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本件は、宗教法人であるXが、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下「整備法」という。)による改正前の民法(以下「旧民法」という。)に基づき財団法人として設立され、平成20年の一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般社団・財団法人法」という。)等の施行により一般財団法人として存続しつつ整備法に定められた経過措置が適用される特例財団法人となり、平成23年に通常の一般財団法人に移行したYに対し、Yの寄附行為に加えられた4件の変更の無効確認等を求める事案である。上記各変更のうち、特例財団法人から一般財団法人への移行時にされた2件の変更(判文中の本件変更2及び本件変更4)について、法人の同一性を失わせるような根本的事項の変更である場合には無効となるか否か等が争われた。
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原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) Yは、大正元年、A宗の宗派であるB派の門徒らにより、旧民法に基づく財団法人として設立された。設立時のYの寄附行為には、①Yの目的について定める条項(以下「本件目的条項」という。)において、YはB派の維持を目的とするものと、②Yの解散に伴う残余財産の帰属について定める条項(以下「本件残余財産条項」という。)において、Yの解散に伴う残余財産はB派に寄附するものと、③Yの寄附行為は所定の手続を経てこれを変更することができるものとする定めがあった。
(2) Xは、昭和27年に宗教法人として設立され、B派の地位を承継した。
(3) Yは、平成20年12月、一般社団・財団法人法及び整備法の施行により特例財団法人となり、その寄附行為は定款とみなされた。さらに、Yは、平成23年2月、整備法45条の認可を受け、通常の一般財団法人に移行したが、この際、①本件変更2として、本件目的条項が、広く仏教文化を興隆する事業を行うことにより世界の精神文化発展に寄与すること等を目的とする旨に、②本件変更4として、本件残余財産条項が、Yの残余財産は類似の事業を目的とする公益法人等に贈与する旨に変更された。
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原審は、本件変更2及び4はYの同一性を失わせるような根本的事項の変更であるから無効であるなどとして、その無効確認等を求める限度でXの請求を認容すべきものとした。
これに対し、Yが上告受理の申立てをしたところ、第三小法廷は、判決要旨記載のとおり判断して、本件変更2及び4に関する原告の請求を棄却した。
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(1) 財団法人の設立に際しては、設立者が根本規則である寄附行為(旧民法の場合)又は定款(一般社団・財団法人法の場合)を作成することとなる。
旧民法は、財団法人の寄附行為の変更に係る規定を欠いていたが、学説は、財団法人は、設立者の決定した根本規則に基づき理事が活動するだけであって、法人の活動を自主的に決定する機関を持たないことから、寄附行為は原則として変更することができず、ただ、寄附行為に変更の方法を規定している場合には、寄附行為の実行として変更が可能であるなどと解するのが通説的見解であった(我妻栄『新訂民法総則』(岩波書店、1993)182頁等)。この場合、どのような範囲の変更が可能であるかは、財団の設立者が寄附行為の定めによってどの範囲の変更を許容しているかという個別的な認定に係る問題であると考えられる。この点が直接問題となった判例、裁判例は見当たらないが、寄附行為の変更の認可に係る主務官庁の実務はこれと同様の立場から運用されていたようにうかがわれる。
(2) 平成18年に成立、公布された一般社団・財団法人法及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律においては、法人格の取得と公益性の判断を分離し、剰余金の分配を目的としない社団又は財団について、その行う事業の公益性の有無にかかわらず、準則主義により簡便に法人格を取得することができる一般的な法人制度を創設し、そのうちで公益目的事業を行うものは内閣総理大臣等の認定を受ければ公益社団法人又は公益財団法人となることができるとされた。このような制度の下における一般財団法人の定款変更については、①目的並びに評議員の選任及び解任の方法に係る定款の定め(以下「目的等の定め」という。)を除き、評議員会の決議によって変更することができ(一般社団・財団法人法200条1項)、②設立者が原始定款において目的等の定めを評議員会の決議により変更することができる旨を定めた場合には、評議員会の決議によってこれを変更することができ(同条2項)、さらに、③設立当時予見することのできなかった特別の事情によって、目的等の定めを変更しなければ運営の継続が不可能又は著しく困難となるに至ったときは、裁判所の許可を得て、評議員会の決議により、これを変更することができるとされている(同条3項)。立案担当者は、①、②のとおり目的等の定めの変更の可否を設立者の意思に委ねたことにつき、一般財団法人は設立者の定めた目的を実現するための法人であり、その運営等の根幹部分につき設立者の意思が尊重される仕組みとすることが相当と考えられるからであると、また、③につき、そのような場合にも定款変更を一切許容しないとすれば、かえって法人運営の機動性・柔軟性を阻害するため、定款変更を認めることがむしろ法人の設立者の合理的意思にも合致すると考えられることから定款の変更が認められると、それぞれ説明している(新公益法人制度研究会編著『一問一答公益法人関連三法』(商事法務、2006)145頁)。一般社団・財団法人法に基づく一般財団法人の定款変更の範囲について具体的に論じた学説や、判例、裁判例は見当たらない。
(3) 旧民法の規定に基づき設立された財団法人は、一般社団・財団法人法及び整備法の施行により、一般社団・財団法人法の規定による一般財団法人として存続しつつ整備法の定める経過措置が適用される特例財団法人となる。この特例財団法人が一般財団法人に移行するに当たっては、その保有する財産は寄附や税制優遇を受けて形成されてきた公益的性格を有するものであり、これが、事業内容や残余財産の帰属が法人自治に委ねられる通常の一般財団法人に移行することで、無制限に公益目的以外に費消されることは適切ではないことから、整備法では、移行の時点の純財産を基礎として算定した額に相当する額を、通常の一般財団法人に移行後、計画的に公益の目的に支出させる制度として公益目的支出計画の作成を要することとされており(整備法119条1項、123条1項)、立案担当者は、上記計画に記載する公益目的事業は新たなものでもよいと説明している(前掲一問一答270頁、273頁)。そして、特例財団法人の定款変更について、整備法94条は、既に評議員を置く特例財団法人については、目的等の定め以外の事項に係る定款の定めについては一般財団法人と同様にこれを変更することができるほか、目的等の定めについても、評議員会の決議によってこれを変更することができる旨を定款で定めることで変更することができるとし、また、上記以外の特例財団法人は、定款にその変更に関する定めのある特例財団法人は当該定めに従い、また、そのような定めのない特例財団法人は当該定めを設ける定款の変更をすることによって、定款変更をすることができるとしている。これにつき、立案担当者は、特例財団法人が一般財団法人へ移行するためには定款変更が不可欠であることから、これを可能とする手続を規定したものであると説明している(前掲一問一答258頁等)。整備法に基づく特例財団法人の定款変更の範囲について具体的に論じた学説や、判例、裁判例は見当たらない。
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以上を前提に本件を検討すると、特例財団法人の定款変更については、論理的には、①旧民法の規定に基づく財団法人の寄附行為の変更に関する通説と同様に、財団の設立者が定款の定めによってどの範囲の変更を許容しているかという観点から判断する見解と(原審も、その判断の根拠を設立者の意思に求める点で、この見解と同様の考え方を基礎とするものといえる。)、②整備法の規定どおり、特段の制約はないものとする見解とが考えられるように思われる。
そこで、特例財団法人において定款変更を必要とする場面を考えてみると、立案担当者も指摘するとおり、特例財団法人が一般財団法人に移行するに当たっては、①旧民法の規定に基づく財団法人の寄附行為の記載事項(旧民法37条)と一般財団法人の定款の記載事項(一般社団・財団法人法153条等)とは異なるから定款変更が不可欠であるし、②特例財団法人は公益目的支出計画の作成及び実施を義務付けられているところ、現在の目的が公益目的事業とはいい難いため公益目的の支出のための事業ができない場合や、現在の目的に従って上記事業を行うだけでは実効性のある公益目的支出計画が作成、実施できない場合等には、設立者の意思等にとらわれずに目的を変更することが必要となり得るところである。また、整備法では、特定財団法人において、必要ならば定款変更に関する規定を自ら整備した上で、定款変更ができる旨が規定されており、他方、特例財団法人の同一性を失わせるような根本的事項に関して定款の変更が許されない旨を定めた規定は存在しない。
さらに、公益法人制度改革における議論(公益法人制度改革に関する有識者会議報告書等)では、旧民法の規定に基づく公益法人から一般の非営利法人への移行が円滑にできるようにすべきであるとされていたことなどからしても、特例財団法人の定款の変更に明文にない制約があると解することは困難と思われる。
そうすると、特例財団法人は、目的等の定めを含む定款の変更について、その同一性を失わせるような根本的事項の変更であるか否かにかかわらず、その判断によりその定款の変更をすることができるものと考えるのが相当であるように思われる。本判決も、これと同様の見地に立って判断したものと解される。
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本件は、特例財団法人の定款変更という財団法人制度の本質にも関わる点について最高裁が初めて判断を示したものであり、実務上も理論上も重要な意義を有するものと考えられる。