1
本件は、死刑確定者として拘置所に収容されているXが、いわゆる本人訴訟として、Y(国)に対し、国家賠償法に基づき、慰謝料等の支払を求める事案であるが、その争点は、請求債権の一部に対応する訴え提起手数料につき訴訟救助を付与する決定がされた後、請求が減縮された場合における訴え却下の許否という、民訴法等の解釈に関わる問題である。
2
本件の経過は、次のとおりである。
Xは、請求の趣旨として、Yに対して300万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める旨記載した本件訴状を提出して、本件訴えを提起するとともに、訴訟救助の申立てをしたところ、原々審は、訴訟救助の申立てにつき、Xは訴訟の準備及び追行に必要な費用を支払う資力がない者に該当すると一応認められるが、Xの請求のうち50万円を超える部分は明らかに過大であり、勝訴の見込みがないとはいえないときに該当するとは認められないとして、Xに対し、50万円の請求に対応する訴え提起手数料5000円及び書類の送達に必要な費用についてのみ訴訟救助を付与し、その余の申立てを却下する旨の本件救助決定をし、同時に、原々審の裁判長は、Xに対し、訴え提起手数料として収入印紙1万5000円(300万円の請求に対応する訴え提起手数料2万円から訴訟救助が付与された5000円を控除した額)を本件救助決定の確定から一定期間内に納付することを命ずる本件補正命令を発した。これに対し、Xは、本件訴状の請求の趣旨の「300万円」を「50万円」に訂正する旨の訴状訂正申立書を提出し、その後、本件救助決定は確定したものの、Xは、本件補正命令で命じられた収入印紙の納付をしなかった。
3
原々審は、訴状訂正申立書によるXの請求の減縮によっては本件補正命令に応じた補正がされたものといえず、本件訴えは不適法であるなどとして、これを却下した。これに対し、Xが控訴したところ、原審は、本件訴えの提起と同時に訴訟救助の申立てをしたXの意思を合理的に解釈すれば、本件訴えの請求金額は、本件訴状が提出された時ではなく、訴状訂正申立書が提出された時に50万円に確定したというべきであるから、本件補正命令は違法であり、これに応じた補正がされなかったことを理由に本件訴えを却下することは許されないとして、原々審判決を取り消し、本件を原々審に差し戻した。
これに対し、Yが上告受理申立てをし、訴額の算定は訴え提起時を基準とすべきであり、その後原告が請求の減縮をしても当初に納付すべき訴え提起手数料がそれに応じて減額されるものではなく、このことは、請求金額の一部に対応する訴え提起手数料についてのみ訴訟救助を付与する決定がされた場合であっても異ならない旨の主張をしたところ、第二小法廷は、本件を受理し、判決要旨のとおり判断して、Yの上告を棄却した。
4
訴え提起の後、原告が請求の減縮をした場合における訴え提起手数料につき、判例は、訴訟救助の申立てがされていない事案において、訴額の算定は訴え提起の時を基準とすべきであるから、原告がその後に請求の減縮をしたとしても、当初に貼用すべき印紙額がそれに応じて減額されるものではないとしている(最三小判昭和47・12・26判時722号62頁)。民事訴訟費用等に関する法律(以下「民訴費用法」という。)9条3項1号が、訴え提起後一定の時期までに原告が訴えを全部取り下げた場合であっても、当初納付された訴え提起手数料の一部を還付し得る旨規定していることなどから、訴訟救助の申立てがない場合には、訴え提起時に訴額及び訴え提起手数料の額が確定し(民訴法8条1項・15条等)、その納付義務が発生することから(民訴費用法3条1項)、その後請求の減縮があっても、訴え提起時に確定した訴え提起手数料を全額納付しない限り、当該訴えの全部が不適法となる(民訴費用法6条)ものと考えられる(東京高決平成5・3・30判タ857号267頁参照)。本判決も、以上のような原則的な考え方を否定するものではない。
問題は、本件のように、金銭債権の支払を請求する訴えの提起と同時に、訴訟救助の申立てがされたのに対し、その請求金額が明らかに過大であるなどの理由で、請求金額の一部についてのみ勝訴の見込みがないとはいえないとして、この部分に対応する訴え提起手数料につき訴訟救助を付与する決定(いわゆる一部救助決定の一種)が確定し、かつ、請求がこの部分に減縮された場合であっても、訴訟救助の申立てがない場合と同様に、その余の訴え提起手数料を納付しない限り、当該訴えの全部が不適法となると解すべきか、あるいは例外的に、減縮後の請求に係る訴えは適法と解すべきか、ということである。
上記のような一部救助決定の可否について、明文の規定は存在しないものの、多数説はこれを肯定し(秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅱ〔第2版〕』(日本評論社、2006)121頁、斎藤秀夫ほか編著『注解民事訴訟法(3)〔第2版〕』(第一法規出版、1991)230頁、上田徹一郎ほか『注釈民事訴訟法(2)』(有斐閣、1992)611頁等)、実務上、このような一部救助決定がされる例も(特に、慰謝料等の損害賠償を請求する本人訴訟において)散見されるところである。本判決は、訴訟上の救助の制度趣旨に沿うものとして、このような一部救助決定も可能であることを前提に、このような一部救助決定には、訴訟救助の付与された部分に請求が減縮された場合、これに対応する訴え提起手数料全額の支払を猶予し、その結果、訴え提起時の請求に対応するその余の訴え提起手数料が納付されなくても、減縮後の請求に係る訴えを適法とする趣旨が含まれる(このように解しないと、訴訟上の救助の制度趣旨にも反することになる。)として、上記の場合には例外的に、その余の訴え提起手数料の不納付を理由に訴えの全部を不適法として却下することは許されないとしたものである。
なお、原審は、訴え提起と同時に訴訟救助の申立てがされている場合には、原告の合理的な意思解釈を理由に、訴状記載の請求金額は未確定であり、その後された請求金額の減額は請求の減縮に当たらないとしたが、本件訴状の記載内容に照らしてもこのような解釈には無理があるものといわざるを得ないであろう。本判決が、原審の判断を結論において是認することができるとしているのは、このような原審の理由付けは採り得ないという趣旨を含むものと考えられる。
5
以上のとおり、本判決は、上記のような一部救助決定の趣旨から、減縮後の請求に係る訴えの適否についての解釈を示したものであり、例えば、訴訟救助の申立てが全部却下された場合や、資力を一部欠くなど本件とは別の理由付けで訴え提起手数料の一部についてのみ訴訟救助を付与する決定がされた場合、あるいは請求の減縮自体がされなかった場合には、本判決が示した例外的な解釈は妥当しないものといえよう。また、本判決は、訴え提起と同時に訴訟救助の申立てがされた場合を前提とするものであり、例えば、訴訟救助の申立てが補正命令の発令後にされた場合等について、本判決の考え方が当然に及ぶものとはいえず、この点は今後に残された問題といえよう。
なお、このような一部救助決定が確定した場合、訴え提起時の請求に対応するその余の訴え提起手数料については、原告にその納付義務があり、その行使を阻止すべき事情もないことから、理論的には、原々審の裁判長は、原告に対し、これを納付するよう命ずる補正命令を発することができることになる。しかしながら、このような一部救助決定が確定した場合、原告としては、請求を減縮してでも、裁判所の実体的な審理判断を求めるという意向を有する場合が少なくないと考えられる上、本判決によれば、このような補正命令を発した後であっても、請求が減縮されたときは、補正命令に応じないことを理由に減縮後の請求に係る訴えを却下することは許されないこととなり、この場合には、既にされた補正命令の効力をどのように解するかという理論上困難な問題が生ずることになる。そうすると、実務上の一般的な運用としては、このような一部救助決定が確定した後、可能であれば原告にそのような意向の有無、すなわち請求を減縮するか否かを確認等した上で、請求の減縮がされない場合に、上記のような補正命令を発することになるのではないかと思われる。
6
本判決は、一部救助決定が確定し、これに対応する請求の減縮がされた場合の訴え却下の許否という、実務上問題となり得るにもかかわらず、これまであまり理論的な検討がされてこなかった点について、最高裁が初めて判断を示したものであり、実務的、理論的に重要な意義を有するものと考えられる。