芸能人の肖像写真に裸のイラストを合成した画像を使用した雑誌の記事に関し、
知財高裁がパブリシティ権侵害の成立等を否定
岩田合同法律事務所
弁護士 青 木 晋 治
1.
知的財産高等裁判所は、平成27年8月5日、株式会社日本ジャーナル出版(以下「被告会社」という。)が、芸能人である原告らの肖像写真に裸の胸部(乳房)のイラストを合成した画像を用いた記事(以下「本件記事」という。)を掲載した雑誌(以下「本件雑誌」という。)を出版し、販売したところ、原告らが、パブリシティ権並びに人格権(肖像権)及び人格的利益(名誉感情)の侵害をすると主張して、本件雑誌の販売の差止め・廃棄等と損害賠償を求めていた事案について、原判決を維持し、当事者双方の控訴を棄却する判決を言い渡した。原判決は、パブリシティ権侵害を否定し、人格権及び人格的利益の侵害については肯定し損害賠償を一部認め、本件雑誌の販売差止め等については必要性がないとして否定するという形で、原告らの請求を一部認容していた。これに対し原告・被告双方が控訴していたが、本判決は原判決を維持し、いずれの控訴も棄却したものである。
2.
パブリシティ権とは、人の氏名、肖像等(以下、併せて「肖像等」という。)が有する顧客誘引力を排他的に利用する権利をいうが、この権利の法的性質については、最一小判平成24年2月2日(以下「平成24年最判」という。)が最高裁として初めて判断を示していたところである。
平成24年最判は、人の氏名、肖像等は、個人の人格の象徴であり、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有すると解されるとした上で、パブリシティ権について、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができるとし、パブリシティ権の法的性質を明示している。
加えて、平成24年最判は、パブリシティ権侵害の判断基準を以下のとおり示した。そこでは、単なる肖像等の商業的利用をその対象とするだけではなく、著名人に関する報道、論評等を不当に制約することを避ける趣旨で一定の限定が付されている。
① 肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、 ② 商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、 ③ 肖像等を商品等の広告として使用するなど、 専ら肖像等の有する顧客誘引力の利用を目的とするといえる場合に、パブリシティ権を侵害するものとして、不法行為法上違法になる。 |
なお、平成24年最判には金築誠志裁判官の補足意見があり、同裁判官は、上記①については、ブロマイド、グラビア写真のように、肖像等それ自体独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する場合がこれに該当し、上記②についていわゆるキャラクター商品のように、商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付する場合がこれに該当するとして、平成24年最判の法廷意見が示した上記判断基準に該当しうる具体的なケースを例示している。
3.
本件記事には、原告らを含む女性芸能人25名の顔を中心とした肖像写真の胸部に相当する箇所に、裸の胸部(乳房)のイラストを合成した画像を、同人らの乳房の形状等を想起させるようなコメントやレーダーチャートを付して掲載されていたが、原告らは、これが上記①の類型に該当すると主張していた。
本判決は、平成24年最判を引用した上で、本件記事は原告らを含む女性芸能人らの肖像写真それ自体を鑑賞の対象とすることを目的とするというよりもむしろ、肖像写真に乳房のイラストを合成することによって、これらに付されたコメントやレーダーチャートと相俟って、原告らを含む女性芸能人らの乳房ないし裸体を読者に想像させることを目的とするものであるとした上で、乳房のイラスト部分はそのような目的を踏まえると、コメントやレーダーチャートとともに本件記事の不可欠の要素となっており、単なる添え物とはいえず、原告らの肖像等を無断で使用する行為は、肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用するものとはいえないとし、「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とする場合」に当たるということはできないとした。
本件記事で使用されたような合成写真を写真集にして発売等した場合には、パブリシティ権侵害が認められると解されるが、本件記事の場合、その適否は兎も角として、ブロマイドやグラビア写真のように肖像等それ自体独立して鑑賞の対象となる商品等として使用するものとは同一視できず、「専ら」肖像等の有する顧客誘引力の目的とする場合ではないから、パブリシティ権侵害は認めないという判断であろう。
4.
他方で、本判決は、本件記事における表現の内容は、その肖像を無断で使用された女性にとっては、自らの乳房や裸体が読者の露骨な想像(妄想)の対象となるという点において、強い羞恥心や不快感を抱かせ、その自尊心を傷付けられるものであるということができるなどとして、本件記事は、社会通念上受忍すべき限度を超えて原告らの名誉感情を不当に侵害するものであるとともに、受忍限度を超えた肖像等の使用に当たるなどと判示し、人格権及び人格的利益については肯定し、原判決の判断を維持した(原告ら一人につき慰謝料として75万円、弁護士費用として5万円)。
もっとも、本件雑誌の差止め・廃棄等については、被告会社が本件雑誌の雑誌を販売のために保有していると認めるに足りないこと等からその必要性が認められないとして原告らの主張を排斥した原判決を維持した。
5.
本判決は、事例判断であるが、平成24年最判が示したパブリシティ権侵害の成否に関する判断基準についての一つの具体例として、意味を持つものと思われる。