◇SH0771◇冒頭規定の意義―典型契約論― 第5回 冒頭規定の意義―制裁と「合意による変更の可能性」―(2) 浅場達也(2016/08/26)

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冒頭規定の意義
―典型契約論―

冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(2)

みずほ証券 法務部

浅 場 達 也

 

1 冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-

(2) 「契約書」の「作成」

 民法の用語として、「契約」という語に、対として用いられる語は、「成立」或いは「締結」が多い。「契約の成立」は民法の款の名称にも使われており、「契約を締結する」も一般的に用いられている[1]。しかし、「成立」と「締結」はどちらも、「時間的な幅を持つ作業」というニュアンスを持ちにくい用語であり、どちらかといえば「一定の時点」の事象を指すことが多いと思われる。これに対して、本稿では、「契約書を作成する」との表現を多く用いている。「作成」という語が、一定の時間や手間を要する作業というニュアンスを持ちやすいからである[2]

 ただ、それだけでなく、「契約書を作成する」との表現は、契約法に対する本稿全体の姿勢に関連するがゆえに、極めて重要であると考えている。「契約書を実際に作成する」立場に身を置くことこそが、契約法の検討では、必要不可欠な基本と考えられるからである[3]。後に契約法体系化・典型契約論について検討する際に、「契約書を実際に作成する」立場に身を置くことの重要性に言及することになるだろう。

ポイント(1) 基本的立場
実際に契約書を作成する立場に身を置くことが最も重要であるというのが、本稿の基本的立場である。

 契約書の作成に当たって、「リスク=何らかの制裁が課される可能性」という不利益が生ずるとき、契約書作成者[4]は一定の行為を選択したり、また一定の行為を回避したりする。本稿では、契約に関するそうした行為の「選択」や「回避」を、「契約行動」と呼んでいる[5]。(1Ⅳ1.(2) 「契約行動と契約規範」を参照。)

 契約書の作成に際して、そうした選択・回避を行うとき、それをどこまで適切に記述することができるか。そして、それらの基にある、契約に関する規律をどこまで的確に捉えることができるか。本稿の以下の検討においては、根底にそうした意識が横たわっている。これらについては、1の「Ⅳ 小括」及び2の「契約法体系化の試み」において、若干立ち入った検討を加える。



[1] 近時の例としては、「民法(債権関係)の改正に関する要綱案」(2015年2月10日付、法務省ホームページに掲載)においても、主に、「契約の成立」「契約を締結する」との表現が用いられている。

[2] 実際の取引社会においても、「契約を締結する」者は組織の代表者名義である場合が多く、「契約書を作成する」者とは異なる場合が多いだろう。

[3] 「契約書を実際に作成する」とき、契約書作成者は、民法だけでなく、さまざまな関連諸法を考慮に入れざるを得ないし、また実際に考慮に入れて契約書を作成している。このため、「契約書を作成すること」について語るためには、民法の用語だけでは不十分であり、語彙(その中でも、本稿では「リスク=何らかの制裁が課される可能性」を最も重要と捉えている)を使う必要性が生ずる。この必要性の認識は、「契約書を実際に作成する」立場に身を置いたときに初めて可能となるがゆえに、こうした立場に身を置くことが極めて重要となる。

[4] 契約書作成者は、利害の対立する二者(売買であれば「売り手」と「買い手」)から成る場合が多く、これら当事者をミクロ的に捉えることが望ましいと考えられるが、本稿の検討ではそこまで至っていない。更に、企業間の取引では、売買であれば「売り手」と「買い手」それぞれが、「営業担当者」と「法務担当者」から成る「交渉チーム」を形成して「交渉」を行うことが多いと思われるが、本稿ではそうした分析についても未着手である。今後の課題といえるだろう。なお、「交渉」を通じた契約成立過程については、平井宜雄=村井武「交渉に基づく契約の成立(上)(中)(下)」NBL702号6頁以下、703号29頁以下、704号53頁以下(2000~2001)が優れた記述モデルを提案している。

[5] 他方、契約書作成者は、(制裁を回避しつつも、)自らの利益を最大化しようとして行動する。ただ、この「利益」の内容は、契約書作成者の立場によって多様であるため、「制裁」のように画一的・統一的に捉えることが困難であり、言語化することがより難しいと本稿では考えている。

 

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