◇SH0949◇最三小判 平成28年10月18日 損害賠償請求事件(木内道祥裁判長)

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 本件は、弁護士法23条の2第2項に基づく照会(23条照会)を郵便事業株式会社(本件会社)に対してした弁護士会であるXが、本件会社を吸収合併したYに対し、主位的に、本件会社が23条照会に対する報告を拒絶したことによりXの法律上保護される利益が侵害されたと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求め、予備的に、Yが23条照会に対する報告をする義務を負うことの確認を求めた事案である。

 Aは、平成22年2月、Bに対し、株式の購入代金名目で金員を詐取されたと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を提起し、同年9月、Bとの間で、BがAに対し損害賠償金を支払うことなどを内容とする訴訟上の和解をした。

 Aの代理人弁護士は、Bに対する強制執行の準備のため、平成23年9月、所属弁護士会であるXに対し、B宛ての郵便物に係る転居届の提出の有無及び転居届記載の新住所(居所)等について本件会社に23条照会をすることを申し出た。

 Xは、上記の申出を適当と認め、平成23年9月、本件会社に対し、上記の事項について23条照会をしたが、本件会社は、同年10月、これに対する報告を拒絶した(本件拒絶)。

 

 原審(判例時報2256号11頁)は、本件拒絶には正当な理由がなく、本件会社には過失があったなどとしたほか、Xは自己の事務として23条照会の権限を行使するものであり、弁護士会が、23条照会の適切な運用に向けて力を注ぎ、国民の権利の実現を図ってきたことからすれば、23条照会に対する報告を拒絶する行為は、23条照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成するなどとして、Xの請求を棄却した原々審判決を取り消し、Xの主位的請求を1万円及び遅延損害金の支払を求める限度で認容した(予備的請求については、主位的請求が一部認容されることを解除条件とするものであると解して、判断しなかった。)。

 これに対し、Yが上告受理の申立てをしたところ、第三小法廷は、上告審として事件を受理した上、判決要旨のとおり判示して、原判決中Y敗訴部分を破棄し、同部分につきXの控訴を棄却し、予備的請求に関する部分につき本件を原審に差し戻した。

 

 23条照会に対する報告を拒絶する行為が不法行為を構成するかという問題については、従来、23条照会の申出をした弁護士の依頼者(以下、単に「依頼者」という。)等が原告となった訴訟において議論されていたが、本件は、弁護士会が原告となって提訴した初めての事案であるとみられる。本件の争点は、本件拒絶に正当な理由があったか、本件会社に過失があったか、Xの法律上保護される利益(民法709条)が侵害されたかなどであったが、第三小法廷は、上告受理決定において法律上保護される利益の侵害の有無以外に関する上告受理申立て理由を排除したことから、本判決は、これらの排除された争点については何ら判断を示していない。

 従来、23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有すると明確に述べる見解は見当たらなかった(法律上保護される利益について否定的又は懐疑的な態度を示すものとして、現代民事判例研究会編『民事判例X 2014年後期』(日本評論社、2015)104頁〔山口斉昭〕、村上正子「判批」新・判例解説Watch(2015年10月)176頁、山本周平「判批」判例評論685号(2016)11~12頁等。多くの見解は、損害の発生という観点から否定的な態度を示していた。飯畑正男『照会制度の実証的研究』(日本評論社、1984)251頁、須藤典明「金融機関と弁護士会照会」銀法767号(2014)12頁、今津綾子「判批」リマークス50号(2015)125頁等)。しかし、近時、依頼者が原告となった訴訟において、23条照会に対する報告を拒絶する行為は弁護士会の権限の適正な行使を阻害するものであり、弁護士会は無形の損害を受けたと評価することもできる、「23条照会の権利、利益の主体は、弁護士法23条の2の構造上、弁護士会に属するものであり、個々の弁護士及びその依頼者は、その反射的利益として、これを享受することがある」と判示する裁判例(東京高判平成22・9・29判時2105号11頁)が現れた。そして、その後も、依頼者等が23条照会に対する報告を受けることにより得る利益は反射的利益にすぎない旨を判示する裁判例が複数現れた(東京高判平成25・4・11金法1988号114頁、福岡高判平成25・9・10判時2258号58頁等。ただし、これらの裁判例は、弁護士会の損害について積極的に踏み込んだ判示をするものではない。)。原判決は、これらの裁判例、特に上記東京高裁平成22年判決(この事件も、本件会社が転居届に関する情報の報告を拒絶した事案であった。)の判示に触発されて、前記2のとおり弁護士会の法律上保護される利益を認めたものと推測される。そして、原判決を受けて、伊藤眞「弁護士会照会の法理と運用――二重の利益衡量からの脱却を目指して」金法2028号(2015)15頁、20~21頁は、法人である弁護士会が正当な照会を拒絶されたことによる無形の損害を被ったとみる以外にないとするが、これは「あえて損害をいうとすれば」という前提で、「損害賠償の手段を通じて弁護士会照会の実効性を確保しようとすれば、この方法以外にはないと思われる。」という問題関心から導かれた議論であることに留意する必要があるものと思われる(そのほかに原判決を支持する評釈として、加藤新太郎「判批」現代消費者法31号(2016)82頁)。

 

 本判決は、23条照会の制度趣旨及び手続の構造から、弁護士会が23条照会の権限を付与されているのは飽くまで制度の適正な運用を図るためにすぎないとして、23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものではないと判示した。この判示の前提となる23条照会の制度趣旨(弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査等をすることを容易にするための制度であること。弁護士法の改正過程において、個々の弁護士に直接照会権限を与えることも検討されたが、採用されなかった[飯畑・前掲4~12頁、日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法〔第4版〕』(弘文堂、2007)159頁等]。)や手続の構造(制度の適正な運用を確保するために、照会権限を弁護士会に付与し、その権限の発動を個々の弁護士の申出に係らせながら、その申出が23条照会の制度の趣旨に照らして適切であるか否かの判断を当該弁護士会に委ねる。)についての理解は、依頼者等が原告となった訴訟に関する従来の裁判例と異なるものではない。これらの理解からすれば、本判決の考え方は自然に導かれるものであり、照会権限があるからといって、報告を受けることについて民法709条所定の法律上保護される利益があるとはいい難いものと思われる。

 本判決には、23条照会に対する報告義務と郵便法上の守秘義務との関係等について補足する岡部喜代子裁判官の補足意見と、上記報告義務に実効性を持たせることを目的として金銭給付を命ずることは不法行為に基づく損害賠償制度とは異質である旨をいう木内道祥裁判官の補足意見が付されている。

 なお、Xの予備的請求(報告義務確認請求)に係る訴えの適法性については、確認の利益等の観点から議論の余地があるところ、本判決は、原審が上記請求について何ら判断していないことなどから、上記請求に関する部分につき本件を原審に差し戻したものであり、上記訴えの適法性について何らかの判断を示したものではない。

 

 本件については、Aも、Yに対する損害賠償を請求していたが、原審は、23条照会の制度は依頼者の私益を図るために設けられたものではなく、23条照会に対する報告がされることによって依頼者が受ける利益は、上記制度が適正に運用された結果もたらされる事実上の利益にすぎない、本件拒絶が、Aの権利、利益等を害する目的でされたとは認められないから、侵害行為の態様(違法性の程度)との関係からみても、Aの権利又は法律上保護される利益が侵害されたということはできないなどとして、Aの請求を棄却すべきものとした。Aが原判決の言渡し後に死亡したことから、その相続人が上告及び上告受理申立てをしたが、第三小法廷は、上告棄却兼上告不受理決定をした(したがって、第三小法廷がAの請求に関する実体法の解釈適用等について何らかの判断を示したものではない。福田剛久ほか「最高裁判所に対する民事上訴制度の運用」判タ1250号(2007)9頁等参照)。

 この点については、依頼者等と弁護士会のいずれからの損害賠償請求も認められないことになると、23条照会の実効性が損なわれるとの議論があり得る。しかし、損害賠償請求を認めることにより照会制度の実効性を確保するという方向を目指すことの当否自体が問題となり得る(例えば、梅本吉彦「弁護士会照会制度の現代的意味」自正62巻13号(2011)14頁は、報告義務違反に対して法的制裁措置を設けると、照会先が、報告義務を履行しないことによる法的制裁の程度と報告義務を履行することにより情報の主体から受ける攻撃の程度を比較衡量し、いずれを選択するのが得策であるかという発想に陥るおそれがあり、必ずしも報告を促すための有効な方策ともいえない旨をいう。)。23条照会については、照会申出の必要性・相当性に対する審査体制の強化、照会先となる公務所又は公私の団体との協議等が進んでいるようであり(例えば、三井住友銀行は、大阪弁護士会との間で協定を締結し、債務名義に表示された債務者に係る預金口座の有無等についての全店照会に回答する運用を平成26年7月から開始し、その後上記運用をほかの一部弁護士会との間にも拡大しているとのことである。長谷川卓=木村健太郎「弁護士会照会に関する三井住友銀行の取組み」金法2022号(2015)28頁)、このような運用改善を通じて報告義務違反の事例を減らしていくことが期待される。

 

 本判決は、23条照会に対する報告を拒絶する行為が弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして不法行為を構成するかという点について、最高裁が初めて判断を示したものであり、実務的にも理論的にも重要な意義を有するものと考えられることから、紹介する次第である。

 

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