債権法改正後の民法の未来 49
付随義務・保護義務(3・完)
北浜南法律事務所
弁護士 阪 上 武 仁
4 立法が見送られた理由
前々回1の中間試案に対しては、「契約の趣旨に照らして必要と認められる行為」という表現が抽象的で、当事者の予測可能性や裁判規範としての明確性に問題がある旨指摘され、コンセンサスが得られないとの理由で立法が見送られた[1]。
なお、付随義務および保護義務に関する提案が落ちた第84回会議において、これらの義務に関する規定を置くべきであるとする意見が多く出された[2]。
5 今後の参考になる議論
(1) 上記4のとおり、付随義務および保護義務につき、立法化が見送られたのは、「契約の趣旨に照らして必要と認められる行為」という表現が抽象的で、当事者の予測可能性や裁判規範としての明確性に問題がある旨指摘がなされ、明文化のコンセンサスの形成が困難だったからである。
法制審の議論を通じて、判例上、個々の事案において、信義則に基づく、付随義務および保護義務が認められてきたことに争いはなく、立法化が見送られたことで、同各義務の存在が否定されるものではない。
(2) ところで、中間試案後に立法化が見送られた後、大阪弁護士会は、次のとおりの内容および理由により、付随義務および保護義務の明文化を求めている[3]。
大阪弁護士会の案は、以下のとおりであり、明文化を巡る対立点の1つである契約の一方当事者が契約の相手方のために広範な義務を負うおそれも考慮した規定となっている点に特徴がある。
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ア 内容
「付随義務」
契約の当事者は、当該契約の締結又は当該契約に基づく債権の行使若しくは債務の履行に当たり、契約の目的または相手方の生命、身体、財産その他の利益を害しないよう、当該契約の趣旨に照らして必要と認められる行為をしなければならない。 -
イ 理由
付随義務および保護義務が、判例・学説上、一般的に認められており、市民に分かりやすい民法という観点からも明文化する方がよい。
もっとも、付随義務と保護義務を明確に区別できるかは疑問が残ることから、上記アのとおり、保護義務を含む形で付随義務を規定するのが相当である。
また、契約当事者は、契約をした目的を害する行為、相手方の生命、身体、財産その他の利益を害する行為をしてはならないことは明らかであるにもかかわらず、明文化に対する批判がなされるのは、契約の相手方のために広範な義務を負うおそれが否定できないところにある。そこで、中間試案にある「相手方が当該契約によって得ようとした利益を得ることができるよう」という文言ではなく、「契約の目的」または「相手方の生命、身体、財産その他の利益」を「害しない」という文言にすることによって、契約当事者に無限定な義務を課すことを防ぐ規定にするべきである。
(3) 付随義務および保護義務については、中間試案後に立法化が見送られたが、前回3のとおり、法制審において、同各義務の法的な位置づけ、契約上の責任とすることの意義、同各義務が認められるための要素などについて議論されたことで、個々の判例の積み重ねであった同各義務が理論的に整理された。
このような理論的な整理がなされたことは、今後、実務において、同各義務が問題となった場合の判断に役立つことであり、十分意義があった。