◇SH0928◇実学・企業法務(第10回) 齋藤憲道(2016/12/15)

未分類

実学・企業法務(第10回)

第1章 企業の一生

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

Ⅲ 会社の経営基盤 

1. 経営理念

 企業が長期にわたって事業活動を行いつつ存続するためには、事業を行っている社会に受け入れられる経営理念を確立し、それを絶えず実践することが必要である。この経営理念は、企業の目的や行動規範を含み、社是・社訓・経営基本方針等[1]の形で明示されることが多い。長年存続した多くの老舗企業では、創業者や創業家の経営に対する考え方が経営理念として引き継がれ、時々の経営判断のよりどころになっている。長期間事業を継続してきた企業の経営理念には、事業を存続し、さらに生成発展するための留意事項が簡潔な言葉でまとめられ、代々の経営者に伝承されているものが多い。

 この点について、内部統制実施基準[2]は、内部統制の6つの基本的要素〔(1)統制環境、(2)リスクの評価と対応、(3)統制活動、(4)情報と伝達、(5)モニタリング(監視活動)、(6)IT(情報技術)への対応〕の中で、組織の気風を決定し組織内のすべての者の統制に関する意識に影響を与える「(1)統制環境」が、他の基本的要素の前提となるとともに、他の基本的要素に影響を与える最も重要な基本的要素であるとし、「(1)統制環境」に含まれる一般的な事項として、①誠実性及び倫理感、②経営者の意向及び姿勢、③経営方針及び経営戦略、④取締役会及び監査役又は監査委員会の有する機能、⑤組織構造及び慣行、⑥権限及び職責、⑦人的資源に対する方針と管理、を例示している。

 組織の気風とは、一般に当該組織に見られる意識やそれに基づく行動、及び当該組織に固有の強みや特徴をいい、基準では、組織の最高責任者の意向や姿勢を反映したものとなることが多いとしている。

 長年存続した企業の経営理念の中には、企業経営に対する基本的な考え方、制度作り及びその運用上の留意事項等が、創業者等による自社の言葉で示されている。経済環境の変化を何度も乗り越えて存続する企業が経営の拠り所としてきた経営理念は、現在の法制度や経営管理制度を検討する際に参考にすべきモデルである。

 中でも、日本の近江商人の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」には、企業経営の神髄が短い言葉で言い現わされている。

 

(参考)松下電器の経営基本方針 

 1918年に松下幸之助(以下、「創業者」という。)が3人で創業した松下電器が世界的な企業に育つ過程で、経営基本方針は同社の健全な発展に大きく貢献した。

A. 創業者の信念
 創業者は、1932年の不況期に、自分達が現実に人々の生活を支える物を作って売っていることに気づき、「我々のやっていることが、即、その人の利益になるという信念に生きよう」と得意先に訴えると、彼らのビジネスに対する姿勢が前向きに変わることを体験した。
 ここから、創業者は事業の真の使命を悟り、1932年5月5日に告辞・綱領の形で従業員に訴えたところ、従業員一同はこれに強い感動を覚えた。
 松下電器の設立は1918年3月7日だが、同社は、真の使命を確立した5月5日を創業記念日とした。その後、多くの社員が、人生観・社会観・世界観に深く根差した経営理念を追求する創業者の姿を見た。

〔松下電器の経営基本方針〕
 綱 領:産業人たるの本分に徹し 社会生活の改善と向上を図り 世界文化の進展に寄与せんことを期す
 信 条:向上発展ハ各員ノ和親協力ヲ得ルニ非ザレバ得難シ 各員至誠ヲ旨トシー致団結社務ニ服スルコト
 7精神:産業報国 公明正大 和親一致 力闘向上 礼節謙譲 順応同化 感謝報恩

B. 補佐役の思い
 松下電器の成長期に創業者を補佐し、後に会長を務めた高橋荒太郎(以下、「補佐役」という。)は、事ある毎に社員に経営基本方針の重要性を説いた。補佐役は別会社から松下電器に転籍して40余年勤めたが、松下に入社した時に一番感銘を受けたのは、経営基本方針が確立していたことだという。補佐役は、人は、うまくいくと安易に流れ、困難に出会うと判断に迷うが、経営基本方針に基づいて判断すれば、100点満点ではなくても合格点は取ることができる。経営基本方針の言葉は抽象的だが、各自が創意して、これを具体化する過程で人は育っていくと信じ、それを事業で実践していた。

C. 経営理念の普遍性
 ベトナム戦争終結後、北ベトナムの共産党幹部が南ベトナムにあったベトナム・ナショナル(当時)の工場を訪れた時、日本の松下電器の研修に参加したことがある現地の女子社員が松下電器の経営理念を説明したところ、同氏は共産主義思想と変わらないという感想を述べたという。

 

 企業と投資家のスタンス 

コーポレートガバナンス・コードと日本版スチュワードシップ・コード
 2014年2月に金融庁から、機関投資家に対して取組方針・実践結果の公表・報告を求める日本版スチュワードシップ・コード「『責任ある機関投資家』の諸原則[3]」が公表され、一方で、2015年6月から上場会社にコーポレートガバナンス・コードが適用された。

 両コードは、それぞれ原則を示したうえで、これを遵守するか又は実施しない場合は理由を説明(Comply or Explain)することを求めるので、対象になる企業は自社のスタンスを明確にする必要がある[4]



[1] 創業者の語録として伝承されることもある。

[2] 平成23年3月30日企業会計審議会「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」

[3] 「『責任ある機関投資家』の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫~投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すために~」

[4] 東京証券取引所の市場第1部・第2部のコンプライ・オア・エクスプレインの対象は全73原則(基本原則5、原則30、補充原則38)

 

タイトルとURLをコピーしました