◇SH0680◇衆院本会議、「ヘイトスピーチに関する法案」を可決・成立 大櫛健一(2016/06/01)

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衆院本会議、「ヘイトスピーチに関する法案」を全会一致で成立

岩田合同法律事務所

弁護士 大 櫛 健 一

 平成28年5月24日、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(いわゆるヘイトスピーチ法)が衆議院本会議において可決・成立した(参議院先議)。

 ヘイトスピーチ法は、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」の解消を目的としており(1条)、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」(以下「ヘイトスピーチ」という。)とは、おおむね、①専ら日本国外の出身である者又はその子孫であって適法に居住するものに対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で、②公然と、③その生命、身体、自由、名誉又は財産に危害を加える旨を告知するなど、日本国外の出身であることを理由として、その者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいうとされる(2条)。その上で、同法は、主として国及び地方公共団体を対象とし、ヘイトスピーチに関する紛争の防止又は解決や、ヘイトスピーチ解消のための教育活動・啓発活動の実施を責務として求めている(同法4~7条)。

 他方で、ヘイトスピーチ法は、国民に対しても、ヘイトスピーチのない社会の実現に寄与するよう努めることを求めているが、これに違反したことによる罰則は存在しない(同法3条)。

 以上のとおり、ヘイトスピーチ法は、不当な差別的言動を防止するための法律であるが、国が国民に対して一定内容の言動を制約することとの関係で、表現の自由(憲法21条)に関する問題が生じる。

 すなわち、憲法上、表現内容に着目した規制は、極めて厳格な場合(たとえば、やむにやまれぬ公共利益を保護するために、当該規制手段以外により制限的でない他に選びうる手段がない場合など)に限られると解されている。ヘイトスピーチ法に罰則規定が設けられなかった理由の一つは、罰則を設けた場合には違憲の問題が生じるとの懸念が立法判断に影響したものと理解される。

 また、ヘイトスピーチへの法的な対抗手段としては、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)や人格的利益に基づく差止請求なども考え得るところ(下記【ヘイトスピーチが問題となった主な裁判例】参照)、ヘイトスピーチ法に定められた国・地方団体の責務や国民の努力義務、さらには、ヘイトスピーチ法が制定された立法事実がこれらの請求の根拠となる法令の解釈・適用に影響を与えることも予想される。

 ヘイトスピーチ法に対しては、罰則がないために実効性について疑問を呈する指摘もあるが、同法の今後の社会的影響については注視されるところである。

【ヘイトスピーチが問題となった主な裁判例】
  1. 1  京都地判平成25年10月7日判時2208号74頁
  2.    原告である朝鮮学校に対し、威圧的な態様で侮蔑的な発言を多く伴う示威活動を行い、その映像をインターネットを通じて公開した被告に対して、不法行為に基づく損害賠償請求と示威活動の差止めを認容した裁判例
  1. 2  大阪高判平成26年7月8日判時2232号34頁
  2.    上記京都地判の控訴審として上記認容判決を維持した裁判例

以 上

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