米国の紛争鉱物開示規制
岩田合同法律事務所
弁護士 田 中 貴 士
このほど、トヨタ自動車が2014年の紛争鉱物報告書をウェブサイトに掲載し、韓国最大手の製鉄会社であるポスコが紛争鉱物に関する米国証券取引委員会への報告を行ったとの記事を目にした。これらは、2010年7月に成立した米国の「ドッド・フランク・ウォールストリート改革および消費者保護法」(金融規制改革法)第1502条による「紛争鉱物」の情報開示規制に基づくものである。
金融規制改革法第1502条(b)項は、1934年証券取引所法を改正し、米国の証券取引所に上場する企業に対し、製品に紛争鉱物を必要とする場合に、その原産国がコンゴ民主共和国およびその周辺国であるか否かを開示し、米国証券取引委員会(U.S. Securities and Exchange Commission : SEC)に報告することを義務づける旨の規定(同法13条(p)項)を追加した。また、その手続等を定める規則がSECにより策定され、同規則は、2012年8月に採択、同年11月に施行されている(以下「紛争鉱物開示規制」という。)。
紛争鉱物(conflict minerals)とは、コロンバイト・タンタライト、錫石、金、鉄マンガン重石およびその派生物であるタンタル(Tantalum)、錫(Tin)、タングステン(Tungsten)を指し(各頭文字をとって3TGsと呼ばれる。)、紛争鉱物開示規制は、これらの鉱物がコンゴ民主共和国等の紛争地域において武力集団の資金源になっているとして、その資金源を絶つことを目的としている。
報告の対象期間は、会計年度に関わらず暦年の1月1日から12月31日までとされており、SECへの報告期限は翌年の5月31日とされている。初回の対象期間が2013年であったから、2014年を対象期間とする今般の報告は、紛争鉱物開示規制ができて2回目となる。上記のとおり、紛争鉱物開示規制は米国上場企業を対象としているが、当該規制は、米国非上場企業を含め、紛争鉱物を使用する多くの日本企業に対しても影響を及ぼすものである。以下、その概要を記載する。
まず、SECに年次報告書を提出する企業は、自社が製造または製造委託する製品の機能または製造過程に紛争鉱物を必要とする場合、当該紛争鉱物がコンゴ民主共和国(Democratic Republic of the Congo : DRC)およびその周辺国(以下「対象国」という。)を原産国とするか否か、当該紛争鉱物がリサイクル品であるか否かを判断するための「合理的な原産国調査」(reasonable country of origin inquiry : RCOI)を実施しなければならない。
このRCOIにより、当該紛争鉱物が対象国を原産国としない、またはリサイクル品であると判断する場合、その企業は、所定の書式(Form SD)による特別開示報告書(specialized disclosure report)をSECに提出しなければならない。この場合、Form SDでは、上記の判断を開示するとともに、RCOIの概要と結果を記載する。また、ウェブサイト上でその情報を開示しなければならない。
一方、RCOIにより、当該紛争鉱物が対象国を原産国とし、かつリサイクル品ではないと判断する場合、またはそのような可能性があると信じる理由がある場合には、さらに、その紛争鉱物の起源および加工・流通過程に関するデューディリジェンス(以下「DD」という。)を実施しなければならない。このDDは、国際的に認められた枠組みに従ったものでなければならず、そのような枠組みとしては、経済協力開発機構(OECD)の「紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデューディリジェンス・ガイダンス」がある。
そして、DDの結果、当該紛争鉱物が対象国を原産国としない、またはリサイクル品であると判断する場合、その企業は、かかる判断を開示するとともに、RCOIおよびDDの概要と結果を記載したForm SDをSECに提出しなければならないが、次に記載する紛争鉱物報告書の提出は求められない。
他方、上記のように判断できない場合、その企業は、Form SDの添付書類として紛争鉱物報告書(Conflict Minerals Report)をSECに提出しなければならず、また、その紛争鉱物報告書をウェブサイト上に掲載しなければならない。
この紛争鉱物報告書については、独立した民間部門による監査を受け、その監査報告書を含める必要がある。また、自社が製造または製造委託する製品に「コンフリクト・フリー」(DRC conflict free)と判明しなかった製品がある場合には、紛争鉱物報告書に、当該製品と当該製品の加工施設、鉱山または原産地を特定するための具体的な取組みを記載しなければならない。但し、2014年12月31日まで(小規模事業者は2016年12月31日まで)は、暫定期間として、コンフリクト・フリーか否か判定不能な場合、上記監査は不要とされている。この「コンフリクト・フリー」とは、当該製品が、その機能または製造過程に必要とされる紛争鉱物に、直接的または間接的に対象国の武装集団の資金源や利益となるものを使用していないことをいう。
以上のように、紛争鉱物開示規制の対象となる企業は、自社の製品に使用する紛争鉱物について、対象国を原産国とするか否かを調査する必要がある。そのためには、RCOIやDDにおいて、サプライチェーンを遡って調査する必要があり、米国非上場企業であっても、サプライチェーンを構成する企業は、当該調査への協力を求められることになる。この点、電機・電子を中心とした業界団体のElectronic Industry Citizenship Coalition(EICC)とGlobal e-Sustainability Initiative(GeSI)は、グローバルなサプライチェーンにおける社会的責任を推進する組織として、Conflict-Free Sourcing Initiative(CFSI)を設け、Conflict-Free Smelter(CFS)プログラムを推進している。CFSプログラムでは、製錬所・精製所の段階で、調達される紛争鉱物が武装勢力の資金源となっているか否かを監査し、コンフリクト・フリーと認定する製錬所・精製所のリストを公表している。これにより、当該製錬所・精製所より川下のサプライチェーンでは、紛争鉱物が武装勢力の資金源となっていないことを証明することができる。加えて、EICCとGeSIは、サプライチェーン調査に用いる調査票も作成している。
また、米国非上場企業であっても、CSR活動の一環として、コンフリクト・フリーを目指した取組みを進める企業もある。そもそも、紛争鉱物開示規制は、紛争鉱物に関する情報を開示させることで、社会の監視によって武力勢力の資金源となる紛争鉱物の使用を抑制することを狙っており、人権問題に結びつくものとして、企業の社会的責任に関わる課題の一つとしても捉えられるものである。かかる観点からすれば、紛争鉱物を巡る問題は、SECへの報告義務に留まらず、CSRとしても留意すべき課題である。
(たなか・たかし)
岩田合同法律事務所弁護士。2004年京都大学卒業。2005年弁護士登録。取扱分野は、金融法務、企業法務全般。
岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/
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1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。
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