◇SH0639◇最二小判 平成28年2月26日 価額償還請求上告、同附帯上告事件(小貫芳信裁判長)

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 本件は、Aの相続開始後認知によってその相続人となった原告(X)が、Aの子であり、Aの遺産について既に遺産の分割をしていた被告ら(Yら)に対し、民法910条(以下「本件規定」という。)に基づき価額の支払を求める事案であり、同条の定める価額の支払請求をする場合における遺産の価額算定の基準時及び価額の支払債務が遅滞に陥る時期が争われているものである。

 

2 本件の事実関係等

 

 本件の事実関係の概要は以下のとおりである。

 (1) Aは、平成18年10月7日に死亡した。Aの妻であるB及び子であるYらは、平成19年6月25日、Aの遺産について、遺産の分割の協議を成立させた。Aの遺産のうち積極財産の評価額は、同日の時点において、総額17億8670万3828円であった。
 ・ Xは、平成21年10月、XがAの子であることの認知を求める訴えを提起したところ、Xの請求を認容する判決が言い渡され、同判決は平成22年11月に確定した。
 ・ Xは、平成23年5月6日、Yらに対し、民法910条に基づく価額の支払を請求した。Aの遺産のうち積極財産の評価額は、同日の時点において、総額7億9239万5924円であった。
 ・ Xは、平成23年12月、本件訴訟を提起した。原々審は平成25年9月30日に、原審は平成26年2月3日に、それぞれ口頭弁論を終結した。Aの遺産のうち積極財産の評価額は、原々審の口頭弁論終結日の時点において、総額10億0696万8471円であった。

 

 原々審、原審とも、①本件規定に基づく価額支払請求の遺産の価額算定基準時を原告が価額の支払を請求した平成23年5月6日とした上で評価し(評価額は総額7億9239万5924円)、Xの法定相続分を8分の1としてこれに応じた額を相続人のうち価額支払義務が問題となるYらの員数(3名)で除した各3301万6496円(評価額の24分の1)の請求を認容し、②本件規定に基づく価額の支払債務は、履行の請求を受けた時に遅滞に陥るものとして、Xが価額の支払を請求した日の翌日である同月7日からの遅延損害金の請求を認容すべきものとした。
 これに対して、Xが上告受理申立て(論旨は、①価額算定の基準時は遺産分割時とすべきであり、②遅延損害金の起算日も遺産分割時とすべきとした。)、Yらが附帯上告受理申立て(論旨は、遅延損害金の起算日を事実審口頭弁論終結日の翌日とすべきとした。)をしたところ、最高裁第二小法廷は、両事件を受理した上で、判旨のとおり判示して(いずれも原々審、原審と結論は同じ。)、上告及び附帯上告を棄却した。
 なお、本件で、原告及び被告らが上告審までに主張したそれぞれの見解をモデル図にすると、概ね、下図のとおりである。

 

 本件の問題及び学説や下級審裁判例の状況

 (1) 本件規定(民法910条)は、「相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしたときは、価額のみによる支払の請求権を有する。」として、相続の開始後に認知された者の価額の支払請求権を定めている。
 本件規定は、昭和22年法律第222号による改正の際に新設されたものであり、相続開始後に認知により相続人となった者が遺産分割を請求するに当たり、既に分割等が終了している場合に、分割のやり直しを避け、一方で分割の効力を維持しつつ、他方で被認知者の保護のため価額による支払請求を認めたものと説明されている。すなわち、「認知は、出生の時にさかのぼってその効力を生ずる」(民法784条本文)ので、生まれた時から被認知者は相続人であったと扱われ、その者を除外してされた遺産分割は効力を持たないはずであるが、他方認知の遡及効は制限される(同条ただし書)ので、遺産分割が既に終了していた場合には、分割によって取得した他の相続人の権利は害されないことになりそうである。本件規定は、その不都合を救済するため民法784条ただし書の例外として価額支払請求という解決を図ったものである(谷口知平=久貴忠彦編『新版 注釈民法(27) 相続(2) 相続の効果〔補訂版〕』(有斐閣、2013)434頁〔川井健〕)とされる。
 しかし、本件規定に基づく価額支払請求権については、具体的な内容や効果が解釈に委ねられている上、本件規定が定められて以降現在に至るまで本件規定に基づく処理につき判断の示された判例や下級審裁判例はそれほどみられず、本件の争点を含めて多数の論点について見解が対立している状況にある。
 (2) まず、判旨1の争点(価額支払請求権の遺産の価額算定の基準時)については、学説においては、①遺産分割時に相続持分が債権に転化したことを理由に遺産分割時とする見解(佐藤義彦「判批」判例評論340号(1987)193頁)、②衡平の理念等を理由に価額の支払を請求した時点とする見解(中川善之助ほか『註解相続法』(法文社、1951)148頁、市川四郎=野田愛子編『相続の法律相談 法律相談シリーズ3』(有斐閣、1972)257頁〔野田愛子〕、我妻榮ほか『民法3 親族法・相続法〔第3版〕」(勁草書房、2013))、③現実に支払がされる時に最も接着した時点であるべきことを理由に事実審の口頭弁論終結時とする見解(谷口知平=久貴忠彦編『新版 注釈民法(27) 相続(2) 相続の効果〔補訂版〕』(有斐閣、2013)438頁〔川井健〕)が見られ(なお、原告が主張していた相続開始時を基準時とする学説は見当たらない。)、②の価額の支払請求時説が学説の多数説とされている。
 また、下級審裁判例としては、②の価額の支払請求時の考え方をとるもの(東京高判昭和61・9・9判タ629号171頁)と、③の口頭弁論終結時(又は審判時)の考え方をとるもの(神戸家審昭和53・4・28家月31巻11号100頁及びその抗告審である大阪高決昭和54・3・29家月31巻11号108頁、福岡高判昭和54・12・3判タ412号148頁)とに分かれている。
 (3) 次に、判旨2の争点(価額の支払債務が履行遅滞となる時期)については、明示的に検討した文献は見当たらない。いずれも特段の解釈論を示したものではないが、神戸家審昭和53・4・28家月31巻11号100頁は、本件規定に基づく価額支払請求を家事審判事件として扱った上で「審判確定の日の翌日」を起算日とし、福岡高判昭和54・12・3判タ412号148頁は訴訟事件として扱った上で「請求の趣旨・原因拡張申立書送達の日の翌日」を起算日として認容している。

 

5 本判決の内容

 (1) 判旨1(遺産の価額算定の基準時)について
 ア 本判決は、遺産の価額算定の基準時に関して、「相続の開始後認知によって相続人となった者が他の共同相続人に対して民法910条に基づき価額の支払を請求する場合における遺産の価額算定の基準時は、価額の支払を請求した時である」として、価額の支払請求時とする見解を示した。
 その理由付けは、まず、民法910条の位置付けについて、「相続の開始後に認知された者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしていたときには、当該分割等の効力を維持しつつ認知された者に価額の支払請求を認めることによって、他の共同相続人と認知された者との利害の調整を図るものである」ことを確認した上で、「認知された者が価額の支払を請求した時点までの遺産の価額の変動を他の共同相続人が支払うべき金額に反映させるとともに、その時点で直ちに当該金額を算定し得るものとすることが、当事者間の衡平の観点から相当であるといえるからである」としている。
 イ 判旨1の理由とする当事者間の衡平の観点のうち、「認知された者が価額の支払を請求した時点までの遺産の価額の変動を他の共同相続人が支払うべき金額に反映させる」要請については、遺産の価額の変動による利益や損失を当事者の一方のみに帰属させることが相当でないとの趣旨と思われる。
 すなわち、価額の支払請求が問題となる事案においては、紛争の構造として、遺産分割後に一定の時間が経過した上で価額の支払請求がされることが多いと考えられるところ、遺産の価額が変動することは避けられない。それにもかかわらず、例えば遺産の価額算定基準時を遺産分割時に固定するとなると、価額の支払請求が問題となるまでの期間に生じた価額の上昇又は下落により、認知された者又は他の共同相続人のいずれか一方のみに利益や損失を生ずることとなって当事者間の衡平を欠く事態となると思われる。
 遺産分割の場面においても、遺産を現実に分割する段階における遺産の評価について、ほとんどの学説は、相続開始時と解するとかえって相続人間の公平を害する結果になるとして、実際に分割を実現する時点の評価に基づいて行うべきであるとしており、実務上も、原則として、分割時における遺産評価に基づいて分割が行なわれている(上原裕之ほか『リーガル・プログレッシブ・シリーズ 遺産分割〔改訂版〕』(青林書院、2014)327頁)。上記の説示は、広義の遺産分割の一態様といえる価額の支払請求にも、これと同様の問題意識が妥当することを示したものと思われる。
 なお、本件規定に基づく価額の支払請求は、例えば、相続開始後、他の共同相続人がその意思に基づき遺産を処分した場合等にも問題となり得る。この場合も、遺産の価額算定の基準時を相続開始時や遺産分割時とすると代償財産の価額とのずれが生ずることになって妥当でないと考えられるが、遺産の価額算定の基準時を価額の支払請求時とすることで、遺産の代償財産をもって評価するなどの柔軟な解釈をとることが可能となると思われる。
 ウ 判旨1の理由とする当事者間の衡平の観点のうち、「認知された者が価額の支払を請求した時点……で直ちに当該金額を算定し得るものとする」要請については、他の共同相続人が支払うべき金額を早期に算定し得るものとすることが、当事者の衡平に資するとの趣旨と思われる。
 すなわち、本件のように遺産分割協議を終えていた事案を例に考えてみると、他の共同相続人のうち、遺産の分割の協議により遺産を相続した者は、当該遺産に加えて遺産分割後の法定果実を取得し、あるいはそれを利用、処分等することにより経済的利益を得ているのに対して、認知された者には遺産についての価額の支払請求しか認められていない。したがって、認知された者が価額の支払を請求した以上、他の共同相続人としては、その時点で算定し得る金額をもって価額の支払請求に応じることが相当であり、判旨2にも関連することであるが、仮に、これに応じなければ、遅滞に陥ったものとして遅延損害金を付して支払うものとすることが衡平の観点に資するといえよう。
 遺留分減殺請求権者の価額弁償請求については、(受遺者から民法1041条1項の規定による価額弁償の意思表示を受けた遺留分権利者が受遺者に対し価額弁償を請求する旨の意思表示をした場合において、当該遺留分権利者が現物返還請求権に代わる価額弁償請求権を確定的に取得することになる)弁償金の支払を請求した日の翌日が遅延損害金の起算日となるが(最一小判平成20・1・24民集62巻1号63頁)、本件規定に基づく価額の支払請求も同様の利益状況にあることを意識したものと思われる。
 また、このように解することで、認知された者としては直ちに価額の支払を請求するとともに、他の共同相続人としても早期にその支払に応じることの動機付けとなり(仮に、事実審の口頭弁論終結時にならなければ支払うべき金額が確定せず、遅延損害金も発生しないと解する場合には、他の共同相続人としては、支払に対する動機付けを欠くことになろう。)、紛争が長期化することを避けることができるように思われる。
 (2) 判旨2(価額の支払債務が履行遅滞となる時期)について
 本判決は、価額の支払債務が履行遅滞になる時期については、「民法910条に基づく他の共同相続人の価額の支払債務は、期限の定めのない債務であることから、履行の請求を受けた時に遅滞に陥る」と説示した。
 判旨1で説示されたように、他の共同相続人が支払うべき金額は、認知された者が価額の支払を請求した時点で直ちに算定し得るものであり、価額の支払債務は期限の定めのない債務として成立している以上、履行の請求を受けた時に遅滞に陥るとして自然な結論を示したものと思われる。
 なお、原審の引用する原々審判決には、民法910条の価額支払請求権が、一種の相続回復請求権としての性質を有し、これを行使することによって、共同相続人に対し、価額支払債務を発生させるものと解されると説示する部分がある。しかし、相続回復請求権については、学説上、その性質について、①相続物を侵害から包括的に回復することを目的とする、個別的な物権的請求権とは異なる単一の特別の請求権と解する説(独立権説)と、②相続財産についての個別的請求権の集合であり、相続権の侵害を原因として生じ、かつ、消滅時効にかかる点で特色があるにすぎない権利と解する説(集合権説)があるとされるところ、判例については、集合権説を採っているとされているのであって(中川善之助=泉久雄編『新版 注釈民法(26) 相続(1)』(有斐閣、1992)85頁〔泉久雄〕、尾島明「判解」判解民平成11年度(下)(2002)536頁)、上記の原々審判決の説明と相続回復請求権に関する判例の立場との整合性については慎重な検討が必要であるように思われる。

 

6 補足

 (1) 管轄について
 論旨外事項であるが、本件規定に基づく価額の支払請求については、前提問題として、①通常の民事訴訟の手続によるべきか、②家庭裁判所の審判手続によるべきか、という点自体にも見解の対立がある。
 家事事件手続法39条(審判事項)は、「家庭裁判所は、この編に定めるところにより、別表第一及び別表第二に掲げる事項並びに同編に定める事項について、審判をする。」としているところ、これは、家庭裁判所が家事審判の手続で審判をする事項を限定列挙したものと解されている(金子修『逐条解説家事事件手続法』(商事法務、2013)122頁)。同法は、別表第一及び別表第二に民法910条の価額の支払請求を掲げていないことから、通常の民事訴訟の手続によることを前提とするものと考えられ、学説上も通常の民事訴訟の手続によるべきとするものが一般的と思われる(谷口知平=久貴忠彦編『新版 注釈民法(27) 相続(2) 相続の効果〔補訂版〕』(有斐閣、2013)440頁、岡部喜代子=三谷忠之『実務家族法講義』(民事法研究会、2006)355頁)。
 本件は、地方裁判所を原々審として訴えが提起されているところ、本判決では管轄の点を特に問題とすることなく判断がされていることから、通常の民事訴訟の手続によるべきとする上記の一般的な見解を前提としているものと考えられる。
 (2) 「価額の支払請求」について
 本件においては、Xが被相続人の財産について遺産分割後の価額の支払を求める調停を申し立て、Yらに対してその旨が通知されたことが「価額の支払請求」と評価されており、その内容はそれほど問題とされていない。
 しかし、「価額の支払請求」については、遺産の価額算定の基準時となるとともに、価額の支払債務が履行遅滞となる基準となる重要な概念である。民法910条の規定ぶりや「価額の支払請求」及び「直ちに……算定し得るもの」といった本判決の表現からすれば、典型的には、対象となる遺産や「遺産分割その他の処分」を特定するなどした上で他の共同相続人に対して具体的な金銭の支払を求めることが想定されよう。他方で、本件と異なり、何ら限定なく単に「被相続人○○の遺産の分割を請求する」といった程度ではこれに当たらないと思われ、事案によっては、その該当性について慎重に検討するべき場合もあると思われる。

 

 本判決は、民法910条に基づく価額支払請求権に関し、遺産の価額算定の基準時及び価額の支払債務が履行遅滞となる時期について、最高裁判所として初めて明示的な判断を示したものであり、相続実務に影響を与えるものであると共に、理論上及び実務上重要な意義を有すると思われるので紹介する。

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