◇SH0657◇法のかたち-所有と不法行為 第十四話-1「私のもの」の維持・回復 平井 進(2016/05/13)

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法のかたち-所有と不法行為

第十四話 「私のもの」の維持・回復

法学博士 (東北大学)

平 井    進

 

 第十三話でカントのいう「法による私のもの」(meum iuris)の主体となる「持続する実体」について紹介し、それに関する法関係を構成してみた。そのmeum(一人称)は、第五話の古代ローマの神聖法律訴訟で「この物は私のものである(meum esse)」と宣言していたのと同じ言葉であり、英語のmy ownにあたる。

 古くから正義に関しては、「私のもの」がその人に固有のものであれば、それが他者によって損なわれることを防いで維持する、または損なわれればそれを回復・補償するという考え方がある。その人に固有の「その人のもの」は、三人称ではsuum(one’s own)である。

 アリストテレスは『ニコマコス倫理学』において、正義のような状態は、しばしばその反対の状態から理解することができるとし、正しいことを回復させる正義について述べている。[1]これは、正義をそうでない状態から回復することとして見ている。

 

1  古代ローマ

 古代ローマにおける正義の法を代表していたのは、前3世紀のウルピアヌスが「正義とは、正しく各人のものであることがらがその人に帰する(ius suum cuique tribuendi)不変かつ普遍的な精神である。」、法が示すことは「(略)他者に損害を与えず、その人のものをその人に帰することである。」と述べていることである。[2]このように、各人が他者によって損害を与えられていないことが、各人が正しくその人のもの(suum)をもっている状態である。[3]

 ローマの正義の法において鍵となるのは、上記のmeum/suumの概念であると思われる(便宜のために、以下ではsuumを用いる)。このsuumは、身体・自由・名誉などその人自身の実体であるか、その人の外部にあって所有するものであるかを問わない。



[1] Cf. Aristotle, Nicomachean Ethics, H. Rackhm, ed., Harvard University Press, 1926, V.1. 1129a.

[2] Digesta, 1.1.10. このiusは本来の「正しいこと」という意味と見られる。

[3] なお、上記のsuum cuique tribuereという概念は、前1世紀のキケロによるとギリシャに由来していたようである。Cicero, De legibus, 1.6.19.

 

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