専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法案
岩田合同法律事務所
弁護士 松 田 貴 男
専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法案(以下「有期雇用特別措置法」という。)が、現在開会中の第187回国会(臨時会)において平成26年10月29日に参議院で可決され、同日、衆議院に議案が送付された。[1]
有期雇用特別措置法は、高収入かつ高度な専門的知識等を有する有期契約労働者、及び、定年後に有期契約で継続雇用される高齢者について、平成25年4月1日施行の改正労働契約法第18条において認められることなったいわゆる期間の定めのない雇用契約への無期転換ルール(同一の使用者のもとで有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合に当該労働者の申出により期間の定めのない労働契約に転換できる仕組み)の例外を定めるものであり、その概要は以下の通りである。
I.要件 |
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1.専門的知識等を有する有期雇用労働者についての要件 |
① 一定額以上の年収があり、専門的知識等を有する有期雇用労働者であって、5年を超える一定の期間内に完了することが予定されている専門的知識等を必要とする業務に就く労働者(年収、専門的知識等の内容は、今後、それぞれ厚生労働省令、大臣告示で定められる予定) ② 上記①の労働者に関して、事業主が労働者の特性に応じた雇用管理に関する措置についての計画(労働者が自らの能力の維持向上を図る機会の付与を含む)を作成し、厚生労働大臣に提出して、厚生労働大臣から当該計画が適当である旨の認定を受ける |
2.定年後に有期契約で継続雇用される高齢者についての要件 |
① 定年(60歳以上のものに限る)に達した後引続いて当該事業主(グループ会社を含む)に有期契約で継続雇用される高齢者 ② 上記①の労働者に関して、事業主は労働者の特性に応じた雇用管理に関する措置についての計画(配置、職務、職場環境に関する配慮を含む)を作成し、厚生労働大臣に提出して、厚生労働大臣から当該計画が適当である旨の認定を受ける |
II.効果 |
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1. 上記1の各要件を満たす場合、専門的知識等を有する有期雇用労働者は、一定の期間内に完了することが予定されている業務の期間(最長10年)は、労働契約法第18条に定める、期間の定めのない労働契約への転換申込権が発生しない。 2. 上記2の各要件を満たす場合、高齢者は、定年後引続いて雇用されている期間中は、労働契約法第18条に定める、期間の定めのない労働契約への転換申込権が発生しない。 |
有期雇用特別措置法の主な特徴は以下の通りである。
- 定年後の高齢者も対象に含まれること
法案の名称からは一見して分からないものの、有期雇用特別措置法は、専門的知識等を有する労働者のみならず、定年後に有期契約で継続雇用される高齢者の労働者についても、期間の定めのない労働契約への無期転換申込権が発生しないことを内容としている。定年を65歳未満に定める事業主は、高齢者雇用安定法第9条に従い、定年年齢の65歳までの引き上げ、65歳までの継続雇用制度導入、又は定年制廃止のいずれかの措置(高齢者雇用確保措置)を講じる義務を負っているところ、雇用確保措置実施済み企業のうち約82%強が継続雇用制度を導入しており[2]、その大半は有期雇用によるものと考えられる。従って、有期雇用特別措置法は高齢者の継続雇用制度を有期雇用によって実施する多くの事業主に影響する適用範囲の広い法律といえる。
なお、もともと有期雇用特別措置法は、高度な専門的知識等を有している者で比較的高収入を得ている者を対象に無期転換申込権の発生期間のあり方等に関して検討を行う、との平成25年10月18日付日本経済再生本部決定を契機として(同決定の内容はその後成立した国家戦略特別区域法附則第2条の検討規定に盛り込まれた)、同年12月から開始された労働政策審議会の特別部会において法案の要綱がとりまとめられた経緯があり、当初は定年後の高齢者に関する無期転換ルールの見直し検討を行うことは想定されていなかった。しかし、上記労働政策審議会において、使用者代表委員から、60歳の定年まで働いた労働者がその後有期雇用契約によって継続雇用されて5年を超えた場合にさらに無期雇用への転換権が発生することへの使用者側の違和感を背景として、高齢者の有期契約の無期転換ルールについても見直しを行うべきとの要請を行い(労働者代表委員は反対)、法案要綱における検討対象に加えられたという経緯がある。
- 行政の認定が必要とされていること
有期雇用特別措置法に基づき、期間の定めのない労働契約への転換申込権の不発生の効果を得るためには、事業者が労働者の特性に応じた雇用管理に関する措置についての計画を作成し、厚生労働大臣による認定を受けるという行政の認定手続きを経ることが必要である。当該計画の作成及び認定に関しては、法律案成立後に、労働政策審議会における議論を経て厚生労働大臣による基本指針及び厚生労働省令が定められる予定である。
有期雇用特別措置法は、平成25年4月1日に施行されたばかりの改正労働契約法第18条についての例外措置を一部の有期雇用労働者について早くも設けるものであり、法案要綱検討の契機が政府の日本経済再生本部の決定であることと併せ、労働条件に関する法制の見直しが政府主導でスピード感をもって進められていることを示している。もっとも、法律案成立後に予定される、実際の法律の適用・運用に大きく影響を与える厚生労働大臣の基本指針・告示、厚生労働省令の策定過程においては、定年後の高齢者を有期雇用特別措置法の対象に含めることについて労働政策審議会の特別部会において労働者代表委員より強い反対意見が述べられたように、労働政策審議会において労働者代表委員と使用者代表委員の見解が対立し調整が困難となることも予想されるところである。従って、仮に法律案が成立した場合でも、実務的な運用ルールを定める省令等の制定動向については注視していく必要がある。
[1]同法案は平成26年3月7日に第186回国会(常会)において提出されたものの、同会期中には成立せず閉会中審査(いわゆる継続審査)とされたことから、第187回国会(臨時会)において審議されている。
[2] 平成26年10月31日付厚生労働省『平成26 年「高年齢者の雇用状況」集計結果』
(まつだ・たかお)
岩田合同法律事務所所属。2000年東京大学法学部卒業。2000年から2007年まで金融機関に勤務。2008年弁護士登録。2013年Harvard Law School修了(LL.M.)。主な著作:『実践TOBハンドブック改訂版』(共著、日経BP社、2010年)、『取引先の倒産対応マニュアル』(共著、日経ビジネス社、2009年)。
岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/
<事務所概要>
1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。
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