◇SH0807◇日本企業のための国際仲裁対策(第5回) 関戸 麦(2016/09/22)

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日本企業のための国際仲裁対策(第5回)

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

 関 戸   麦

 

第5回 仲裁手続に関する基礎知識(4)-仲裁機関その2

3. 法的根拠

 仲裁機関の法的形態は、所在国の法律によることになり、例えば日本のJCAA(日本商事仲裁協会)は、一般社団法人である。法的形態は何ら特別なものではなく、法律によって、仲裁機関に規則の制定権限等の特別の権限が与えられている訳ではない。

 それにも拘わらず、仲裁機関は規則を定め、その規則が仲裁手続において当事者を拘束する。また、前回(第4回)で述べたとおり、仲裁機関は、仲裁人の選任等の決定を行う。

 このような仲裁機関の権限ないし拘束力の根拠となっているのは、当事者の合意である。

 この合意の典型的なものが、契約書における紛争解決条項で仲裁手続を定めることであるところ、例えば、ICC(国際商業会議所)における仲裁手続を選択した場合には、ICCの仲裁規則に従った仲裁手続を行うことに契約当事者が合意をしたこととなり、換言すれば、ICCの仲裁規則に拘束されることに合意をしたことになる。そして、ICCの仲裁規則には、ICCによる仲裁人の選任等の規定があるため、このICCの決定権限に服することにも、契約当事者が合意をしたことになる。

 さらに、仲裁機関は仲裁規則を改訂することがある。改訂は、既に開始している仲裁手続には影響をしないが、改訂後に開始する仲裁手続については、改訂後の規則が適用されることが原則である(例えば、ICC規則6.1項)。したがって、ICCにおける仲裁手続を選択するということは、その後仲裁手続が開始するまでの間にICCが仲裁規則を改訂した場合には、原則としてその改訂に従うことにも、契約当事者が合意をしたことになる。この合意は、将来の改訂に関するものであるため、改訂の内容を把握しないまま、その改訂に従うことを合意するという、いわば仲裁機関に対する白紙委任的なものである。

 以上のとおり、仲裁機関に関する権限ないし拘束力の根拠は、当事者の合意にある。契約書の紛争解決条項において、特定の仲裁機関における仲裁手続を選択するだけのことであっても、法律的には、上記のような様々な合意を包含するものである。

 

4. 仲裁機関の組織

 仲裁機関の組織は、各組織毎に異なるものの、概して複雑な組織形態ではない。仲裁規則上表れるのは、申立書の提出先等となる事務責任者で、その名称は、例えば、ICCの場合にはSecretariat、LCIA(ロンドン国際仲裁裁判所)及びSIAC(シンガポール国際仲裁センター)の場合にはRegistrarとなっている。

 また、ICC及びSIACには、Courtと呼ばれる組織がある。但し、Courtとはいっても、裁判所のように請求の成否を判断するものではなく、仲裁機関としての支援的な業務を行うものである。Courtが行う業務としては、例えば、仲裁人に対する忌避申立てに関する判断がある(ICC規則14.3項、SIAC規則16.1項)。

 なお、Courtの構成員は、ICC及びSIACのいずれも、仲裁の分野で著名な各国の弁護士となっている。

 

5. 仲裁機関の所在地と仲裁地等との違い

 例えば、SIACを選択することは、シンガポールでの仲裁手続を選択することを意味するとの印象を受けるかもしれないが、これは必ずしも正確ではない。仲裁手続の場所に関する定めとして法的に重要な意味を持つのが、仲裁地(seat)であり、いわば仲裁手続の本籍地と言いうるものであるところ、これと仲裁機関の所在地は、必ずしも一致しない。例えば、シンガポールを仲裁地とするICCの仲裁手続は、実務上よく見られるものである。

 仲裁地によって定まることとしては、適用される仲裁法規がある。日本の仲裁法においても、その適用範囲につき、「仲裁地が日本国内にある仲裁手続及び仲裁手続に関して裁判所が行う手続」と明記されている(仲裁法1条)。また、仲裁手続に関与する裁判所も、仲裁地の裁判所となる。例えば、仲裁判断の取消しを裁判所に求める場合、その管轄裁判所は、仲裁地の裁判所となる。

 話を複雑にして恐縮であるが、仲裁地は、実際に仲裁手続が行われる場所と異なりうる。例えば、仲裁地をシンガポールと定めたとしても、仲裁手続における中心的な場面であるヒアリングを行う場所を、日本その他シンガポール以外の場所とすることもできる。

 以上のとおり、①仲裁地、②ヒアリング等の仲裁手続を行う場所、③仲裁機関の所在地は、それぞれ別の概念であり、一致させることもできるが、別とすることも可能である。

 

6. 仲裁機関の選択

 いずれの仲裁機関を選択するかであるが、筆者の認識では、日本企業がよく選択するのはICC、SIAC、HKIAC(香港国際仲裁センター)及びJCAAである。

 ICCは、伝統があり、取扱事件数も多く、信頼感ある仲裁機関としての評価を確立している。

 SIACは取扱事件数を伸ばしている仲裁機関であり、東南アジア諸国や、インドとの取引においてよく選択されている。

 HKIACは、中国、香港との取引においてよく選択されている。

 JCAAは、取扱事件数は多くはないものの、2014年に仲裁規則を改正し、その内容は他の仲裁機関の規則から決して見劣りしない内容である。また、日本の仲裁機関ということで、他国の企業はなかなか同意しない一方、仮にJCAAの仲裁条項を契約書に入れることができた場合には、これが契約相手に対するプレッシャーとなり得る。筆者の経験したこととして、紛争が発生した際に、相手方である外国企業が、JCAAでの仲裁手続を回避するために、和解金の支払に応じてきたことがある。すなわち、JCAAの仲裁条項は、仲裁手続に入る前の和解交渉の段階で、交渉力の要素として意味を持つ場合があるということである。

 但し、仲裁手続における仲裁機関の役割はあくまでも補助的なものであり、その選択には、仲裁人の選任程の重要な意味はない。

 仲裁機関によっては、費用の相対的な安さをアピールするところもあるが[1]、仲裁手続における費用として大きなものは、各当事者が個別に支出する代理人弁護士の費用や、専門家証人の費用であり、仲裁機関に納付する費用(仲裁人の費用、仲裁機関の管理手数料等)は相対的に少額である。そのため、仲裁機関毎の費用の差というのは、仲裁手続におけるコストの全体の中では、それほど大きな意味を持たない。

 仲裁規則についても、各仲裁機関が、相互に意識しながら規則の改訂を重ねており、多くの事案においては、決定的な差異は見いだしがたい状況である。

 施設の充実をアピールする仲裁機関もあるが、ヒアリングを行う施設は、仲裁機関と紐付けられている訳ではなく、案件毎に適宜選択できるため、これも決定的な要因ではない。

 以上のとおり、仲裁機関の選択につき絶対的な要素は通常はなく、事案毎に、適宜仲裁機関を選択することになり、また、それで問題がないということである。

以 上



[1] 仲裁人の報酬は、通常は時間報酬制であるが、HKIACでは、これに加え、係争金額に応じた固定金額制も選択可能としており、この点を一つのアピールの要素としている。

 

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