◇SH0828◇日本企業のための国際仲裁対策(第7回) 関戸 麦(2016/10/06)

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日本企業のための国際仲裁対策(第7回)

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

 関 戸   麦

 

第7回 国際仲裁手続の序盤における留意点(1)-国際仲裁の申立て

1. 申立書の記載事項

 申立書の記載事項は、例えば、ICC(国際商業会議所)の仲裁規則では、以下のとおりとなっている(4.3項)。なお、申立書の英語での呼称はRequest for Arbitration、Notice of Arbitration等であり、仲裁機関によって異なる。

  1. ① 当事者の氏名、名称、住所及びその他の連絡先
  2. ② 仲裁において申立人(Claimant)を代理する者の氏名、名称、住所及びその他の連絡先
  3. ③ 申立てに至る紛争の性質及び状況並びに請求の根拠の記述
  4. ④ 求める救済の内容(金銭的請求については請求額、その他の請求については可能な範囲で金銭的価値の見積も付す)
  5. ⑤ 関係する全ての契約、特に仲裁合意
  6. ⑥ 請求が複数の仲裁合意に基づいてなされる場合には、それぞれの請求の根拠となる仲裁合意
  7. ⑦ 仲裁人の数、並びに、仲裁人の選任及び指名に関する全ての関係事項及び意見又は提案
  8. ⑧ 仲裁地(seat)、適用される法規及び仲裁の言語についての全ての関係事項及び意見もしくは提案

 また、申立人は、書証(exhibits)を申立書とともに提出することができる(4.3項)。

 上記①から④は、訴訟における訴状においても一般に記載が求められるものであるが、上記⑤から⑧は、国際仲裁手続に特徴的なものである。特に仲裁合意は、国際仲裁手続を進める上での根本的な拠り所になるため、上記⑤及び⑥のとおり、明示することが求められている。

 判断権者である仲裁人の選任手続に当事者が関与するというのも、仲裁手続の特徴である。仲裁人を選任する上では、仲裁人の人数(通常は1名又は3名である)が定まっていない場合には、これを定めてから、その人数の仲裁人を選任するという順序となる。契約書の仲裁条項において仲裁人の人数が定められていれば、申立書においてその旨を明示するが、定められていなければ、申立人が仲裁人の人数につき1名と3名のいずれを希望するかを申立書に記載することになる。

 前回(第6回)で述べたとおり、仲裁人が3名の場合は、申立人及び被申立人がそれぞれ1名ずつを選任し、選ばれた2名が協議の上、3人目の仲裁人を選任する。ICCの場合は、申立人は、申立書において仲裁人を1名選任しなければならない(12.4項)。

 仲裁人を申立書で選任しない場合においても、申立人は、仲裁人選任に関する意見を述べることができる。意見の対象としては、例えば、仲裁人の国籍(弁護士資格を有する国)、使用言語、専門知識等がある。

 上記⑧の仲裁地、適用される法規[1]及び仲裁の言語についても、契約書の仲裁条項において定められていればそれを記載することになるが、定められていなければ、いかなるものが望ましいかについて、申立人は申立書において意見を述べることとなる。

 このうち仲裁の言語は、通常は英語であるが、複数の言語とすることも可能である。例えば、英語と日本語を仲裁の言語とし、いずれによっても仲裁手続を進められるとすることができる。その場合、例えば、日本語の書証について英訳を作成する手間を省略することができるが、仲裁人及び代理人弁護士となれる者が、英語及び日本語のいずれもができる者に、事実上限られることになる。

 なお、日本の訴訟であれば、弁護士への委任状が、訴訟提起時の必要書類となるが、国際仲裁の申立てにおいては、弁護士への委任状は必要書類ではない。多くの場合、弁護士への委任状なく国際仲裁手続は進められるが、仲裁機関又は仲裁人はこの提出を当事者に求めることもできる(例えば、ICC規則17項は、この仲裁機関の権限を明示している)。

 

2. 申立書の提出手続

 提出する部数は、被申立人(Respondent)の数と、仲裁人の数に、事務局の分として1を加えた数である(3.1項)。例えば、被申立人が1名、仲裁人が3名の場合は、5部提出することになる。ICCの場合は、これを全て事務局に提出し(4.4項a)、事務局から被申立人に送付される。また、仲裁人の分については、その選任後に、事務局から仲裁人に送付される。

 これに対し、例えばシンガポール国際仲裁センター(SIAC)の場合には、被申立人の分は、申立人が直接被申立人に送付する(3.4項)。

 申立書及び書証の提出とともに、申立人は仲裁機関の事務局に、申立料金を納付する。その額は、ICCの場合3000米ドルである(付属規程Ⅲ・1.1項)。SIACの場合は、2000シンガポールドルである。

 なお、仲裁の開始日は、事務局が申立書を受理した日である(例えば、ICC 規則4.2項)。この日は、消滅時効又は出訴期限(statute of limitation)との関係で、重要な意味を持ちうる。

 

3. 申立書における記載の程度-最小限に留めるか、実質的な議論を展開するか

 申立書には二つの類型がある。一つは、必要最小限の記載に留めるものであり、申立書に説得力を持たせることを意図しないものである。米国の民事訴訟における訴状は、この類型に属する。この場合の申立書における意図は、主張の失権を回避すること、すなわち、申立書段階で主張していなかったとして、後で主張する機会が失われることを避けることにある。そこで、漏れなく主張をただ列記すれば、基本的に目的を達することになる。

 他の一つの類型は、実質的な議論を展開し、申立書段階から仲裁人の心証を自らに有利な方向に導くよう、説得を開始するというものである。日本の民事訴訟における訴状は、基本的に、この類型に属すると筆者は考えている。

 いずれの類型が望ましいかについて、ICCが発行している小冊子「Effective Management of Arbitration – A Guide for In-House Counsel and Other Party Representatives(仲裁の効果的な運営-社内弁護士及び他の当事者関係者のためのガイド)」[2]が論じている部分がある(17~19頁)。

 これによれば、必要最小限に留める類型のメリットとしては、申立書作成のための時間とコストが抑えられるという点が指摘されている。

 これに対し、実質的な議論を展開する類型のメリットとしては、後の主張書面の提出回数を抑えられるという点が指摘されている。また、申立書のインパクトが強まることと、争点が早期に明確になり、効率的に仲裁手続が進められることが期待できることも指摘されている。

 仲裁を申し立てる際の狙いによって、いずれの類型を選ぶかが定まる旨の指摘もある。例えば、仲裁を申し立てること自体が相手方へのプレッシャーとなり、これによって和解交渉が促進することが期待できる場合や、消滅時効ないし出訴期限が経過することを回避することに主眼を置いて仲裁を申し立てる場合には、必要最小限の類型が望ましいと述べられている。

 但し、仮に必要最小限の類型とする場合であっても、後記4のとおり、仲裁の申立てに先立ち、その後の展開を分析することが必要であり、その一環として、実質的な議論としてどのような主張ができるかを検討することになる。すなわち、申立書に実質的な議論を記載しないとしても、申立書提出前の時点で、実質的な議論は検討する必要があるということである。

 

4. 国際仲裁を申立てるか否かの判断

 言うまでもないことかもしれないが、国際仲裁を申し立てるか否かの判断は、慎重に行う必要がある。これは、民事訴訟を提起する場合と同様であり、その理由の一つとして、国際仲裁の申立てには、強いインパクトがあり、状況を(望ましくない方向にも)大きく変える可能性があるという点がある。例えば、仲裁を申し立てなければ、そのまま沈静化した案件が、仲裁申立てをすることによって、相手方からの反対請求を誘発し、結局反対請求のみが認められ、自らの請求が認められない場合がある。仲裁を申し立てて、コストと労力をかけて、結局、仲裁を申し立てなかった場合よりも損をするということである。このような事態は、避けなければならない。

 加えて、日本や米国の民事訴訟にはない特徴として、国際仲裁手続においては、相手方に生じた弁護士費用等のコストを負担させられる可能性があるという点がある。国際仲裁を申し立てた後、その申立てを取り下げることはできるが、その場合も、仲裁人の報酬、仲裁機関の管理手数料等の費用に加え、相手方に生じた弁護士費用等のコストを負担させられる可能性がある(例えば、ICC規則37.6項)。これは、かなりの高額となり得るものである。

 したがって、国際仲裁を申し立てるとの判断をする上では、①自らがどのような主張や立証をできるか、②相手方からどのような反論や、反証がありうるか、③相手方からの反対請求を誘発する可能性はないか、④自ら請求が(場合によっては、相手方からの反対請求が)、認められる蓋然性といった点を慎重に分析する必要がある。換言すれば、見通しのない国際仲裁の申立ては、避ける必要があるということである。

以 上

 


[1] 適用される法規には、申立人が主張する請求権の有無を判断する上での実体的な法規と、仲裁手続の進め方に関する手続的な法規とがある。これらは一致することもあるが、分かれることもある。例えば、実体的な法規は日本法に準拠しつつ、手続的な法規はシンガポール法に依拠することもある。

 なお、手続的な法規は、仲裁地の法規である。第5回で述べたとおり、仲裁地によって、適用される仲裁法規が定まり、その仲裁法規が仲裁手続に適用されるからである。

 

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