◇SH2013◇最一小判 平成30年3月15日 人身保護請求事件(山口厚裁判長)

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  1. 1 国境を越えて日本への連れ去りをされた子の釈放を求める人身保護請求において、意思能力のある子に対する監護が人身保護法及び同規則にいう拘束に当たるとされた事例
  2. 2 国境を越えて日本への連れ去りをされた子の釈放を求める人身保護請求において、拘束者が国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律に基づく子の返還を命ずる終局決定に従わないまま子を監護することにより拘束している場合における、拘束の顕著な違法性

  1. 1 拘束者(母親)により国境を越えて日本への連れ去りをされた被拘束者(子)が、現在、13歳で意思能力を有し、拘束者の下にとどまる意思を表明しているとしても、次の⑴、⑵など判示の事情の下においては、被拘束者が拘束者の下にとどまるか否かについての意思決定をするために必要とされる多面的、客観的な情報を十分に得ることが困難な状況に置かれているとともに、当該意思決定に際し、拘束者が被拘束者に対して不当な心理的影響を及ぼしているといえることから、被拘束者が自由意思に基づいて拘束者の下にとどまっているとはいえない特段の事情があり、拘束者の被拘束者に対する監護は、人身保護法及び同規則にいう拘束に当たる。

    1. ⑴ 被拘束者は、出生してから来日するまで米国で過ごしており、日本に生活の基盤を有していなかったところ、上記連れ去りによって11歳3箇月の時に来日し、その後、米国に居住する請求者(父親)との間で意思疎通を行う機会を十分に有していたこともうかがわれず、来日以来、拘束者に大きく依存して生活せざるを得ない状況にある。
    2. ⑵ 拘束者は、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律に基づき、拘束者に対して米国に被拘束者を返還することを命ずる旨の終局決定が確定したにもかかわらず、被拘束者を米国に返還しない態度を示し、子の返還の代替執行に際しても、被拘束者の面前で激しく抵抗するなどしている。
  2. 2 国境を越えて日本への連れ去りをされた子の釈放を求める人身保護請求において、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律に基づき、拘束者に対して当該子を常居所地国に返還することを命ずる旨の終局決定が確定したにもかかわらず、拘束者がこれに従わないまま当該子を監護することにより拘束している場合には、その監護を解くことが著しく不当であると認められるような特段の事情のない限り、拘束者による当該子に対する拘束に顕著な違法性がある。

 (1、2につき) 人身保護法2条1項
 (1につき) 人身保護規則3条、5条
 (2につき) 人身保護規則4条

 平成29年(受)第2015号 最高裁平成30年3月15日第一小法廷判決 人身保護請求事件 破棄差戻

 原 審:平成29年(人ナ)第1号 名古屋高裁金沢支部平成29年11月7日判決(民集72巻1号登載予定)

1 事案の概要

 本件は、米国に居住するX(父親。日本人)が、Xの妻であるY(母親。日本人)によりA(米国で出生した子、13歳。米国籍と日本国籍との重国籍)が米国から日本へ連れ去られ、法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されていると主張して、人身保護法に基づき、Aの釈放を求める事案である。これに先立ち、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(いわゆるハーグ条約実施法。以下「実施法」という。)に基づいてYに対して米国にAを返還することを命ずる旨の終局決定が確定したが、その執行手続が奏功しなかったことから、本件人身保護請求がされたものである。

 

2 原審の判断の概要

 原審は、①Aが日本にいることを希望していることなどからYのAに対する監護が人身保護法及び同規則にいう拘束に該当するとは認められず、また、②仮にYのAに対する監護が拘束に該当するとしても、その違法性が顕著であるとは解されず、実施法に基づいて子の返還を命ずる終局決定が確定していることは、本件の帰すうに影響しないなどと判示して、Xの請求を棄却した。

 

3 本判決

 Xが上告受理の申立てをしたところ、最高裁第一小法廷は、上告審として事件を受理した上、判決要旨のとおり判断して、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻した。

 

4 説明

(1) 人身保護法上の拘束の有無(判決要旨1)について

 本判決が引用する最二小判昭和61年7月18日民集40巻5号991頁は、意思能力がある子の監護について、当該子が自由意思に基づいて監護者の下にとどまっているとはいえない特段の事情のあるときは、上記監護者の当該子に対する監護は「拘束」(人身保護法2条1項、同規則3条)に当たる旨判示しているところ、上記の特段の事情の有無については、被拘束者の置かれた環境、被拘束者と拘束者との関係その他の事情に応じて、特に慎重に検討すべき場合があると考えられる。すなわち、上記昭和61年判例やその関連判例である最一小判平成2・12・6集民161巻291頁は、いずれも、当該子が拘束者の下にとどまるべきか否かの意思決定をするに当たり、その置かれた具体的状況や当該意思決定の重大性などに鑑みて必要な情報を十分に取得している状況にないと評価すべき場合や、拘束者が当該子に対して不当な心理的影響を及ぼしていると評価すべき場合などには、基本的に、当該子がその自由意思に基づいて監護者の下にとどまっているとはいえない特段の事情が存在するという理解を前提として、当該各事案の具体的内容に応じてその点を慎重に判断した事例であると考えられる。

 本判決も、上記のような理解を踏まえ、子を監護する父母の一方により国境を越えて日本への連れ去りをされた子が、当該連れ去りをした親の下にとどまるか否かについての意思決定をする場合において、当該意思決定には、このような国際的な事案に特有の重大性、困難性があるとともに、当該子が連れ去りをした親から影響を受ける度合いが類型的に大きいことから、子が当該意思決定をするために必要な情報を偏りなく得るのが困難な状況に置かれることが少なくないことに着目して、当該子による意思決定がその自由意思に基づくものか否かを判断するに当たり、基本的に、当該子が上記の意思決定の重大性や困難性に鑑みて必要とされる多面的、客観的な情報を十分に取得している状況にあるか否か、連れ去りをした親が当該子に対して不当な心理的影響を及ぼしていないかなどといった点を慎重に検討すべき旨を判示したものと考えられる。その上で、本判決は、判決要旨1(1)、(2)などの事情を、AがYの下にとどまるか否かについての意思決定をするために必要とされる多面的、客観的な情報を十分に得ることが困難な状況にあり、YがAに対して不当な心理的影響を及ぼしていると認めるための重要な要素として斟酌し、上記の特段の事情を肯定したものと解される。

(2) 人身保護法上の顕著な違法性(判決要旨2)について

 人身保護法に基づいて子の引渡し等を求める事件のうち、まず、①夫婦間における共同親権に服する幼児に係る人身保護請求について、最三小判平成5・10・19民集47巻8号5099頁は、幼児に対する拘束者の監護につき拘束の違法性が顕著であるというためには、同監護が、請求者の監護に比べて、子の幸福に反することが明白であることを要するという判断基準を明らかにした。また、この判断基準に関し、最三小判平成6年4月26日民集48巻3号992頁は、この明白性の要件を充足する場合として、○a拘束者の親権の行使が幼児引渡しを命ずる仮処分又は審判(家事事件手続法157条1項3号、154条3項)により実質上制限されているのに、拘束者がこれに従わない場合、○b拘束者の幼児に対する処遇が親権の行使という観点からも容認できないような例外的な場合であるとし、その判断基準を示した。他方、②監護権者から非監護権者に対して人身保護法に基づく幼児の引渡しを請求した場合(離婚した夫婦間で親権者として指定された者から他方に対する請求等)について、最三小判平成6・11・8民集48巻7号1337頁は、幼児を請求者の監護の下に置くことが拘束者の監護の下に置くことに比べて子の幸福の観点から著しく不当なものでない限り、拘束の違法性が顕著であるとする判断基準を示している。

 さらに、上記の各判例と時期を接して、③離婚調停において調停委員会の面前でその勧めによってされた合意により、夫婦の一方が他方に対してその共同親権に服する幼児を、期間を限って預けたが、他方の配偶者が、上記合意に反して約束の期日後も幼児を拘束し、上記幼児の住民票を無断で自己の住所に移転したなど原判示の事実関係の下においては、上記拘束に顕著な違法性があると判示した最二小判平成6・7・8集民172号751頁があり、同最判に沿う判示をしたと考えられる最高裁判例として、④離婚等の調停の進行過程における夫婦間の合意に基づく幼児との面接の機会に夫婦の一方が上記幼児を連れ去ってした拘束に顕著な違法性があるとして夫婦の他方からした人身保護法に基づく幼児の引渡請求を認めた最一小判平成11・4・26集民193号259頁がある。

 本判決は、実施法に基づいて確定した子の返還を命ずる終局決定に従わないまま子を監護・拘束している場合における当該拘束について、特段の事情のない限り顕著な違法性があるとしたものであるところ、その具体的理由や上記①ないし④の判例との関係について直接言及していないが、違法性判断に際して、監護権の所在や子の幸福という観点を明示的には採っていないことに鑑みると、監護権の所在や内容を一次的な考慮要素とはせず、拘束者が、確定裁判により形成された子の返還義務を履行しないという明白な違法行為に及んでいる状態で子を監護していること自体に着目して、特段の事情のない限り顕著な違法性があると評価したものと解される。

(3) 本判決の意義

 本判決は、国境を越えて日本への連れ去りをされた子である被拘束者の釈放を求める人身保護請求において、意思能力のある被拘束者が自由意思に基づいて拘束者の下にとどまっているとはいえない特段の事情の存在が認められる限界事例の一つを示すとともに、拘束者が実施法に基づく子の返還を命ずる終局決定に従わないまま子を監護・拘束している場合における当該拘束の顕著な違法性の判断基準を初めて示したものとして、実務上重要な意義を有するものと解される。

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