◇SH0820◇最一小判 平成28年6月2日 債券償還等請求事件(小池裕裁判長)

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 本件は、いずれも銀行であるXらが、Y(アルゼンチン共和国)が発行した円建て債券を保有する債権者らから訴訟追行権を授与された訴訟担当者であるなどと主張して、Yに対し、当該債券の償還及び約定利息等の支払を求める事案である。いわゆる任意的訴訟担当としての原告適格の有無が問題となった。

 

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本件の事実関係の概要は、次のとおりである。

 (1) Yは、平成8年から12年にかけて、4回にわたり、円建て債券(以下、総称して「本件債券」という。)を発行した。なお、事実審の認定事実によれば、券面額は100万円、1000万円又は1億円であり、うち本件で訴訟物となっているのは、券面額が100万円又は1000万円のものである。

 (2) 本件債券の各発行の際に、XらとYの間で、Xらを債券の管理会社として、Yが、本件債券の債権者(以下「本件債権者」という。)のために、弁済の受領、債権の保全その他本件債券の管理を行うことをXらに委託する旨の管理委託契約(以下「本件管理委託契約」という。)が締結された。
 本件管理委託契約は、日本法を準拠法とし、平成17年改正前の商法(以下「旧商法」という。)309条1項(現行法では会社法705条1項。以下、旧商法に基づく仕組みは会社法の下でもほぼ当てはまる。)の規定の文言に倣い、「債券の管理会社は、本件債権者のために本件債券に基づく弁済を受け、又は債権の実現を保全するために必要な一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限及び義務を有するものとする」という授権条項(以下「本件授権条項」という。)が定められていた。
 さらに、本件管理委託契約では、Xらが本件債権者のために公平誠実義務及び善管注意義務を負うことが定められていた。

 (3) また、Yは、各発行の際に、本件債券の内容等を「債券の要項」(以下「本件要項」という。)で定めており、本件授権条項の内容もこの要項に含まれていた。本件要項は、発行された本件債券の券面裏面にその全文が印刷され、本件債権者に交付される目論見書にも本件授権条項を含めその実質的内容が記載されていた。
 なお、昭和40年代後半以降、他の多くの円建てのソブリン債に係る「債券の要項」にも同様の条項が含まれていた。

 (4) Yは、本件債券について、償還日に元金の支払をせず、あるいは、期限の利益を喪失した。そこで、Xらは、平成21年6月、Yに対し、本件債権者のうち、1審判決別紙記載の債券又は利札(注:各回債ごとに債券番号で特定されている。)の保有者(以下「本件債券等保有者」という。)のために本件訴訟を提起した。

 

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 社債については、旧商法297条以下で、社債管理会社による社債管理制度が設けられ、同法309条に基づき社債管理会社に訴訟追行権が認められていた。

 しかし、外国国家が発行するいわゆるソブリン債については、社債に関する旧商法の規定の適用がないため、任意的訴訟担当の可否が問題となった。ここで、任意的訴訟担当とは、本来の権利主体が訴訟追行権を第三者に授与し、第三者がその授権に基づいて当事者適格を取得する場合をいう。

 

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 任意的訴訟担当についての判例としては、最大判昭和45・11・11民集24巻12号1854頁(以下「昭和45年判決」という。)がある。この判例は、民法上の組合の業務執行組合員の原告適格についての従前の判例を変更したものであり、任意的訴訟担当については、本来の権利主体からの訴訟追行権の授与があることを前提として(前提要件)、弁護士代理の原則を回避し、又は訴訟信託の禁止を潜脱するおそれがなく(第1要件)、かつ、これを認める合理的必要性がある(第2要件)場合には許容することができるとしたものであり、その後の裁判例では、この判例の枠組みに従ってその許容性が判断されている。下級審裁判例では、これを許容した例も複数存在するものの(例として、東京地判昭和60・12・27判タ622号217頁、東京地判平成3・8・27判タ781号225頁など)、その一般的な傾向としては、これを認めることに慎重なものが多いといえよう。

 なお、任意的訴訟担当に関する学説としては、昭和40年代にいわゆる実質関係説が発表された(福永有利「任意的訴訟担当の許容性」中田淳一先生還暦記念『民事訴訟の理論(上)』(有斐閣、1969)75頁)。これは、「訴訟担当者のための任意的訴訟担当」と「権利主体のための訴訟担当」に分類し、前者については、訴訟担当者に固有の利益が認められれば比較的緩やかにこれを肯定し、後者については、訴訟担当者が権利関係に現実に密接な関与をしていることを要求して比較的厳格な要件の下でこれを肯定するものである。その後、この学説は多くの支持を得て、以後、その許容性について様々な類型化が試みられてきている。

 これまで、学説による議論の対象は、労働者の権利を行使する場合における労働組合の執行組合員や、不動産賃貸人の権利を行使する場合における不動産管理人などが中心であり、本件のような債券の管理会社を想定した議論はされていなかったように思われる。

 

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 1審及び原審は、①前提要件につき、本来の権利主体による訴訟追行権の授与があったとは認められない、②第2要件につき、任意的訴訟担当を認める合理的必要性があったとはいえないとして、任意的訴訟担当としての原告適格を認めず、本件訴えを不適法として却下すべきものとした。

 これに対し、第一小法廷は、Xらが原告適格を有することを認め、原判決を破棄するなどして、1審に差し戻した。

 

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 まず、任意的訴訟担当の前提となる訴訟追行権の授与があったか否か(前提要件)が争点となった。本件では、発行体であるYを委託者、Xらを管理者として、本件債券につき本件管理委託契約が締結されており、その効果が本件債券等保有者に及ぶか否かが問題となる。

 この管理委託契約の位置付けについては、社債の発行スキームにおいても同様の管理委託契約が締結されるところ(旧商法297条参照)、平成5年改正商法の立案担当者はこれを第三者のためにする契約と解しており(法務省民事局参事官室『一問一答平成5年改正商法」(商事法務研究会、1993)193頁)、1審、原審及び上告審ともに、本件のようなソブリン債についても同様の見解を採用したものと考えられる。

 1審・原審と上告審で結論が分かれたのは、債権者が受益の意思表示をしたか否かという点の評価が分かれたことによる。本件では明示の意思表示がないため、黙示の意思表示の有無を検討することになるが、1審は、判決効が本来の権利主体に及ぶため、Xらが敗訴した場合には本件債券等保有者が権利を失うことなどを理由に、また、原審は、本件授権条項の文言が抽象的であるなどと指摘して、本件債券等保有者が具体的な訴訟追行の可能性を理解した上で本件債券を譲り受けたとは推認しがたいことなどを理由に、いずれも受益の意思表示を認めることに慎重な態度をとってこれを否定した。

 これに対し、本判決は、多数の公衆に販売されるという本件債券と社債の類似性に着目し、債権者の合理的意思を推認した上、本件授権条項の記載が目論見書等にも記載されていることから、債権者が本件債券を購入した際にこれを受け入れたものと認めることが相当であるとして黙示の受益の意思表示を認めた。本件授権条項を含む本件要項は、不特定多数の者を相手に、交渉による変更を予定していない画一的・集団的な法律関係を構築するために作成されたものであり、約款と類似する性質を有していると見ることができ、上記判断はそのような性質を踏まえたもののように思われる。

 

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 次に、授権を前提とする任意的訴訟担当の許否については、1審、原審及び上告審ともに、昭和45年判決の枠組みで判断をしている。

 (1) まず、本判決は、債券の管理会社に対して訴訟追行権を授与する仕組みが、社債と本件債券の類似性に鑑み、社債管理会社の制度に倣って設けられたものであることを指摘している。社債管理会社の制度は、債権者保護のために平成5年改正商法で導入されたものである。本件債券には、社債に関する法律の規定の適用はないが、法定された社債管理の仕組みと類似した仕組みが採用されていることは、当該仕組みの必要性及びその合理性を裏付ける重要な事情であると位置付けたものであろう。

 (2) さらに、本判決は、受任者であるXらが銀行として法令上種々の監督・規制に服することや、本件管理委託契約に基づき債権者に対し公平忠実義務及び善管注意義務を負うことなどの事情を指摘している。この点は、Xらの訴訟追行者としての適格性ないし期待可能性に着目したものである。
 なお、Yからは、Xらが、Yの依頼に基づきエクスチェンジオファー(支払の繰り延べ等をするため、新たに発行する債券との交換の申し出)の事務を取り扱ったことなどからXらと本件債券等保有者との間に利益相反関係が生じている旨の指摘がされていた。原判決は、上記事務取扱の事実があったことのほか、本件管理委託契約上Xらから手数料を受領するとされていたことなどもって、利益相反のおそれが否定できないとして合理的必要性を否定する方向の一事情として採り上げていたが、本判決は、「抽象的には利益相反関係が生ずるおそれがあることを考慮しても」と述べており(判文参照)、Xらに善管注意義務等が課されている等の事情に照らし、Xらによる適切な訴訟追行は阻害されないと判断したものである。現に、Xらが本件訴訟を提起したのも、償還請求権の時効を中断するための色彩が強く、上記善管注意義務等の履行が強く意識されたものと推測される。

 

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 外国国家が発行するソブリン債については、このアルゼンチン国債を契機に初めてデフォルトの具体的危険性が認識されるようになった。ごく最近も、ギリシャ国債について、最終的には回避がされたものの、デフォルトの危険性が報じられたことは記憶に新しい。本件同様の仕組みを有する円建てソブリン債は、他にも多数発行されており、本判決は、このようなソブリン債の取扱いについて影響を及ぼすものと考えられる。また、任意的訴訟担当がいかなる場合に許容されるかについては、事例判断の集積が待たれるところ、最高裁がこれを許容する判断を示したのは昭和45年判決以来となる。したがって、本件は事例判断ではあるが、実務上重要な意義を有するので紹介する次第である。

 

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