◇SH0082◇生保各社、日本版スチュワードシップ・コードに関する取組み方針を公表 田中貴士(2014/09/12)

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生保各社、「責任ある機関投資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫に関する取組み方針を公表(最近公表分)

岩田合同法律事務所

弁護士 田 中 貴 士

 

 昨年8月、金融庁内に「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」が設置され、6回の検討会を経て、本年2月26日、「『責任ある機関投資家』の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫~投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すために~」が策定・公表された。

 金融庁のウェブサイトによれば、これまでに当該コードの受入れ表明を行った機関投資家等は、信託銀行等6、投信・投資顧問会社等109、生命保険会社17、損害保険会社4、年金基金等17、その他(議決権行使助言会社他)7の合計160社(団体)とのことである[1]

 今般、生保各社においても、当該コードに関する各社の方針が公表された。

 日本版スチュワードシップ・コードは、機関投資家が、顧客・受益者と投資先企業の双方を視野に入れ、「責任ある機関投資家」としてスチュワードシップ責任を果たすに当たり有用と考えられる諸原則を定めるものであり、ここでいう「スチュワードシップ責任」とは、機関投資家が投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づく建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)などを通じて、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、「顧客・受益者」の中長期的な投資リターン拡大を図る責任を意味するとされている[2]。当該コードが対象とする「機関投資家」については、明確な定義が設けられている訳ではないが、基本的に、日本の上場株式に投資する機関投資家を念頭に置くとされており、海外に拠点を置く機関投資家も含まれる。また、機関投資家ではないものの、ISSやグラス・ルイスをはじめとする議決権行使助言会社についても、当該コードがあてはまるとされている。

 この日本版スチュワードシップ・コードは、次の7つの原則からなる。

日本版スチュワードシップ・コードの原則

1.機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たすための明確な方針を策定し、これを公表すべきである。

2.機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たす上で管理すべき利益相反について、明確な方針を策定し、これを公表すべきである。

3.機関投資家は、投資先企業の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任を適切に果たすため、当該企業の状況を的確に把握すべきである。

4.機関投資家は、投資先企業との建設的な「目的を持った対話」を通じて、投資先企業と認識の共有を図るとともに、問題の改善に努めるべきである。

5.機関投資家は、議決権の行使と行使結果の公表について明確な方針を持つとともに、議決権行使の方針については、単に形式的な判断基準にとどまるのではなく、投資先企業の持続的成長に資するものとなるよう工夫すべきである。

6.機関投資家は、議決権の行使も含め、スチュワードシップ責任をどのように果たしているのかについて、原則として、顧客・受益者に対して定期的に報告を行うべきである。

7.機関投資家は、投資先企業の持続的成長に資するよう、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づき、当該企業との対話やスチュワードシップ活動に伴う判断を適切に行うための実力を備えるべきである。

 

 日本版スチュワードシップ・コードは、法的拘束力を有する規範ではなく、この趣旨に賛同しこれを受け入れる用意のある機関投資家に対して、その表明を期待するものとされている。また、当該コードは、いわゆる「コンプライ・オア・エクスプレイン」(原則を実施するか、実施しない場合には、その理由を説明するか)の手法を採用しており、当該コードを受け入れる者も、上記の7つの原則をすべて実施しなければならない訳ではなく、各自の個別事情に照らして実施することが適切でないと考える原則があれば、「実施しない理由」を十分に説明することにより、一部の原則を実施しないことが許されている。

 その上で、受入れ状況の可視化のため、当該コードを受け入れる機関投資家には、「コードの各原則に基づく公表項目」[3]を各自のウェブサイトで公表することが求められており、また、そのURLを金融庁に通知することや、当該公表項目を毎年見直すことが求められている[4]。今般、生保各社が当該公表項目を含む各社の方針を公表したのも、これに沿ったものである[5]。各社とも、日本版スチュワードシップ・コードの趣旨に則り、投資先企業との対話や中長期的な視点を重視するものとなっている[6]。その中には、議決権行使結果について、賛同・不賛同の集計値ではなく、賛同・不賛同の結果に至るまでのプロセスや判断理由を含め、具体的な事例を説明、公表するものもあり[7]、興味深い。

 日本版スチュワードシップ・コードは、機関投資家が投資先企業との建設的対話を通じて企業の持続的成長を促すことを意図するものであり、機関投資家において、かかるスチュワードシップ責任を果たすための取組みが進展していくものと思われる。また、一方で、機関投資家がそのスチュワードシップ責任を履行する上で、議決権行使が重要な要素であることに変わりはない。当該コードの原則5も、その形式的な判断基準の必要性を否定するものではなく、議決権行使の方針やその行使結果の公表が進むことにより、議決権行使の判断基準を充実化する動きも見られるなど、当該コードは、大きな意義を有する。



[1] 2014年9月2日公表時。

[2] 日本版スチュワードシップ・コードが参考とした英国のスチュワードシップ・コードは、英国FRC(財務報告協議会)により、世界金融危機(リーマン・ショック)の発生を背景とし、コーポレート・ガバナンスに関する規範としてそれまで存在していた「統合規範」の内容を分離・再編成する形で、機関投資家による投資先企業への関与のあり方として2010年に策定されたものである。もっとも、日本版スチュワードシップ・コードでは、英国のスチュワードシップ・コードに比して、機関投資家と企業との建設的な対話や企業の持続的成長の促進という観点が重視されている。

[3] 当該公表項目は、①スチュワードシップ責任を果たすための方針(原則1関係)、②スチュワードシップ責任を果たすに当たり管理すべき利益相反についての方針(原則2関係)、③議決権行使についての方針(議決権に係る権利確定日をまたぐ貸株取引を行うことを想定している場合、当該貸株取引についての方針もあわせて記載。原則5関係)、④議決権行使結果(議決権行使助言会社のサービスを利用している場合、その旨及び当該サービスをどのように活用したのかについても、あわせて記載。原則5関係)。

[4] 金融庁のウェブサイト(http://www.fsa.go.jp/status/stewardship/index.html)において、受入れの表明を行った機関投資家等のリストが公表されている。当該リストは3ヶ月毎の更新が予定されており、9月2日にその更新がなされた。

[5] 検討会では、機関投資家が日本版スチュワードシップ・コードの受入れ表明とあわせて「コードの各原則に基づく公表項目」を公表することを想定しつつも、初回に限っては、まずは受入れ表明のみを行い、その後、今般(9月2日)のリスト更新時までに上記公表項目を公表することも可能とされていた。8月下旬に方針を公表した生保各社についても、以前から受入れ表明をしていた会社が多い。

[6] 中長期的な視点の重視は、生命保険契約が数十年から終身といった長期に亘る契約であり、この期間、保険金の支払いを保証する必要があるという生命保険資金の長期性から、生命保険会社には長期に安定した配当等に繋がる資産運用が求められることも関係していると思われる。

[7] 日本生命保険相互会社「『責任ある機関投資家』の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫に関する取り組み方針について」(http://www.nissay.co.jp/kaisha/csr/unyou/pdf/stewardship_code.pdf)。

(たなか・たかし)

岩田合同法律事務所弁護士。2004年京都大学卒業。2005年弁護士登録。取扱分野は、金融法務、企業法務全般。

岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/

<事務所概要>

1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。

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