ヤフー事件判決(東京地判平成26年3月18日)の争点と課題
一般財団法人 日本品質保証機構
参与 丹羽 繁夫
東京地裁は、本年3月18日、ヤフー株式会社(以下「原告」という)が平成21年3月期の税務申告について行政処分庁より受けた更正処分等の取消しを求めて提起した訴訟において、原告の請求を棄却する判決(以下「本判決」という)を下した。本判決は、「平成13年度税制改正における法(平成22年改正前の法人税法:筆者)132条の2の創設以来はじめて当該規定の適用が訴訟の場で本格的に争われたケースについて、裁判所が当該規定の適用を全面的に肯定する判断を下したものであり、今後のわが国のM&Aおよび企業組織再編等の実務に多大な影響を及ぼす」[1]ものとして、実務家の間で、注目されている。
1. 本件事案の概要
本件事案の詳細については、太田弁護士による詳細な紹介[2]に譲るが、要すれば、ソフトバンクグループ(以下「同グループ」という)では、予て、ソフトバンク株式会社(以下「ソフトバンク」という)の100%子会社でデータセンター事業を営んでいたソフトバンクIDC株式会社(以下「IDCS」という)に累積していた未処理欠損金額をどのように処理するのかが大きな課題になっており、平成21年3月期においては、何らの策も講じなければ、平成18年3月期までに累積していた666億円の未処理欠損金額のうち、平成14年3月期に発生した124億円の繰越しが不可能となる見込みであった。
同グループでは、当初、平成21年3月末までに消滅する金額については事業譲渡か非適格合併等により処理し、それ以外の金額についてはIDCSと同グループの他の会社との適格合併により処理する、という分社化等の検討が進められていたが、最終的には、平成20年11月頃までに、同グループ全体で当該未処理欠損金額を利用して税務メリットを享受し、ソフトバンクの資金調達ニーズをも満たし[3]、ソフトバンクが42.1%出資していた原告とIDCSとのシナジー効果を得るために、原告にIDCSを買収させ、合併させる方針(以下「本件方針」という)が固められた。
この方針に基づき、平成20年12月26日に原告の代表取締役I氏がIDCSの取締役副社長に就任し、平成21年2月2日にIDCSはデータセンター事業の営業・販売及び商品開発に係る事業をIDCフロンティア(以下「IDCF」という)に承継させる新設分割を行い、同年2月20日に原告はIDCSより、IDCFの発行済全株式を115億円で譲り受け[4]、同年2月24日に原告はソフトバンクより、IDCSの発行済全株式を450億円で譲り受け(以下「本件買収」という)[5]、最終的に、同年3月30日に原告はIDCSを吸収合併した(以下「本件合併」という)。次いで原告は、同年6月30日に、適格合併における未処理欠損金額の引継ぎに係る平成22年改正前法人税法(以下「法」という)57条3項の規定に基づき、同条同項を受けて創設された平成22年改正前法人税法施行令(以下「施行令」という)112条7項5号に規定する「みなし共同事業要件」となる特定役員引継要件を充足したとして、IDCSの未処理欠損金額542億6826万2894円[6]を原告の欠損金額とみなして、57条1項の規定に基づき原告の損金の額に算入して、平成20年度の税務申告を行った。
処分行政庁は、平成22年6月29日に、原告によるIDCSに係る一連の行為は、施行令112条7項5号に規定する特定役員引継要件を形式的に充足するが、租税回避を目的とした異常ないし変則的なものであり、その行為又は計算を容認した場合には、法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるとして、法132条の2の規定に基づき、IDCSの未処理欠損金額を原告の欠損金額をみなすことを認めない更正処分(以下「本件更正処分」という)及び過少申告加算税賦課決定処分を行った。原告は、これを不服として、平成23年4月13日に本件更正処分等の取消しを求める訴えを提起した。
2. 本判決の判断
本判決は、その判断の前提として、法57条2項及び3項、施行令112条7項5号並びに法132条の2についての、平成13年度税制改正時の立法の経緯、趣旨を踏まえた、極めて詳細な解釈論を展開しており、何を原告の請求を棄却した判決理由としているのか、判別し難い構成となっている。筆者なりに推論すれば、本判決は、結論として、「本件(原告I氏の:筆者)副社長就任は、特定役員引継要件を形式的に充足するものではあるものの、それによる税負担減少効果を容認することは、特定役員引継要件を定めた施行令112条7項5号が設けられた趣旨・目的に反することが明らかであり、また、本件副社長就任を含む組織再編成全体をみても、法57条3項が設けられた趣旨・目的に反することが明らかである・・・。したがって、本件副社長就任は、法132条の2にいう『法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの』に該当する」と解釈して、原告の請求を棄却した。
3. 本判決の争点と課題
しかしながら、本判決が前述の結論に至る過程において展開した関係法令の解釈論については、幾つかの疑問と課題を残しているといわざるを得ない。
第一に、本判決は、原告I氏のIDCSにおける特定役員の就任について、施行令112条7項5号が定める特定役員引継要件を充足しているか否かの詳細かつ実質的な検討を行い、①I氏が副社長に就任してから本件買収により特定資本関係が発生するに至るまでの期間はわずか2か月であり、極めて短いこと、②I氏がIDCSの副社長に就任したのはソフトバンクより本件方針を受けた後であること、I氏がIDCSの副社長として実際に行った職務の内容は本件方針に沿ったものであり、本件方針と離れて、IDCSにおける従来のデータセンター事業に固有の業務に関与していたとは認められないこと、③従前IDCSの経営を担ってきた役員は、いずれも、本件合併後、原告の役員には就任することが予定されておらず、原告の役員に就任する事業上の必要性もないとされ、実際にも就任しなかったことを理由として、「本件においては、特定役員引継要件が形式的には充足されているものの、役員の去就という観点からみて、『合併の前後を通じて移転資産に対する支配が継続している』という状況があるとはいえず、施行令112条7項5号が設けられた趣旨に全く反する状態となっている」、と判断した。
筆者は、本判決のこのような検討について、特定役員引継要件の充足を判定する際の具体的な範例を提供したことを評価するが、仮にこのような検討を是認するとすれば、本件事案においては、個別規定である施行令112条7項5号が定める特定役員引継要件を充足していないとして原告の請求を棄却すれば十分であり[7]、原告の請求を棄却する根拠として何故法132条の2という包括規定にも依拠しなければならなかったのか、疑問を禁じ得ない。筆者は、法57条3項及び132条の2を重畳適用することは、本判決が述べている「組織再編税制に係る個別規定は、特定の行為や事実の存否を要件として課税上の効果を定めているものであるところ、立法時において、複雑かつ多様な組織再編成に係るあるゆる行為や事実の組み合わせを全て想定した上でこれに対処することは、事柄の性質上、困難があ」るという事情を考慮すれば、一律に否定すべきではないと考えるが、個別規定で対処できる場合には、包括規定の適用は、その適用条件がややもすれば不確かとなるが故に控えるべきである、と考える。筆者はまた、法及び施行令において、定められている要件を充足しているか否かを判断する基準が明示的に規定されていない場合には、法の趣旨及び納税者の予測可能性を害しない範囲内で、裁判所自らその具体的な範例を提示してその基準を提供することは判例法を形成するものとして容認されるが、本判決の立論をみると、法132条の2の適用を誘引するためにこれらの判断基準を提供しているように推論される。仮にこのような推論が正しいとすれば、包括規定の適用の背景となる事情に基づいて個別規定を解釈するという本判決の解釈の在り方は、個別規定にはない要件が付加される可能性を否定し得ないが故に、遺憾といわざるを得ない。
第二に、本判決は、組織再編成を目指す企業グループ内の適格合併について、「親会社の意向次第では異常な取引が行われる可能性があること、・・・合併後、当該法人が行っていた移転対象事業について継続の見込みがなく、移転資産に対する支配が継続することもなく、単に資産の売買にとどまるような場合など、未処理欠損金額の引継ぎを認める実質的な根拠を欠く場合が生じる可能性ある」。このような「企業グループ内の適格合併については、未処理欠損金額の引継ぎを無制限に認めることには課税上の弊害があるという見地から、その範囲につき制限が加えられることとされ」、「法57条3項において、適格合併等に係る被合併法人等と合併法人等との間に特定資本関係が発生してから5年内に行われる適格合併については、『共同で事業を営むための適格合併等』として政令で定めるものに該当するときに限り、被合併法人等の未処理欠損金額を合併法人等が引き継ぐこと」が認められた、と平成13年改正法の趣旨を述べている。しかしながら、法57条3項及びこれを受けて定められた施行令112条7項5号に規定されたみなし共同事業要件においては、「共同で事業を営むための適格合併等については、法57条2項により、未処理欠損金額を引き継ぐことが認められているが、その場合には、役員引継要件のほか、従業者に関する要件、事業の継続に関する要件などの充足が求められているのに(法2条12号の8ハ、施行令4条の2第4項)、みなし共同事業要件においては、特定役員引継要件のみで足りることとされ、この点でも、具体的事情如何によっては均衡を欠く場合も生じ得ることからすると、特定役員引継要件を形式的に適用するだけでは、課税の公平を実現することができないおそれがある」と述べている。この点については、本判決も述べているように、「役員引継要件の意味するところについては、本件改正当時から、議論の余地が少なからず残されており、単にそれを形式的に満たすだけでは否認される可能性があることが明らかにされていた」のであれば、施行令112条7項5号の創設の不備といわざるを得ない。本判決は、このような不備を補うために、施行令4条の2第4項1号から5号に定められている「共同で事業を営むための適格合併等」に係る要件に依拠して、「みなし共同事業要件に係る特定役員引継要件が、特定役員引継要件に形式的に該当する事実さえあれば、組織再編成に係る他の具体的な事情を一切問わずに(・・・①特定資本関係発生以前の時期における当該役員の任期、②当該役員の職務の内容、③合併後における当該役員以外の役員の去就、④合併後における事業の継続性や従業員の継続性の有無、⑤合併により引き継がれる事業自体の価値と未処理欠損金額の多寡、⑥被合併法人と合併法人の事業規模の違いなどの事情を一切問わずに)、未処理欠損金額の引継ぎを認めるべきものとして定められたとはいえず、特定役員引継要件に形式的に該当する事実があるとしても包括否認規定を適用することが排除されない」と解釈し、前述の特定役員引継要件の検討と同様に、上記④ないし⑥の要件について、充足していない旨追加的な検討を行った。
しかしながら、上記④ないし⑥の要件の追加的検討は、明らかに、法57条3項及び施行令112条7項5号に規定されている要件にないものを付加したものであり、原告も主張したように、「個別規定の要件を実質的に拡張して適用するものであり、納税者の予測可能性」を越えており、租税法律主義により許容される範囲を逸脱する懸念がある。ここでの問題は、法の不備の問題であり、法の不備をその拡張的な解釈により補完することが許されないことは論を俟たないであろう。
[1] 太田洋「ヤフー・IDCF事件東京地裁判決とM&A実務への影響」〔上、下〕商事法務2037号(2014・7・5)4頁、2038号(2014・7・15)38頁)。
[2] 太田洋・商事法務前掲注(1)参照。
[3] 本判決の認定によれば、ソフトバンクが平成15年12月30日に発行した「2015年満期ユーロ円建て転換社債型予約権付社債」について、平成21年3月31日にその所持人に額面金額に償還日までの経過利息を付して繰上償還する権利が発生し、当時の当該転換社債価格及び株価の動向から、投資家から最大500億円の償還請求を受ける可能性があることが、平成20年10月27日開催のソフトバンク取締役会で報告されていた。
[4] 平成21年2月19日開催の原告取締役会では、原告よりIDCSに支払われたIDCF株式の対価115億円も、原告がIDCSを買収、合併することにより、原告に戻ることも確認されていた。
[5] 同グループの中で、最終的に、IDCSから原告に引き継がれる未処理欠損金額の税務上の価値を500億円に実効税率40%を乗じた200億円と、IDCSの事業資産価値を250億円と算定された。
[6] 原告は、IDCSの未処理欠損金額666億円のうち、平成14年3月期に発生し平成21年3月期にはその繰越しが不可能となった124億円を控除した542億円を当該引継ぎ金額とした。
[7] 本判決も述べているように、「特定役員引継要件は、単に、役員又は特定役員への就任の有無及びその特定資本関係発生等との先後関係のみを問題とするにすぎないものであり、合併の前後を通じて移転資産に対する支配が継続しているか否かの指標として、常に十分にその機能を果たすものとまではいい難い」ものであるとしても。
(にわ・しげお)