規定が参考にされるべきことから、その限度で影響するものにすぎない(佐藤達文=小林康彦編『一問一答平成23年民事訴訟法等改正』(商事法務、2012)18頁)。また、サドワニ事件判決が示した間接管轄の判断の枠組みについては、これまでのところ、裁判実務において顕著な不都合も報告されておらず、近時は学説からも積極的に評価されているところである(河野俊行ほか「外国判決の承認及び執行」河野俊行編『知的財産権と渉外民事訴訟』(弘文堂、2010)342頁)。本判決は、このような観点などから、サドワニ事件判決の判断の枠組みを継承し、平成23年改正法の下において乙’説を採用することを明示したものと思われる。

第3 差止請求に関する訴えと民訴法33条の3第8号の「不法行為に関する訴え」(判示2)

 1 問題の所在

 上記のとおり、間接管轄の有無については、まずは「民訴法の定める国際裁判管轄に関する規定」に準拠して判断することになる。

 ところで、知的財産権(営業秘密を含む。)など権利利益の侵害等を理由とする訴えのうち、損害賠償請求に関する訴えについては、国際裁判管轄を判断するに当たっては、「不法行為に関する訴え」(民訴法3条の3第8号。平成23年民訴法改正前は国内土地管轄の規定である民訴法5条9号)に含まれるとして、不法行為地管轄に服するとするのが一般的な見解であり(佐野寛「不法行為地の管轄権」高桑昭=道垣内正人編『新・裁判実務大系3 国際民事訴訟法(財産法関係)』(青林書院、2002)93頁、申美穂「知的財産権侵害訴訟に関する国際裁判管轄について(一)」法学論叢155巻2号40頁、清水節「特許権侵害訴訟における国際裁判管轄」L&T50号48頁、申美穂「判批」特許研究52号49頁等)、異論は見当たらない。

 これに対し、同様の侵害等を理由とする訴えのうち、差止請求に関する訴えについては、国際裁判管轄を判断するに当たって不法行為地管轄に服するのか否か、争いがある。すなわち、最一小決平成16年4月8日民集58巻4号825頁(以下「ミーリングチャック事件決定」という。)は、国内土地管轄が問題となった事案において、不正競争防止法3条1項に基づく差止請求が不法行為地管轄に服する旨判示している一方、最一小判平成14年9月26日民集56巻7号1551頁(以下「カードリーダー事件判決」という。)は、準拠法が問題となった事案において、特許権侵害を理由とする損害賠償請求の法律関係の性質は不法行為であるが、同侵害を理由とする差止請求の法律関係の性質は不法行為ではない旨判示している。したがって、このような差止請求に関する訴えが、国際裁判管轄を判断するに当たって不法行為地管轄に服するのかどうか、改めて問題となる。

 2 学説及び下級審裁判例

 (1) 学説は、差止請求に関する訴えの国際裁判管轄については、不法行為地管轄に服するという見解が多く(野村秀敏「不正競争行為差止請求訴訟の土地管轄と国際裁判管轄」判タ1062号115頁、佐野・前掲「不法行為地の管轄権」94頁、樋爪誠「判批」ジュリ1244号301頁、申・前掲法学論叢155巻2号41頁、的場朝子「判批」ジュリ1334号261頁、多田望「不法行為地管轄」国際私法年報10号52頁、清水・前掲L&T50号48頁、道垣内正人「判批」L&T50号83頁、「裁判所と日弁連知的財産センターとの意見交換会」判タ1390号32頁〔齋藤巌発言〕)、平成23年改正法の立案担当者もこの見解に立っている(佐藤ほか編・前掲一問一答69頁)。下級審の裁判例においても、特段の理由を示すことなく不法行為地管轄に服させているものや(東京地判平成12年1月28日公刊物未登載〔著作権の事例〕裁判所HP、東京地判平成13年5月14日公刊物未登載〔特許権の事例〕)、仮定的に不法行為地管轄に服させているもの(東京地判平成14年11月18日判タ1115号277頁、判時1812号139頁〔著作権の事例〕及びその控訴審の東京高判平成16年2月25日公刊物未登載・裁判所HP)があったほか、最近の裁判例では、「紛争の実態は不法行為に基づく損害賠償請求と実質的に異なるものではない」などとの理由により、特許権に基づく差止請求を不法行為地管轄に明示的に服させたものがある(知財高判平成22年9月15日判タ1340号265頁)。

 (2) 他方、学説の中には、差止請求に関する訴えの国際裁判管轄については、不法行為地管轄に服しないとする見解もある(横溝大「判批」ジュリ1417号174頁。高橋宏司「判批」ジュリ1420号359頁は、不法行為法上の差止請求権と知的財産権の効力としての差止請求権とが請求権競合となることを示唆する。)。下級審の裁判例においても、特許権に基づく差止請求につき、我が国の国際裁判管轄を(不法行為地管轄ではなく)「条理」により肯定し得るものと判断したものがある(大阪地判平成21年11月26日判タ1326号267頁〔前掲知財高判平成22年の原審〕)。

 3 本判決の判断

 このような中で、本判決は、民訴法3条の3第8号の「不法行為に関する訴え」は上記のような差止請求に関する訴えをも含むものと判示し、もって、差止請求に関する訴えについては、国際裁判管轄を判断するに当たっては不法行為地管轄に服するとしたものである。

 そもそも、民訴法3条の3第8号が不法行為地管轄として「不法行為があった地」を基準とする趣旨は、「不法行為があった地には訴訟資料、証拠方法等が所在していることが多く、また、不法行為があった地での提訴を認めることが被害者にとっても便宜である」(佐藤ほか編・前掲一問一答68頁)とされているところ、このことは知的財産権の侵害等を理由とする請求のうち損害賠償請求と差止請求とで大きく異なるところではない。また、ミーリングチャック事件決定は、国内土地管轄については差止請求を不法行為地管轄に服させているのであって、国際裁判管轄についてこれと異なる扱いをするというのは整合性を欠くようにも思われる。他方、カードリーダー事件判決は、あくまでも準拠法を選択するに際して判示したものにすぎず、この点、国際裁判管轄を判断するための法則は、準拠法を選択するための法則とは別個のものとされているところである(池原季雄「国際的裁判管轄権」鈴木忠一=三ヶ月章監修『新・実務民事訴訟講座7 国際民事訴訟・会社訴訟』(日本評論社、1982)6頁、申・前掲法学論叢155巻2号41頁)。本判決は、このような観点などから、上記のとおり判示したものと思われる。

第4 差止請求に関する訴えにおける「不法行為があった地」の意義(判示3)

 1 問題の所在

 上記のように、権利利益の侵害等を理由とする差止請求に関する訴えが民訴法3条の3第8号の「不法行為に関する訴え」に当たるとした場合、その国際裁判管轄は、「不法行為があった地」に認められることになる。

 この点、本件の原審は、Yらの行為地は米国内ではなく、これによるXの損害が米国内で発生したとの証明もないことを理由に、間接管轄を否定している。この原審の判断は、「不法行為があった地」として、被告が現に違法行為を行った地や、原告の権利利益が現に侵害された地のみを念頭に置いたものといえる。

 しかし、本件のXが米国で提起した差止請求に関する訴えは、我が国の様々な法令に基づく差止請求に関する訴えと同様、違法行為によって権利利益を侵害される「おそれ」があるにすぎない者も提起することができるものである。このような場合にまで、なお、「不法行為があった地」を原審のとおり限定的に解するべきなのか、問題がある。

 2 学説及び下級審裁判例

 学説上、侵害の「おそれ」のみで不法行為地管轄が発生するのかにつき、問題が残ると指摘する見解もあるが(長田真里「判批」リマークス43号145頁)、他方、差止請求は現在だけでなく将来の侵害行為も対象とすることなどから、これを肯定するような見解もある(多田・前掲国際私法年報10号54頁。その注(56)で引用されている渡辺惺之「客観的併合による国際裁判管轄」石川明古稀『現代社会における民事手続法の展開(上)』(商事法務、2002)381頁も参照)。そもそも、本件の原判決に対する評釈の中には、事実行為が行われた場所にのみ裁判管轄を限定するとの解釈には疑問が残るとするものもあるほか(渡辺・前掲JCA59巻8号18頁)、直接管轄における不法行為地管轄一般につき、侵害行為が「日本に向けられて」いれば、我が国の裁判所の不法行為地管轄を肯定してよいとの指摘もみられるところである(申・前掲特許研究52号55頁、木棚・前掲特許研究53号36頁)。

 下級審の裁判例においても、日本における特許権侵害の「おそれ」を具体的に基礎付ける事実が証明された場合には、我が国の国際裁判管轄を肯定する余地があると判示したものがある(前掲大阪地判平成21年11月26日。結論としては、そのような証明がないとして国際裁判管轄を否定したが、道垣内・前掲L&T50号89頁以下は、差止請求の訴えについて不法行為地管轄を認めるべきであったとする。)。

 3 本判決の判断

 このような中で、本判決は、違法行為により権利利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者が提起する差止請求に関する訴えについては、民訴法3条の3第8号の「不法行為があった地」は、違法行為が行われる「おそれ」のある地や、権利利益を侵害される「おそれ」のある地をも含むものと判示した。

 そもそも、上記のような差止請求に関する訴えは、現実の侵害を必ずしも要件とせず、その「おそれ」でも足りるのであって、この点について何ら配慮をしないまま、現実の行為地及び損害発生地のみで不法行為地管轄の有無を判断するのは、このような差止請求の趣旨に反するともいえる。また、国際裁判管轄の基礎としての不法行為地については、国際民事訴訟法の観点から柔軟に解すべきとの指摘もあるのであって(申美穂「知的財産権侵害訴訟に関する国際裁判管轄について(二)」法学論叢155巻5号74頁。木棚・前掲特許研究53号31頁も同旨か。)、現実の行為地及び損害発生地がいずれも国内にないことを理由に直ちに国際裁判管轄を否定するというのは、やや硬直にすぎるともいい得るところである。

 この問題は、本件とは逆に日本の直接管轄が争われる場合、より深刻なものとなろう。例えば、日本企業の有する営業秘密等が日本国内から外国へ適法に持ち出されたが、これに基づいて製品が違法に製造されるような場合、本件の原審の判断によれば、営業秘密等の侵害行為自体が日本国内にない限りは、仮に権利利益を侵害される「おそれ」等が日本国内で生じていたとしても、国内における現実の損害が生じていない以上、他の要件について判断するまでもなく、当該企業は日本の裁判所に輸入等の差止請求を提起することができないことになってしまう。他方、間接管轄の場合についてみると、本件のYらは日本に在住する自然人及び日本法人であって、米国の判決の承認・執行を認めることはYらの利益に反するとの批判も考えられようが(特にY4、Y5及びY6はA社でもY3社でも単なる従業員でしかなく、承認・執行はやや酷ともいえる。)、このような個々の事情に基づく間接管轄の有無の判断は、「国際裁判管轄に関する規定」の適用において考慮されるべきものではなく、「個々の事案における具体的事情に即して、当該外国判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点」に基づく「条理」のところで考慮すべきものであるともいえる。

 本判決は、このような観点などから、上記のとおり判示したものと思われる。

第5 間接管轄の場合における「不法行為があった地」の証明の範囲及び程度(判示4)

 1 問題の所在

 不法行為に関する訴えの国際裁判管轄は、「不法行為があった地」(民訴法3条の3第8号)の国に認められるが、「不法行為があった」か否かは、同時に本案での審理事項でもあるため、国際裁判管轄についての判断と本案の判断とが重なり合うことになる。特に、間接管轄の場合、民事執行法24条2項が「執行判決は、裁判の当否を調査しないでしなければならない」とのいわゆる実質的再審査の禁止を定めているところでもある。

 そこで、不法行為に関する訴えの間接管轄の有無を判断するに際し、管轄原因事実である不法行為の要件事実のうち、①何について(要件事実の全部か一部か)、②どの程度の証明を要するか(証明を要さないか、一応の証明で足りるか、証明を要するか)が問題となる。

 2 学説及び下級審裁判例

 (1) 直接管轄の場合には、①管轄原因仮定説(原告の主張する管轄原因事実が存在するものと仮定して、立証を要さずに直接管轄を肯定する見解)、②一応の証明必要説(管轄原因事実の全部についての証明を要するが、その証明の程度は「一応の証明」で足りるとする見解)、③客観的要件証明説(管轄原因事実のうち、不法行為と主張されている行為又はそれに基づく損害発生の事実についての証明で足り、違法性や故意過失については証明を要しないが、証明の程度は、一応の証明ではなく、通常の証明を要するとする見解)、④管轄原因証明必要説(管轄原因事実の全部についての証明を要し、かつ、その程度は、一応の証明ではなく、通常の証明を要するとする見解)があった。

 この点、最二小判平成13年6月8日民集55巻4号727頁(以下「ウルトラマン事件判決」という。)は、「我が国に住所等を有しない被告に対し提起された不法行為に基づく損害賠償請求訴訟につき、民訴法の不法行為地の裁判籍の規定……に依拠して我が国の裁判所の国際裁判管轄を肯定するためには、原則として、被告が我が国においてした行為により原告の法益について損害が生じたとの客観的事実関係が証明されれば足りる」と判示し、もって、直接管轄の場合には客観的要件証明説(上記③)を採ることを明らかにしている(なお、同判決は行為地について述べたものであり、損害発生地を根拠とする場合は「被告がした行為により原告の法益について我が国において損害が生じたとの客観的事実関係」を立証すべきことになる。)。

 (2) 間接管轄の場合にも、およそ次の4つの見解が唱えられている。

 ① 管轄原因仮定説

 原則として、原告の主張する管轄原因事実が存在するものと仮定して、間接管轄を肯定する見解である(どの事実まで仮定することができるかなど、論者によって若干の幅がある。)。この説は、間接管轄の局面では既に外国裁判所による本案審理が終わっていることや、民事執行法24条2項の規定などを論拠として挙げる(鈴木忠一=三ヶ月章編『注解民事執行法(1)』(第一法規、1984)398頁〔青山善充〕。小林秀之「外国判決の承認・執行についての一考察」判タ467号21頁は「原則としては原告の主張するところによって判断し、原告の主張に虚偽の疑いがある場合にのみ一応の証明を要求する」とする。横溝・前掲リマークス44号141頁は「新たに原告に証明を求め得るのは、不法行為地が何処かといった点に限定される」とする。下級審の裁判例として、東京地判平成6年1月14日判タ864号267頁、東京地八王子支判平成10年2月13日判タ987号282頁、東京地判平成15年9月9日公刊物未登載、ウエスト2003WLJPCA09090007。水戸地龍ケ崎支判平成11年10月29日判タ1034号270頁も管轄原因仮定説に立つようにみえるが、やや判然としない。)。

 ② 一応の証明必要説

 管轄原因事実の全部についての証明を要するが、その証明の程度は「一応の証明」で足りるとする見解である。この説は、無関係な国での応訴を強いられる被告の不利益などを論拠として挙げる(酒井一「判批」ジュリ1083号114頁)。

 ③ 客観的要件証明説

 管轄原因事実のうち、不法行為と主張されている行為又はそれに基づく損害発生の事実についての証明で足り、違法性や故意過失については証明を要しないが、証明の程度は、一応の証明ではなく、通常の証明を要するとする見解である。この説は、客観的要件の審査にとどまる限りは実質的再審査の禁止に抵触しないことなどを論拠として挙げる(中西康「外国判決の承認執行におけるrevision au fondの禁止について(四)」法学論叢136巻1号9頁。渡辺・前掲JCA59巻8号17頁も同旨。下級審の裁判例として、本件の原判決のほか、東京地判平成17年8月31日公刊物未登載、ウエスト2005WLJPCA08310001がある。)。

 ④ 管轄原因証明必要説

 管轄原因事実の全部についての証明を要し、かつ、その程度は、一応の証明ではなく、通常の証明を要するとする見解である。この説は、敗訴被告の保護という法の趣旨を重視することなどを論拠として挙げる(安達栄司『国際民事訴訟法の展開』(成文堂、2000)166頁。本件の第1審判決は、判断基準としては客観的要件証明説を採用する旨述べておきながら、その当てはめにおいては、被告らの行為が原告の営業秘密の「不正」な使用に当たることの立証まで要求しており、管轄原因証明必要説に親和的である。なお、東京地判平成17年6月29日公刊物未登載、ウエスト2005WLJPCA06290001は、「仮に……不法行為が存在したとしても、その不法行為地は日本国内にある」とし、結論として米国の間接管轄を否定している。)。

 3 本判決の判断

 このような中で、本判決は、間接管轄を判断する場合にあたっても、直接管轄の場合と同様に、客観的要件証明説を採ることを明らかにした。その上で、本判決は、事案に即して、本件のような差止請求の場合には、被告が原告の権利利益を侵害する行為を判決国内で行うおそれがあるか、原告の権利利益が判決国内で侵害されるおそれがあるとの客観的事実関係が証明されれば足りるものと判示した。

 そもそも、間接管轄の判断基準を判示1のとおり解すると、「外国判決を我が国が承認するのか適当か否かという観点」は、専ら「条理」の判断のところで考慮されるべき事項であって、その前提となる「民訴法の定める国際裁判管轄に関する規定」の適用において考慮されるべきものではない。そうすると、民訴法の国際裁判管轄に関する規定(不法行為の場合は民訴法3条の3第8号)の適用方法は、直接管轄の場合と間接管轄の場合とで別異に解すべき必要性はないように思われる。また、ウルトラマン事件判決は、直接管轄の判断に当たって客観的要件証明説を採用する根拠として、客観的事実関係が存在すれば「通常、被告を本案につき応訴させることに合理的な理由があり、国際社会における裁判機能の分配の観点からみても、我が国の裁判権の行使を正当とするに十分な法的関連がある」ことを挙げるが、このことは間接管轄の場合にも等しく当てはまる。そして、民事執行法24条2項は実質的再審査の禁止を定めるが、そもそも、一定の要件の下に外国判決を承認するという制度は、実質的再審査に代えて一定の要件を審査することにしたのであるから、その要件の審査という観点から、それに必要な限りで事実を認定し、これを考慮することは、法が当然に予定しているものであって、実質的再審査の禁止には当たらないというべきである(中西・前掲法学論叢136巻1号6頁以下、竹下守夫「判例から見た外国判決の承認」新堂幸司ほか編『判例民事訴訟法の理論(下)』(有斐閣、1995)521頁。なお、中西・同26頁以下は、「実質的再審査」という用語が誤解を招いているとする。)。本判決は、このような観点などから、上記のとおり判示したものと思われる。

第6 まとめ

 本件は、国際裁判管轄に関する民訴法上の基本的な各論点について、いずれも最高裁として初めて判断を示したものであり、実務上も重要な意義を有することから、紹介する次第である。                         以上

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