◇SH0879◇冒頭規定の意義―典型契約論― 第28回 冒頭規定の意義―制裁と「合意による変更の可能性」―(25) 浅場達也(2016/11/15)

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冒頭規定の意義
―典型契約論―

冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(25)

みずほ証券 法務部

浅 場 達 也

 

Ⅳ 小括

(2) 契約の拘束力の根拠

ア 法規説と合意説
 要件事実論における「冒頭規定説」に親和的な考え方として、契約の拘束力の根拠をめぐる「法規説」が挙げられる。「法規説」はこれまで裁判実務における支配的な見解と考えられてきた[1]。「法規説」の根拠として示される我妻榮博士の考え方は、次のとおりである[2]

 

「意思表示または法律行為が法律効果を生ずる根拠は、法律であるか、それとも意思であるか、問題とされる――。しかし、法律の規定なしに法律効果を生ずるという自然法原理のようなものは、認めることはできない。法律の規定なしに権利能力者なるものがないのと同様である。この意味において、法律行為の効果の根拠は法律の規定である(直接には民法91条がこれを規定する)。」

 

 また倉田卓次判事の次のような発言も「法規説」といえるだろう[3]

 

「――ぼくとしては合意に基づくそういう請求権というものを裁判によって訴求しうるようにする力はやはり法規にあると考えるので、請求権は法規からでなく、契約自体、合意そのものから出てくるという議論にはやっぱりついていけないでいるのです。」

 

 但し、我妻博士の上の引用箇所には、次のような記述が続いている[4]ので、加藤雅信教授のように、我妻博士の見解を「合意説兼法規説[5]」と捉える考え方もある。

 

「ただ、法律が法律行為に効果を認めるのは、行為者の意欲に従って効果を生じさせること(私法的自治を達成させること)が妥当だと考えるからである。この意味では、当事者の意思が法律効果の根拠だといってもよい。」

 

 こうした「法規説」に対しては、批判的な見解も存在する。次の伊藤滋夫教授の記述[6]は、冒頭規定の定義内容に合致する契約を成立させるとの「合意」が契約の拘束力の根拠であるとする点で、(「法規説」に対し、)「合意説」といえるだろう。

 

「こうした冒頭規定は、各種典型契約の一種の定義を定めた規定と考えることができる――。定義と考えるのであるから、その冒頭規定の中に当該典型契約の本質的部分が含まれていると考えることになる。しかし、このことは、その冒頭規定が当該法律効果の発生根拠となっていることを当然に意味するものではない。当該規定は、典型契約としての一種の定義規定であるということであり、法律効果は、そうした定義規定の内容に合致する当事者の当該契約を成立させる合意であると考える――。」(下線は引用者による)

 

イ 本稿からのコメント
 これまでの本稿の検討を踏まえると、「法規説」に対しては、大きな違和感を覚えるといわざるを得ないだろう。そうした違和感の理由として、次の2点が考えられる。

 第1点として、社会における契約は極めて多様であり、そうした多様な契約のそれぞれが、「合意」のみを拘束力の根拠とする条項を、大量に含んでいるという事実が挙げられる。例えば、ソフトウェア開発契約の大部分の条項の拘束力の根拠は、(それぞれに対応する法文があるわけではないので、)「合意」というしかないだろう[7]。また、例えば「株主間契約」「企業提携契約」「境界確定契約」等々の契約は、その名称から推察されるように、各条項の拘束力の根拠が、ほとんど「合意」である。すなわち、社会における契約条項の多くが、その拘束力の根拠を「合意」とする点に、まず眼を向ける必要がある。そうした中で、(おそらく比率的に限られているであろう)典型契約の拘束力の根拠も「合意」なのではないかとの疑問が当然生ずる。これに対し、「法規説」からは、なぜ典型契約の拘束力の根拠のみ「法規」なのであるかについて、十分な説明がなされていないように思われる。

 第2点として、(要件事実論の「冒頭規定説」へのコメントとして述べた部分と若干重複するが、)いわゆる「諾成的消費貸借」は、冒頭規定(民法587条)の要件に則っていないけれども、こうした「冒頭規定の要件に則っていない場合」について、「法規説」では説明することが困難なのではないかという点が挙げられる。

 外形的には、多くの金銭消費貸借契約において、「冒頭規定の要件に則る」との規律に当事者が従っているようにみえる。しかしながら、それは、「ポイント(12)」に示したように、「冒頭規定の要件に則る」ことで当事者が合意したからである。そのことは、いわゆる「諾成的消費貸借」の生成の事情をみれば明らかであろう。契約書作成者は、「法規(=冒頭規定)」の要件に則ることも可能だが、「法規の要件に則らない」(例えば【契約文例3】【契約文例4】【契約文例5】という条項を約する)という合意も可能である。そして、「なぜ契約に拘束されるのか」について考えると、(「冒頭規定がこれこれと定めているから拘束される」のではなく、)【契約文例1】という「合意」をしたから、(或いは【契約文例3】【契約文例4】【契約文例5】という「合意」をしたから)拘束されるということになる。すなわち、拘束力の根拠は、当事者の「合意」である。

 以上の2点から、契約の拘束力の根拠については、「法規説」は妥当でなく、「合意説」が支持されるべきであると考えられる。



[1] 加藤新太郎=細野敦『要件事実の考え方と実務』(民事法研究会、2002)21頁を参照。

[2] 我妻榮『新訂民法総則』(岩波書店、1965)242頁を参照。

[3] 賀集唱ほか「研究会・証明責任論とその周辺」判タ350号(1977)39頁上段の倉田卓次発言を参照。

[4] 我妻・前掲注[2] 242頁を参照。

[5] 加藤雅信・前掲第1回注[12] 『新民法大系Ⅳ 契約法』(有斐閣、2007)102頁を参照。

[6] 伊藤滋夫『要件事実の基礎――裁判官による法的判断の構造』(有斐閣、2000)266頁を参照。

[7] 前掲第14回注[1] の『モデル契約の解説』における「モデル契約」の各条項を参照。

 

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