1 刑法168条の2第1項にいう「その意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」に当たるか否かの判断方法
2 ウェブサイトの閲覧者の同意を得ることなくその電子計算機を使用して仮想通貨のマイニングを行わせるプログラムコードが不正指令電磁的記録に当たらないとされた事例
1 刑法168条の2第1項の反意図性(「その意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき」という要件)は、当該プログラムについて一般の使用者が認識すべき動作と実際の動作が異なる場合に肯定されるものと解するのが相当であり、一般の使用者が認識すべき動作の認定に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、プログラムに付された名称、動作に関する説明の内容、想定される当該プログラムの利用方法等を考慮する必要があり、同項の不正性(「不正な」という要件)は、電子計算機による情報処理に対する社会一般の信頼を保護し、電子計算機の社会的機能を保護するという観点から、社会的に許容し得ないプログラムについて肯定されるものと解するのが相当であり、その判断に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、その動作が電子計算機の機能や電子計算機による情報処理に与える影響の有無・程度、当該プログラムの利用方法等を考慮する必要がある。
2 ウェブサイトの閲覧者の同意を得ることなくその電子計算機を使用して仮想通貨のマイニングを行わせるプログラムコードは、(1)ウェブサイトの収益方法として閲覧者の電子計算機にマイニングを行わせるという仕組みは一般の使用者に認知されていなかったことなどの判示の事情(判文参照)の下では、その動作を一般の使用者が認識すべきとはいえず、刑法168条の2第1項の反意図性(「その意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき」という要件)が認められるが、(2)①その動作が閲覧者の電子計算機の機能等に与える影響は、閲覧中に中央処理装置を一定程度使用することにとどまり、その程度も、消費電力が若干増加したり処理速度が遅くなったりするが、閲覧者がその変化に気付くほどのものではなかったこと、②ウェブサイトの運営者が閲覧を通じて利益を得る仕組みは、ウェブサイトによる情報の流通にとって重要であるところ、同プログラムコードはそのような収益の仕組みとして利用されたものである上、そのような仕組みとして社会的に受容されている広告表示プログラムと比較しても、閲覧者の電子計算機の機能等に与える影響に有意な差異はなく、利用方法等も同様であって、これらの点は社会的に許容し得る範囲内といえることなどの判示の事情(判文参照)の下では、社会的に許容し得ないものとはいえず、同項の不正性(「不正な」という要件)は認められないため、不正指令電磁的記録とは認められない。
刑法168条の2第1項、168条の3
令和2年(あ)第457号 最高裁令和4年1月20日第一小法廷判決
不正指令電磁的記録保管被告事件(裁判所ウェブサイト掲載) 破棄自判
原審:令和元年(う)第883号 東京高裁令和2年2月7日判決(判時2446号71頁)
第1審:平成30年(わ)第509号 横浜地裁平成31年3月27日判決(判時2446号78頁)
1 事案の概要
本件は、ウェブサイトを運営する被告人が、同サイト閲覧者の電子計算機を用いてマイニング(仮想通貨〔暗号資産〕の取引履歴の承認作業等の演算を行い報酬を得ること)を行わせるプログラムの呼び出しコード(本件プログラムコード)を、同サイト内に保管した行為について、不正指令電磁的記録保管罪に問われた事案である。
仮想通貨の取引履歴の承認作業等の演算は、仮想通貨の信頼性を確保するために行われ、その演算に電子計算機の機能を提供した者に対して、報酬として仮想通貨が発行される仕組みになっている。これをマイニングと称するところ、本件当時、ウェブサイトの収入源として、閲覧者の同意を得ることなくその電子計算機を使用してマイニングを行わせるウェブサービス(コインハイブ)が事業者により提供されており、被告人は、ウェブサイトの収入源としてコインハイブによるマイニングを導入するため本件プログラムコードを保管した。
主な争点は、本件プログラムコードが、刑法168条の2第1項(本件規定)にいう「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」に当たるか否かである(以下、「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき」という要件を「反意図性」といい、「不正な」という要件を「不正性」という。)。
2 審理経過
1審判決は、「反意図性が認められるが、不正性は認められないから、不正指令電磁的記録に当たらない」として、無罪を言い渡した。検察官が控訴し、本件規定の解釈適用の誤りや事実誤認を主張したところ、原判決は、「反意図性及び不正性が認められ、不正指令電磁的記録に当たる」として、1審判決を破棄し、被告人を罰金10万円に処した。
被告人が上告し、憲法(21条1項、31条)違反、判例違反等を主張したが、本判決は、いずれも適法な上告理由には当たらないとしつつ、職権で、反意図性及び不正性の判断方法を示した上、本件プログラムコードは反意図性は認められるが不正性は認められないため不正指令電磁的記録とは認められないとして、刑訴法411条1号、3号により原判決を破棄し、1審判決に対する検察官の控訴を棄却した。
3 説明
(1) 問題の所在
本件規定は、欧州評議会の「サイバー犯罪に関する条約」を締結するための国内担保法として平成23年に新設され、電子計算機による情報処理を阻害する不正プログラムを規制し、適正な情報処理を確保することを目的とするものであるが、当時のわが国の刑事法制を踏まえて条約上必要な処罰を担保するべく、情報処理を阻害する様々な加害行為等の予備行為を処罰するという構成ではなく、プログラムが電子計算機に意図せざる不正な動作をさせるものではないこと(電子計算機による情報処理の正常性)に対する社会一般の信頼を保護するため、それを害するプログラムを処罰の対象とする構成を採用し、反意図性及び不正性という二つの要件が設けられた(山口厚「サイバー犯罪に対する実体法的対応」ジュリスト1257号(2003)15頁、山口厚「コンピュータ・ウイルス罪の論点」法とコンピュータ30号(2012)59頁、杉山徳明=吉田雅之「『情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律』について(上)」法曹時報64巻4号(2012)1頁、大塚仁ほか『大コンメンタール刑法〔第3版〕第8巻』(青林書院、2014)340頁〔吉田雅之〕、西田典之ほか編『注釈刑法第2巻』(有斐閣、2016)542頁〔嶋矢貴之〕等)。
これらの論文や文献では、反意図性における「意図」は、個別具体的な使用者の実際の認識を基準として判断するのではなく、当該プログラムの動作について一般の使用者が認識すべきと考えられるところを基準として規範的に判断し、その結果、当該プログラムについて、一般の使用者が認識すべき動作と実際の動作が異なる場合に反意図性が肯定され(ここでいう「規範的に」とは、「個別具体的な使用者の実際の認識ではなく、一般的な使用者の認識を基準とする」という意味と解される。)、一般の使用者が認識すべき動作の認定に当たっては、当該プログラムの内容に加え、動作に関する説明の内容、想定される利用方法等を考慮する必要があるなどと説明されており、また、不正性については、反意図性が認められるプログラムのうち社会的に許容し得るものを処罰対象から除外する要件であり、当該プログラムの機能を踏まえ社会的に許容し得るものであるか否かという観点から判断するなどと説明されている(このような解釈が通説となっている。)。
他方で、裁判例では、反意図性及び不正性を判断する際の考慮要素や判断方法を具体的に示したものはなかった。
本件プログラムコードは、ウェブサイト運営者が、閲覧を通じて利益を得るために同サイト内に保管し、閲覧者が同サイトを閲覧するとその電子計算機において自動的に作動するものである。このようなプログラムとしては、既に、広告表示プログラム、Cookie、アクセス解析プログラム(ウェブサイト閲覧の際に、閲覧者の移動経路、滞在時間、ウェブサイト内での行動、閲覧者のデバイス等の情報を収集し、その解析結果が運営者に送信されるもの)等多種多様のプログラムが一般的なウェブサイトで広く実行されている実情にあり、また、本件プログラムコードは、閲覧中に限り作動し、閲覧者の電子計算機に与える影響も小さいものであったことから、このようなプログラムについて、反意図性及び不正性が認められるか否かが問題とされた。
そして、主に、本件事件を契機として、不正指令電磁的記録とは、使用者の重要な(実質的な)利益を害するような動作を指令するものに限定すべきである旨の解釈も現れていた(永井善之「不正指令電磁的記録概念について」金沢法学63巻(2020)1号101頁、木下昌彦「コンピュータ・プログラム規制と漠然性故に無効の法理(下)」NBL1182号(2020)48頁、渡邊卓也「不正指令電磁的記録に関する罪における反『意図』性の判断」情報ネットワーク・ローレビュー19巻(2020)16頁、岡部天俊「不正指令電磁的記録概念と条約適合的解釈」北大法学論集70巻6号(2020)1171頁、西貝吉晃「技術と法の共進化を企図した法解釈の実践」法学セミナー792号(2021)40頁、三重野雄太郎「不正指令電磁的記録の解釈と該当性判断枠組」佛教大学社会学部論集71号(2020)127頁等。なお、本件以前のものとして、石井徹哉「いわゆる『デュアル・ユース・ツール』の刑事的規制について(中)」千葉大学法学論集26巻4号(2012)80頁)。
(2) 本判決
本判決は、まず、本件規定の趣旨及び保護法益について、電子計算機による情報処理のためのプログラムに対する社会一般の信頼を保護し、ひいては電子計算機の社会的機能を保護することにある旨判示した。通説と同様の考え方に立った上で、本件規定は、プログラムが電子計算機に意図せざる不正な動作をさせるものではないことに対する社会一般の信頼を保護するため、それを害する行為を処罰の対象にしたものであるが、このような規制は、適正な情報処理を確保するためにされるものであることを踏まえ、本件規定の趣旨及び保護法益が、プログラムに対する社会一般の信頼の保護を通じて、究極的には電子計算機の社会的機能を確保することにあることを示したものと解される。
次に、本判決は、このような趣旨及び保護法益に照らし、(1)反意図性は、当該プログラムについて一般の使用者が認識すべき動作と実際の動作が異なる場合に肯定されるものと解するのが相当であり、一般の使用者が認識すべき動作の認定に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、プログラムに付された名称、動作に関する説明の内容、想定される利用方法等を考慮する必要があると判示し、(2)不正性は、電子計算機による情報処理に対する社会一般の信頼を保護し、電子計算機の社会的機能を保護するという観点から、社会的に許容し得ないプログラムについて肯定されるものと解するのが相当であり、その判断に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、電子計算機の機能や電子計算機による情報処理に与える影響の有無・程度、利用方法等を考慮する必要があると判示して、それぞれの判断方法を示した。これらも基本的には通説と同様の考え方に立ったものと解されるが、不正性に関して、本件規定の趣旨及び保護法益に照らして、反意図性が肯定されても適正な情報処理の確保という観点から許容し得るプログラムについては不正指令電磁的記録該当性が否定されるという、反意図性と不正性の二元的な判断・評価をすべきであることを明確にするとともに、検察官が「社会的に許容し得ないこと」を立証する必要があることを確認的に示したものと解され、これまで明確でなかった判断方法を示したものである。
その上で、これらの判断方法のあてはめとして、判旨2のとおり、本件プログラムコードは、反意図性は認められるが不正性は認められないため、不正指令電磁的記録とは認められない旨判示した。なお、当然のことであるが、動作が電子計算機の機能等に与える影響や利用方法等が本件プログラムコードと異なるマイニングプログラムは、不正指令電磁的記録に該当する場合があり、実際に有罪とされた裁判例もある(仙台地判平30・7・2公刊物未登載)。
本判決は、当審が、初めて、不正指令電磁的記録の要件である反意図性及び不正性の判断方法を示した点において重要な意義を有する上、具体的なプログラムについて反意図性及び不正性の当てはめの判断を示したものであって、同種の事案の処理における参照価値が高いと思われる。