第1 事案の概要
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本件は、日本国籍を有する父とフィリピン共和国籍を有する母との間に嫡出子として同国で出生し同国籍を取得したXら(原告・控訴人・上告人)が、出生後3箇月以内に父母等により日本国籍を留保する意思表示がされず、国籍法12条の規定によりその出生の時から日本国籍を有しないこととなったため、同条の規定は憲法14条1項等に違反し無効であると主張して、Y(国。被告・被控訴人・被上告人)を相手として、日本国籍を有することの確認を求めている事案である。
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原々審(東京地判平成24・3・23判タ1404号106頁、判時2173号28頁)、原審(東京高判平成25・1・22判タ1404号122頁)ともに、国籍法12条は憲法14条1項等に違反しないとしてXらの請求を棄却すべきものとしたため、Xらが上告した。
第2 説明
1 問題の所在
憲法10条の規定を受けて制定された国籍法は、日本国籍の取得につき、昭和59年改正(昭和59年法律第45号)により、その2条1号・2号において父母両系血統主義を採用しているため、出生時に父母のいずれかが日本国籍を有する場合には、その子は、出生地のいかんを問わず生来的に日本国籍を有することになるところ、フィリピンも国籍の取得につき父母両系血統主義を採用しているため、日本人父及びフィリピン人母との間に生まれたXらは日本国籍とフィリピン国籍を有する重国籍者となることとなる。
国籍法12条は、このような重国籍者の取扱いについての規定であって、出生により外国の国籍を取得して日本国籍との重国籍となるべき子のうち「国外で生まれた」者については、日本で生まれた者と異なり、戸籍法104条の定めに従って出生の届出をすべき父母等により出生の日から3箇月以内に日本国籍を留保する意思表示がその旨の届出によりされなければ、その出生時から日本国籍を有しないものとすることを定め、その生来的な取得を認めないという区別(以下「本件区別」という。)を設けているところ、本件区別が合理的な理由のない差別であって、憲法14条1項等に違反するか否かが争われたものである。
2 国籍の機能と国籍唯一の原則
国籍とは、個人が特定の国家の構成員である資格をいうところ、国籍の機能としては、国際法的機能(外交的保護権の行使等)と国内法的機能(個人の権利義務に関する取扱いを区別する機能、準拠法の決定のための連結点としての機能等)がある。
国際法上、国籍の得喪に関する立法は各国家の国内管轄事項であって、条約により自ら制限を加えた場合を除き、国際法の制限を受けないとされている(国内管轄の原則)。そのため、各国の国籍立法は、それぞれの歴史や背景、政策等により様々なものとなっており、複数の国の国籍を有する重国籍者(国籍の積極的抵触)や無国籍者(国籍の消極的抵触)の問題が生ずることとなるから、20世紀初頭から、「人はいずれかの国籍を有し、かつ、一個のみの国籍を有すべきである」とする国籍唯一の原則が国際立法のあるべき姿として主張され、国際法上も一般的に承認されてきた(1930年に国際連盟国際法典編纂会議で採択された「国籍法の抵触に関連するある種の問題に関する条約」等)。我が国では、この国籍唯一の原則を重要な原則であるとみなし、過去の国籍法の改正は、いずれもこの原則を前提とする形でされている。
なお、諸外国の国籍立法を参照しても、重国籍を制限せず、これを容認する国(アメリカ、イギリス、フランス、カナダ等)が増加していることは事実であるが、他方で、国籍選択制度や国籍喪失制度等を設けるなどして重国籍の発生につき一定の防止、解消を図っている国(ドイツ、スペイン、スウェーデン、フィンランド、タイ、韓国等)や重国籍を明確に否定する国(中国)もみられるのであって(1997年に欧州評議会閣僚委員会で採択された欧州国籍条約においても、重国籍を一般に承認しつつ、一定の場合につき国内法において重国籍を解消等するための規定を設けることを許容している。なお、欧州諸国のうち同条約を批准していない国も一定数みられる。)、国籍唯一の原則は、国際的にみて現在もなお一部の主要国を含む相当数の諸国において国籍立法の理念として維持されているものと考えられる。
3 国籍留保制度の制度趣旨
国籍法12条に定める国籍留保制度は、大正13年改正(大正13年法律第19号)によって創設され、当時は、生地主義を採用した特定の外国での出生により重国籍となる子のみを対象としていたが、数次の改正を経て、昭和59年改正において、およそ外国で出生して重国籍となる子を対象とすることとされたものである。
昭和59年改正の際、国籍留保制度の制度趣旨については、立案過程及び国会審議等を通じておおむね以下のように整理されている。すなわち、前記の国籍唯一の原則を前提とした上で、外国で出生した日本国民で外国の国籍をも取得した者は、日本で出生し日本国籍だけを取得した者と比較して、出生時の生活の基盤が外国に置かれている点で我が国と地縁的結合が薄く、他方で、外国国籍をも取得している点でその外国との結合関係が強いことから、①日本国籍を取得しても、実効性がない形骸化したものになる可能性が相対的に高いためそのような実効性がない形骸化した日本国籍の発生をできる限り防止する(形骸化した国籍の発生の防止)とともに、②弊害が大きいとされる重国籍の発生をできる限り防止し解消すべく(重国籍の解消等)、子の利益を代表すべき出生届の届出義務者である父母等が、日本国に対して国籍留保の意思表示をして日本国籍の取得を欲することを明示しない場合には、子について出生時に日本国籍を取得させないこととしたものである。なお、副次的な目的として、③留保の届出がされた者は戸籍に登載されるため、戸籍に登載されない日本国民の発生を防止し、日本国民の範囲を公簿上明らかにする機能があることも期待されていた。
4 本判決の判断内容
国籍法の規定の憲法14条1項適合性が問題となった事案として、国籍法2条1号の規定の合憲性を認めた最二小判平成14・11・22集民208号495頁、日本人父と外国人母との間に出生した嫡出でない子につき準正嫡出子に限って事後的に日本国籍を付与するとした同法3条1項(平成20年法律第88号による改正前のもの。以下「旧3条1項」という。)の規定を違憲とした最大判平成20・6・4民集62巻6号1367頁(以下「平成20年最大判」という。)がある。
本判決は、これらの最高裁判例が示した憲法14条1項適合性に係る判断枠組みを前提としつつ、本件の事柄の性質等に即して立法目的及びこれとの関連における区別内容の合理性の判断の在り方について整理した上で、国外で出生して日本国籍との重国籍となるべき子に関して、例えば、その生活の基盤が永続的に外国に置かれることになるなど、必ずしも我が国との密接な結び付きがあるとはいえない場合があり得ることを踏まえ、実体を伴わない形骸化した日本国籍の発生をできる限り防止するとともに、内国秩序等の観点からの弊害が指摘されている重国籍の発生をできる限り回避することとした国籍法12条の立法目的には合理的な根拠があると判断した。そして、国籍法12条が本件区別を設けていることについて、本判決は、①出生の届出をすべき父母等による国籍留保の意思表示をもって当該子に係る我が国との密接な結び付きの徴表とみることができること、②その意思表示の期間も、昭和59年改正により、子の出生の日から14日以内から出生の日から3箇月以内と伸張されており、また、その届出も出生の届出とともにすれば足りる(出生届の枠内の「日本国籍を留保する」との不動文字の欄に父母等が署名等する)など、意思表示の方法や期間にも配慮がされていること、③父母等による留保の意思表示の失念により日本国籍を有しないものとされた子についても、日本に住所があれば20歳に達するまで法務大臣に対する届出により日本国籍を取得することができるものとされていること(同法17条1項、3項)をも併せ考慮すれば、本件区別の具体的内容は、前記の立法目的との関連において不合理なものとはいえず、立法府の合理的な裁量判断の範囲を超えるものということはできないものとして、同法12条が憲法14条1項に違反しないものと判断したものである。
なお、平成20年最大判の事案との関係については、次のような相違がみられる。すなわち、平成20年最大判は旧3条1項の憲法適合性が争われた事案であるが、日本人父と外国人母との間に出生した嫡出でない子は生後認知を受けても生来的に日本国籍を取得するものではなく(最二小判平成9・10・17民集51巻9号3925頁参照)、準正嫡出子とならない限り同項の規定により事後的にも日本国籍を取得し得ないこととされ、国籍取得の手段としては法務大臣の広範な裁量に委ねられた簡易帰化(国籍法8条1号)等によらざるを得ないという極めて厳しい立場に置かれるものであったことから、学説上も違憲論や立法論としての合理性についての疑問が呈されていたものであって、かかる子を救済すべき必要性は高かったものといえる。しかるに、本件は、前記のとおり、①そもそも父母等が国籍留保の届出さえすれば子の日本国籍が留保される上、②仮に父母等が届出を怠っても、子が日本国内に居住していれば法務大臣への届出だけで国籍を取得し得ることとされており、平成20年最大判の事案とは、事案も子に対する制度上の処遇の程度も異にするといえるものと考えられる。
なお、その余の論旨として、国籍法12条は日本国民である者から日本国籍を剥奪する制度であって、国籍保持権を認める憲法13条に違反するとの点については、前記のとおり、国籍法12条は国籍の生来的取得の制限を定めたものにすぎず、国籍を剥奪する制度ではないことなどから、単なる法令違反をいうもの又は違憲主張の前提を欠くものと判断されたものと考えられる。
5 本判決の意義
本判決は、平成20年最大判による旧3条1項の違憲判断の後、国籍法12条について初めてその憲法14条1項適合性の判断を示したものであり、重要な意義を有するものと考えられる。なお、本判決の評釈として、寺岡洋和「時の判例」ジュリスト1481号(2015)65頁、植村勝慶「国籍法12条の国籍留保手続の合憲性」TKCローライブラリー「新・判例解説Watch 憲法No.98」がある。