◇SH0634◇最三小判 平成28年1月12日 保証債務請求事件(大谷剛彦裁判長)

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1 事案の概要

 本件は、信用保証協会Yと保証契約を締結していたX銀行が、Yに対し、同契約に基づき、保証債務の履行を求める事案である。これに対し、Yは、X銀行の融資の主債務者であるA社は反社会的勢力であり、①このような場合には保証契約を締結しないにもかかわらず、そのことを知らずに同契約を締結したものであるから、同契約は要素の錯誤により無効である、②X銀行には保証契約違反があるから、YとX銀行との間の信用保証に関する基本契約(以下「本件基本契約」という。)の定める免責事由に該当し、Yは、前記保証契約に基づく債務の履行を免れる、と主張して争った。(なお、以下において、Yの2つ目の主張を「保証免責の抗弁」ということがある。)

 

 事実関係の概要は次のとおりである。

 ・ X銀行とYは、昭和41年に約定書と題する書面により本件基本契約を締結した。本件基本契約には、X銀行が「保証契約に違反したとき」は、YがX銀行に対する保証債務の履行につき、その全部又は一部の責めを免れるものとする旨が定められていたが(以下、この定めを「本件免責条項」という。)、保証契約締結後に主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合の取扱いについての定めは置かれていなかった。
 ・ X銀行は、平成20年から平成22年にかけて、A社との間で3回にわたり金銭消費貸借契約を締結し、合計8000万円を貸し付けた。Yは、それぞれの貸付けの際、X銀行との間で、A社の借入債務を連帯して保証する旨の契約を締結した。これらの個別の保証契約においても、契約締結後に主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合の取扱いについての定めは置かれていなかった。
 ・ 前記の各貸付けが行われた後、A社について、暴力団員であるBが同社の代表取締役を務めてその経営を実質的に支配している会社であること、すなわち、反社会的勢力であることが判明した。

 

 ・ 原審は、以上のような事実関係の下において、主債務者であるA社が保証契約の締結及び融資の実行当時から反社会的勢力であったからといって、Yの保証契約の意思表示に要素の錯誤があったとはいえないし、また、主債務者が反社会的勢力でないことが保証条件とされていたとはいえない以上、保証免責の抗弁も認められないとして、X銀行の請求を認容すべきものとした。
 ・ これに対し、Yから上告受理の申立てがあり、第三小法廷は、本件を上告審として受理した上、判決要旨のとおり判示して、原審の判断のうちYに要素の錯誤があったとは認められないとして錯誤無効の抗弁を排斥した点は是認できるが、保証免責の抗弁についての判断に法令の解釈適用を誤った違法があるとして、原判決を破棄し、同抗弁ついてさらに審理させるために、本件を原審に差し戻した。

 

4 説明

 ・ 反社会的勢力とは、一般的には暴力団員やその周辺で活動している者を指す概念である。平成4年に「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」が施行されてから、暴力団等の反社会的勢力の弱体化を図るための取組が強化されつつあったが、企業活動から反社会的勢力を排除する取組は、平成19年に政府が「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」を策定、公表したのを皮切りに、政府、地方公共団体が中心となって強力に推進され、各業界がこれに呼応する形で、それぞれの取組を進めているところである。
 ・ そうした取組の一環として、平成20年から21年にかけて、全国銀行協会が銀行取引約定書に盛り込むべき反社会的勢力排除条項の参考例を公表し、全国信用保証協会連合会も信用保証委託契約書に盛り込むべき反社会的勢力排除条項の参考例を公表した。もっとも、金融機関と信用保証協会との間で結ばれた信用保証に関する基本契約書(その内容は、信用保証協会連合会が昭和38年に作成、公表した約定書例に準拠したものである。)及び個別の保証書には主債務者が反社会的勢力であった場合の保証契約の効力等について定めた規定は置かれていない。こうした中で、信用保証協会と金融機関との間で本件と同種の訴訟が多く係属し、高裁において、保証契約の錯誤無効を認めるものと認めないものとに判断が分かれていた。
 ・ 主債務者が反社会的勢力であるか否かという問題は、当然に保証契約の内容をなすものとはいえないが、以上で述べた企業活動からの反社会的勢力の排除の取組等に鑑みると、保証契約の締結や融資の実行前に主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合に、保証契約が締結されたり、融資が実行されたりすることはなかったといえるから、保証契約が締結され、融資が実行された後になって、主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合には、信用保証協会の意思表示に動機の錯誤があると解される。
 ・ 学説上、民法95条の錯誤は、原則として「表示錯誤(表示行為の錯誤)」に限られ、「動機の錯誤」は例外的な場合を除き、これに含まれないとする二元論と、動機と意思とは同質の連続した心理的意識状態であり、現実にはそれらの限界を画することは困難であるとして、「表示錯誤」も「動機の錯誤」も同条の錯誤に含まれるとする一元論とがあるが、判例は、基本的に二元論に立つものと理解され、現在国会に提出されている民法の一部を改正する法律案においても、判例法理を規定上明確にするとの考え方の下に表示錯誤と動機の錯誤とを分けて考える二元論が採用されている。
 ・ いかなる場合に、動機の錯誤が民法95条の錯誤として意思表示の無効を来すかについて、最高裁判所の判例は、一般論として述べるときは、「動機が表示されて意思表示(法律行為)の内容となっていた」場合でかつそれが要素の錯誤に当たる場合であるとしている(最二小判昭和29・11・26民集8巻11号2087頁、最二小判昭和45・5・29集民99号273頁、最一小判平成元・9・14集民157号555頁)。しかし、個々の判例の表現振りにはバリエーションがあり、また、判例の理解の仕方についても見解の対立があって、民法(債権関係)改正の法制審議会の部会でも議論が紛糾したところである。
 判例を全体としてみた場合に、動機が表示されさえすれば、常に要素の錯誤として意思表示の無効を来すことを認める立場を採っているわけではなく、上述した動機の錯誤に関する一般論を述べつつも、実質的には、問題となる契約類型、契約当事者の属性、錯誤の対象となった事項等の諸事情を踏まえて、動機の錯誤がある表意者と相手方のいずれを保護するのが相当であるかという衡量が働いているのではないかと考えられる。
 ・ 本判決も、前記の一般論を述べた上で、表意者の動機が法律行為の内容とされたか否かは、当事者の意思解釈によって決まるとした。
 そして、①保証契約の基本的な性格・内容に加え、②保証契約の当事者の属性(いわゆるプロ同士の間の契約であること)に照らして主債務者が反社会的勢力であることが事後的に判明する場合が生じ得ることを想定でき、かつ、そのような事態が生じた場合の取扱いを取り決めるなどの対応を採ることも可能であったにもかかわらず、そのようなことがされていなかったことに鑑みて、主債務者であるA社が反社会的勢力でないという点に誤認があったことが事後的に判明した場合に保証契約の効力を否定することまでをY及びX銀行の双方が前提としていたとはいえず、当事者の意思解釈上、この点についてのYの動機が、保証契約の内容となっていたとはいえないとして、Yによる保証契約の錯誤無効の主張を排斥した。このような判断の背景には、契約前の審査で反社会的勢力が主債務者となることを完全に排除することが実際上極めて困難であるという認識があることが窺われる。
 ・ その一方で、本判決は、本件基本契約上の付随義務として、金融機関及び信用保証協会の双方に主債務者が反社会的勢力であるか否かを調査すべき義務があることを明らかにした(なお、当事者の一方が、保証契約の締結や融資の実行前に、主債務者が反社会的勢力であることを把握していた場合には、これを他方当事者に知らせて、保証契約の締結や融資の実行をしないようにすべき義務があることは言を俟たないであろう。)。もっとも、信用保証制度を利用して融資を受けようとする者が反社会的勢力であるか否かを調査する有効な方法は、実際上限られている。このため、本判決は、調査の程度について、調査の時点において一般的に行われている調査方法等に鑑みて相当と認められるものであればよいとして、高度の調査義務は課していない。前記の一般的に行われている調査方法等は、例えば、金融機関や信用保証協会で整備が進められている反社会的勢力データベースのチェックや主債務者の事務所の訪問調査など当該調査の時点において、業界において行われている一般的なものを想定していると考えられる。
 そして、本判決は、金融機関に前記の意味での調査義務違反が認められ、その結果、保証契約が締結されたといえる場合には、本件免責条項に該当し、信用保証協会が、同条項により保証契約に基づく保証債務の履行の責めを免れるとの判断を示した。ただし、免責の範囲を決めるに当たっては、信用保証協会の調査状況等も勘案するとして、一部免責の可能性もあり得ることを示唆した。これは、比喩的にいえば、過失相殺的な処理も可能であることを示唆したものと考えられる。
 ・ 本件は、事後的に主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合に関し、高裁での判断が分かれていた金融機関と信用保証協会との間の保証契約の錯誤無効の成否についての事例判断を示すとともに、新たに保証免責の成否についての考え方を示したものとして、実務上参考になると思われるので、紹介する次第である。

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