◇SH3513◇最三小判 令和2年9月8日 請負代金請求事件(林景一裁判長)

未分類

 請負人である破産者の支払の停止の前に締結された請負契約に基づく注文者の破産者に対する違約金債権の取得が、破産法72条2項2号にいう「前に生じた原因」に基づく場合に当たり、上記違約金債権を自働債権とする相殺が許されるとされた事例

 請負人である破産者Aが、その支払の停止の前に、注文者Yとの間で複数の請負契約を締結していた場合において、上記の各請負契約に、Aの責めに帰すべき事由により工期内に工事が完成しないときはYが当該請負契約を解除することができるとの約定及び同約定により当該請負契約が解除されたときはYが一定額の違約金債権を取得するとの約定がある判示の事実関係の下では、YがAの支払の停止を知った後に上記の各約定に基づき上記各請負契約のうち工事が未完成であるものを解除して各違約金債権を取得したことは、破産法72条2項2号にいう「支払の停止があったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合に当たり、上記各違約金債権を自働債権、上記各請負契約のうち報酬が未払のものに基づく各報酬債権を受働債権とする相殺は、自働債権と受働債権とが同一の請負契約に基づくものであるか否かにかかわらず、許される。

 破産法72条1項3号、同条2項2号

 平成31年(受)第61号 最高裁令和2年9月8日第三小法廷判決 請負代金請求事件 破棄自判(民集74巻6号登載予定)

 原 審:福岡高裁平成30年9月21日判決
 第1審:福岡地裁平成30年1月9日判決

1 事案の概要

 Y(県)とAは、Yを注文者、Aを請負人として、アからエまでの各請負契約(以下、順に「本件契約ア」などという。)を締結したが、Aは、本件契約ア、イ及びエの工事について未完成のまま支払を停止するに至り(以下、本件契約ア、イ及びエを「本件各未完成契約」という。)、破産手続開始の決定を受けた。

 本件は、Aの破産管財人であるXが、Yに対し、本件契約アからウまでに基づく各報酬等の支払を求める事案である。Yは、破産手続開始前に、本件各未完成契約に共通して定められた各定め(①Aの責めに帰すべき事由により工期内に工事が完成しないときはYが当該請負契約を解除することができる、②①により当該請負契約が解除されたときはYが一定額の違約金債権を取得するとの各定め、以下「本件条項」という。)に基づき各違約金債権(以下「本件各違約金債権」という。)を取得したとして、本件各違約金債権等を自働債権とする相殺を主張して請求棄却を求めた。

 破産法は、破産者に対して債務を負担する者は破産者の支払の停止を知って取得した破産債権による相殺をすることはできないとする(72条1項3号)が、その破産債権の取得が支払の停止を知った時より「前に生じた原因」に基づく場合には同号の規定は適用しないとする(同条2項2号)ため、これらの規定との関係で、本件各違約金債権を自働債権とする相殺(以下「本件相殺」という。)が許されるか否かが争点となった。

 

2 原判決

 原判決は、本件各違約金債権は、YがAの支払の停止を知った後に本件条項に基づき本件各未完成契約を解除して取得したものであるとして破産法72条1項3号の破産債権に該当するとした。その上で、同条2項2号の適用に関し、同号は相殺の担保的機能に対する合理的な期待を保護するための規定であるところ、特定の請負契約における本件条項に基づく違約金債権を自働債権として、これと対価牽連関係にある当該請負契約に基づく報酬債権を受働債権とする相殺を期待することは合理的なものといえるが、別個の請負契約に基づく報酬債権を受働債権とする相殺を期待することは合理的なものといえず、本件相殺のうち、違約金債権と報酬債権とが同一の請負契約に基づかないものは許されないとして、本件請求を一部認容した。

 

3 本判決

 本判決は、本件各違約金債権は、YがAの支払の停止を知った後に本件条項に基づいて本件各未完成契約を解除したことによって現実に取得するに至ったものであるから、破産法72条1項3号の破産債権に該当するとしたが、本件条項の内容からすると、YとAは、Aが支払の停止に陥った際には本件条項に基づく違約金債権を自働債権とし、Aが有する報酬債権等を受働債権として一括清算することを予定していたものということができ、Yは、本件各未完成契約の締結時点において、本件各違約金債権をもってする相殺の担保的機能に対して合理的な期待を有し、この相殺を許すことは、破産手続の趣旨に反するものとはいえないとして、本件各違約金債権の取得は、同条2項2号にいう「前に生じた原因」に基づく場合に当たり、本件相殺は、自働債権と受働債権とが同一の請負契約に基づくものであるか否かにかかわらず、許されるというべきであるとした。

 

4 倒産法における相殺

(1) 倒産法は、債権者間の公平・平等な扱いを基本原則とする倒産制度の趣旨が没却されることのないよう、一定の場合に相殺を禁止する一方で、相殺の担保的機能を期待して行われる取引の安全を保護する必要がある場合には、相殺を禁止しないこととしており、このことは、破産法72条2項2号と同様の文言で定められた規定(旧破産法(平成16年法律第75号による廃止前のもの)104条2号ただし書、民事再生法93条2項2号)に関して、当審で重ねて確認されてきたところである(旧破産法104条2号ただし書につき最三小判昭和63・10・18民集42巻8号575頁、民事再生法93条2条2号につき最一小判平成26・6・5民集68巻5号462頁(以下「平成26年最判」という。))。そして、破産法72条2項2号等にいう「前に生じた原因」の該当性については、学説上、相殺への合理的期待を直接かつ具体的に基礎づける程度の事由の存在を要求する見解が支配的とされる(伊藤眞ほか『条解破産法〔第3版〕』(弘文堂、2020)577頁等)。本判決も、「前に生じた原因」に相当する特定の法律関係(本件では、本件各未完成契約の締結)時点における相殺の担保的機能に対する合理的な期待の有無を判断しており、上記の判例、学説の見解に沿うものといえる。

(2) もっとも、相殺の担保的機能に対する合理的な期待の有無を判断する際の考慮要素をいかに解すべきかについては、なお検討を要するところ、近時、自働債権と受働債権との牽連性等を考慮要素とすることが指摘されている。すなわち、平成26年最判の判例解説において、その考慮要素として、①前に生じた原因に相当する当該特定の法律関係の具体的な内容、②当該特定の法律関係と受働債権発生との結び付きの程度に加え、③自働債権と受働債権との牽連性の程度等が挙げられ(大森直哉「判解」『最高裁判所判例解説民事篇平成26年度』264頁以下)、また、破産法72条2項2号と平仄を合せたものとされる民法511条2項本文は、自働債権が差押後に取得されたものであっても、それが「差押え前の原因に基づいて生じた」場合の相殺を許容するところ、民法学説上、「前の原因」について、自働債権と受働債権の発生原因の同一性を重要な考慮要素とする見解がある(潮見佳男『新債権総論Ⅱ』(信山社、2017)313頁以下、中井康之「相殺をめぐる民法改正――差押えと相殺・債権譲渡と相殺」今中利昭傘寿『会社法・倒産法の現代的展開』(民事法研究会、2015)730頁以下)。原審の判断は、このような判例解説の記載、民法学説の見解を背景としたものであることがうかがわれる。しかしながら、そもそも相殺は、同一当事者間に同種債権の対立があるときに対当額の範囲で債権を消滅させるものであり(民法505条1項本文)、相殺の担保的機能に対する期待も同種債権の対立に向けられているものといえる。そして、破産法をはじめとする倒産法は、倒産制度の趣旨と相殺の担保的機能に対する期待との調整について、自働債権と受働債権の牽連性等に着目した規定を置いていない。そうすると、上記③の考慮要素は、相殺の担保的機能に対する合理的な期待を否定した平成26年最判の事例のように、上記①、②の考慮要素によっては相殺の担保的機能に対する期待が合理的といい難い場合において、自働債権と受働債権との牽連性等の存在によりこれを肯定する余地を残したものと解し得るところであり、自働債権と受働債権との牽連性等がないことをもって相殺の担保的機能に対する合理的な期待を否定することは、慎重に検討する必要があると思われる。

 

5 本判決の意義

 本判決は、本件事実関係の下における事例判断としてではあるものの、破産法72条2項2号の適用例を最高裁で初めて示したものであり、また、倒産法における相殺において、自働債権と受働債権との牽連性等がないことをもって相殺の担保的機能に対する合理的な期待が否定されるか否かという点について、本件事実関係の下で否定されるとした原審の判断を採用できないとしたものであって、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと思われる。

 

 

タイトルとURLをコピーしました