◇SH0199◇最一小決 平成26年11月18日、17日 (準)抗告の決定に対する特別抗告事件(櫻井龍子裁判長)

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第1 ①事件について

 1 本件は、1審で審理中のLED照明の架空取引に関する詐欺被告事件について、保釈請求を認めた原々決定を取り消し、保釈請求を却下した原決定に対し特別抗告が申し立てられた事案である。

 2 被告人は、実際に商品が納品される通常取引と認識し、被告人自身が述べたとされる欺罔文言を述べてもいないとして、共犯者らとの共謀、欺罔行為を否認していたが、1審は、最重要証人である被害会社の担当者の主尋問が終了した第10回公判期日終了後に、保証金額を300万円とし、共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を認めた。これに対し検察官から抗告が申し立てられたところ、1審は、原審に対し、比較的詳細な意見書を送付した(刑訴法423条2項後段)。詳細は直接参照されたいが(刑集68巻9号、判タ1409号に、原々決定、原決定とともに掲載予定)、これによると、要旨、1審は、共犯者らの主張の相違等に照らせば実効性ある罪証隠滅行為に及ぶ現実的危険性は高くなく、一連の架空取引において被告人と同様の立場にあった共犯者は既に執行猶予付き判決が確定している中、被告人の勾留が相当期間に及んでいることを踏まえて、保釈を許可したものと理解される。

 これに対し、原決定は、被告人が共謀も欺罔行為も争っていて、罪証隠滅のおそれが相当に強度であるから、未だ被害者1名の尋問さえも終了していない現段階で、被告人を保釈することは1審の裁量の範囲を超えたものであるとして、原々決定を取り消し、保釈請求を却下した。

 3 刑訴法90条は、「裁判所は、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる」と規定しており、基本的に保釈の判断は現に審理を担当している受訴裁判所の自由な裁量に委ねられているといえよう。ただし、この「適当と認めるとき」とは、完全な自由裁量を認める趣旨ではなく、合理性のあるものでなければならないと解されている(『条解刑事訴訟法〔第4版〕』(弘文堂、2009)189頁)。

 そして、判例(最高裁昭和29年7月7日第一小法廷決定・刑集8巻7号1065頁、判タ42号30頁)は、保釈許可決定に対して、抗告裁判所は、同決定が違法かどうかにとどまらず、それが不当であるかも審査できる旨を判示しているところ、ここにいう不当との意味は、抗告審が基本的には事後審の性質を有することや前記の刑訴法の解釈にも照らせば、受訴裁判所の裁量の範囲内にとどまる判断について抗告審の心証と異なる場合(すなわち、抗告審が受訴裁判所の立場であれば裁量保釈しないという場合)をいうのではなく、受訴裁判所の判断が委ねられた裁量の範囲を逸脱して不合理である場合をいうものと解される。また、このような観点を踏まえれば、抗告審が、受訴裁判所の判断を覆す場合には、その判断が不合理であることを示すことになると考えられる。

 なお、場面は異なるが、刑事控訴事件における事実誤認の審査については、いわゆるチョコレート缶事件判例(最判平成24年2月13日・刑集66巻4号482頁、判タ1368号69頁)を機に、控訴審が原則として事後審であることを踏まえ、事実誤認があるという場合には、1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すように運用されている。抗告審も基本的には事後審であることや、受訴裁判所による裁量保釈における裁量の範囲が事実認定の場面以上に大きいと考えられることに照らせば、裁量保釈に関する抗告審の審査においても、受訴裁判所の判断が不合理であることを具体的に示すべきであるという点で、事実誤認の審査の場面と共通するものがあるように思われる。

 4 本決定は、受訴裁判所によってされた刑訴法90条による保釈の判断に対して、「抗告審としては、受訴裁判所の判断が委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか、すなわち、不合理でないかどうかを審査すべきであり、受訴裁判所の判断を覆す場合には、その判断が不合理であることを具体的に示す必要がある」と判示した上で、保釈を許可した原々決定を取り消して保釈請求を却下した原決定には刑訴法90条、426条の解釈適用を誤った違法があり、これが決定に影響を及ぼし、原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる、とした。

 本決定は、前記の解釈に沿って受訴裁判所による裁量保釈の判断に対する抗告審の審査の方法を示したものであり、昭和29年判例の趣旨を敷衍したものと解される。本決定は、受訴裁判所による裁量保釈の判断に対する抗告審の審査の在り方を判示した点で重要な意義を有し、実務の参照価値は高いと思われる。

 5 なお、本決定を踏まえた抗告審の審査の在り方について、若干検討する。

 ・ 本決定は、判文から明らかなとおり、受訴裁判所による保釈の判断に関するものであって、第1回公判期日までの裁判官による保釈の判断については、別途の考慮が必要であると考えられる。すなわち、現に審理を担当し、証拠調べ等を通じて心証を形成している受訴裁判所の裁量の範囲と、具体的な審理が全く始まっていない段階で、予断排除の要請から受訴裁判所に代わって判断するにすぎない裁判官の裁量の範囲には、違いがあろう。また、保釈許可決定にせよ保釈却下決定にせよ、決定書には詳細な理由までは付されないのが通常であるところ、第1回公判期日前の保釈の判断に対する準抗告については、意見書の送付もされないから(刑訴法432条は423条を準用していない)、考慮要素が多岐にわたる裁量保釈の判断について、準抗告審が保釈担当裁判官の判断をうかがい知ることにも限界があろう。

 ・ 次に、前記のとおり保釈の決定には詳細な理由が付されないから、抗告審が受訴裁判所の判断の詳細な理由を知る方法としては、意見書がほぼ唯一のものであり、重要となろう。実務では、意見書の記載が「本件抗告は理由がないと思料する」などという単純なものもみられるが、保釈の判断に異論の余地がないような事案であればともかく、判断権者によって保釈の判断が分かれ得るような事案であれば、受訴裁判所としては保釈を認め、あるいは却下した理由を意見書に具体的に記載すべきであろう。前掲・条解刑事訴訟1108頁でも、保釈の許否が問題となっている場合には、意見書に、裁判所と両当事者間で了解されている審理や追起訴の予定など、受訴裁判所が判断に際して考慮したが記録に現れていない事情について記載するのが適当なこともある、とされている。

 他方、意見書に具体的な記載がない場合には、抗告審としては、一件記録からうかがわれる受訴裁判所の判断の理由について検討し、受訴裁判所と異なる結論に至るときには、記録からうかがわれた受訴裁判所の判断が不合理であることを相応の根拠をもって説示すれば、本決定の要請を満たしているものと解される。このことは、意見書の送付がない準抗告審についても同様であろう。

 ・ なお、本件は、受訴裁判所が保釈を認めた事案であるが、本決定の趣旨は、受訴裁判所が保釈を却下した事案における抗告審の審査の在り方についても、等しく妥当すると解される。

第2 ②事件について

 1 本件は、朝の通勤通学電車内でのいわゆる痴漢の事案(迷惑防止条例違反)である。原々審は、勾留の必要性がないとして勾留請求を却下したのに対し、原決定は、本決定で引用されているように、被疑者と被害少女の供述が対立し、被害少女の供述内容が極めて重要であり、被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もある、などとして勾留の必要性を肯定した。

 2 勾留の必要性が勾留の要件であることについては、現在、学説、実務上争いがないといってよい。地裁令状部の裁判官による近時の論説(安藤範樹「勾留請求に対する判断の在り方について」刑事法ジャーナル40号(2014)11頁以下)によると、勾留の必要性の審査については、次のことが指摘されている。

 ・ 勾留の必要性の判断については、被疑者勾留による公益的利益と、これによって被疑者が被る不利益とを比較衡量し、被疑者勾留が相当かという点が問題となる。具体的な考慮要素としては、勾留理由の認められる程度、事案の軽重、逮捕時間内での事件処理の可能性、示談の成立、前科前歴の有無、被疑者の年齢、健康状態、勾留による不利益の程度(仕事等への影響)、身柄引受人の存在、家族の受ける不利益等である。

 ・ 勾留の必要性がないと判断した事例では、勾留理由の審査で、罪証隠滅、逃亡のおそれはあるが、それは小さいと判断したことが、勾留の必要性の審査に繋がっていることが多い。

 また、同論説では、電車内の痴漢事案(迷惑防止条例違反のもの)における勾留理由である罪証隠滅のおそれに関連して、被疑者が行為や犯意を否認することはままあるが、被疑者が被害者を付け狙っていてその生活圏を把握しているなどの特殊事情がうかがわれなければ、被害者に対する働き掛けの客観的可能性は低いといえる場合も多く、勾留請求が却下されることは珍しくない、などとされている。

 3 本決定は、前記論説に示されているような事情を踏まえ罪証隠滅の現実的可能性が低いとして勾留の必要性を否定したものと理解される原々裁判について、このような判断が不合理とはいえないとして是認した。前記論説にあるように、電車内の痴漢事案(迷惑防止条例違反のもの)では、特殊事情がなければ類型的にみて被害者への働き掛けに及ぶ客観的可能性は低いといえると思われるところ、本決定の説示によれば、本件でそのような特殊事情はうかがわれなかったようである。

 その一方で、本決定は、基本的には事後審である原審の判断について、原々裁判と異なる判断に至った理由、すなわち原々裁判が不合理であると評価した理由を何ら説示していない点において、単に勾留の必要性に関する実体判断にとどまらず、準抗告審の判断方法としても誤っている旨を指摘したものと解される。

 なお、勾留の時点では、捜査の密行性に配慮する必要があるが、現に実務上工夫されているように、準抗告決定において、そのような配慮をしつつも原々裁判と異なる判断に至った理由を端的に示すことは十分可能であろう。

第3 まとめ

 両決定は、これまでみてきたとおり、(準)抗告審に対する審査の在り方を問題にしていることは各判文から明らかであるが、その背景には、身柄拘束について、被疑者や被告人の人権に直結するものとして慎重に検討すべきであるとの考えがあるようにうかがわれる。しかし、最高裁が、従前の立場や基準を変えたなどという見方は当を得ていないであろう。最高裁は、これまでも事案に応じて、特別抗告において、保釈を認めなかった原決定を取り消すなどしてきており(比較的近時の例としては、最決平成24年10月26日集刑308号481頁、最決平成26年3月25日集刑313号319頁、判タ1401号165頁)、従前から身柄拘束に対する慎重な態度を採っていたことがうかがわれる。他方で、最高裁は、身柄拘束による被疑者や被告人の不利益を踏まえつつも、真に必要な事案では身柄拘束を認めているのであって、これは、両決定後も、保釈許可決定を取り消した準抗告決定に対する特別抗告において、同決定を維持したものが相当数みられるという状況からも明らかというべきであろう。

 以上のとおり、両決定は、保釈、勾留という身柄拘束の問題について、最高裁が時期を接して判断を示したもので、両決定を併せてみることでより理解が深まるものと考えられる。そこで、両決定をまとめて紹介することにした次第である。

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