◇SH4104◇最三小判 令和4年4月19日 相続税更正処分等取消請求事(長嶺安政裁判長)

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 1 相続税の課税価格に算入される財産の価額を財産評価基本通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが租税法上の一般原則としての平等原則に違反しない場合

 2 相続税の課税価格に算入される不動産の価額を財産評価基本通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが租税法上の一般原則としての平等原則に違反しないとされた事例

 1 相続税の課税価格に算入される財産の価額について、財産評価基本通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、当該財産の価額を上記通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは租税法上の一般原則としての平等原則に違反しない。

 2 相続税の課税価格に算入される不動産の価額を財産評価基本通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、次の⑴、⑵など判示の事情の下においては、租税法上の一般原則としての平等原則に違反しない。

 ⑴ 当該不動産は、被相続人が購入資金を借り入れた上で購入したものであるところ、上記の購入及び借入れが行われなければ被相続人の相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、当該不動産の価額を上記通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になる。

 ⑵ 被相続人及び共同相続人であるXらは、上記⑴の購入及び借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続においてXらの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて当該購入及び借入れを企画して実行した。

 相続税法22条

 令和2年(行ヒ)第283号 最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決

 相続税更正処分等取消請求事件(民集76巻4号登載予定) 棄却

 原審:令和元年(行コ)第239号 東京高裁令和2年6月24日判決(金融・商事判例1600号36頁)

 第1審:平成29年(行ウ)第539号 東京地裁令和元年8月27日判決(金融・商事判例1583号40頁)

 1 事案の概要等

 ⑴ 相続税法22条は、相続税の課税価格に算入される財産の価額は原則として当該財産の取得の時における時価による旨を規定するところ、財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)1⑵は、時価は評価通達の定めによって評価した価額によるとする一方、評価通達6は、評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は国税庁長官の指示を受けて評価する旨を定める。

 ⑵ A(被相続人)は、平成21年に合計10億5500万円を借り入れてマンション2棟(以下「本件各不動産」という。)を合計13億8700万円で購入し、平成24年に94歳で死亡した。共同相続人の一部であるXら(上告人ら)は、本件各不動産の価額を評価通達の定めによって合計約3億3400万円と評価し(以下、この価額を「本件各通達評価額」という。)、課税価格の合計額を約2800万円、相続税の総額を0円とする相続税の申告書を提出した。上記の購入及び借入れ(以下「本件購入・借入れ」という。)がなければ、Aからの相続に係る相続税の課税価格の合計額は6億円を超えるものであった。

 これに対し、札幌南税務署長は、本件各不動産の価額は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるとして、評価通達6により、本件各不動産の価額を別途実施した鑑定により合計12億7300万円と評価し(以下、この価額を「本件各鑑定評価額」という。)、これを基礎として、課税価格の合計額を約8億8900万円、相続税の総額を約2億4000万円とする更正処分(以下「本件各更正処分」という。)等をした。

 ⑶ 本件は、Xらが、Y(国、被上告人)を相手に、本件各更正処分等の取消しを求めた事案である。

2 訴訟の経過

 原審は、本件各不動産の価額について、評価通達の定める方法により評価すると実質的な租税負担の公平を著しく害し、相続税法の趣旨及び評価通達の趣旨に反することになるなど、評価通達に定められた方法によることが不当な結果を招来すると認められるような特別な事情があるといえるから、他の合理的な方法によって評価することが許されると判断した上で、本件各鑑定評価額は本件各不動産の時価であると認められるからこれを基礎とする本件各更正処分は適法であるとした。

 これに対し、Xらが上告受理申立てをしたところ、最高裁第三小法廷は、本件を上告審として受理した上で、判決要旨のとおり判断し、本件各更正処分は適法であるとしてXらの上告を棄却した。

3 説明

⑴ 問題の所在

 本件の争点は、評価通達の定める方法により評価した額(以下「通達評価額」という。)を上回る額を相続財産の価額としてされた更正処分の適否である。この点については、評価通達6にいう「著しく不適当と認められる」場合に当たるか否かの問題として、その趣旨や制定経緯から論じられることもあるが、課税処分の適法性は、飽くまでも法令に照らして判断されるべきであり、通達の解釈から結論が導かれるものではない。本判決が評価通達6の意味内容について何ら触れるところがないのも、そのためであると考えられる。上記の争点について判断するためには、通達評価額が相続税法との関係においてどのような意味を持つのかを検討する必要がある。

⑵ 裁判例、学説等の状況

 従来の下級審裁判例は、特定の納税者についてのみ通達評価額によらないことは原則として許されないが、「特別の事情」があるときは他の合理的な方法によって評価した額によることができるなどとしていた(例えば、東京地判平4・3・11・判時1416号73頁)。もっとも、この「特別の事情」の位置付け(相続税法22条の「時価」該当性の問題か、平等な取扱いの問題か等)は必ずしも明らかでなく、具体的にどのような事情がこれに当たるのか(通達評価額と実勢価格等とのかい離か、当該財産を取得した経緯や目的か等)も明確ではなかった(山田重將「財産評価基本通達の定めによらない財産の評価について」税大論叢80号(2015)144頁は、裁判例には、通達評価額と時価により近似する価額との客観的なかい離を重視するものと、経済的合理性の欠如する行為が租税回避目的でされたことを重視するものがあると分析する。)。原審も、「特別の事情」の存否を問題とするが、本件各鑑定評価額と本件各通達評価額とのかい離が大きいことを重視するようにも見える一方、AやXらに租税負担減免の意図があったこと等にも触れるなどしており、その説示からは、上記の点をどのように考えているのかが必ずしも明らかでない。

 このような裁判例に対しては、①客観的な時価に影響しない財産取得の経緯や目的を考慮すべきでない、②通達評価額が実勢価格を大幅に下回る事態は広く生じているから特定の納税者についてのみ別異に取り扱うのは不平等であるといった批判があり、「特別の事情」の具体的内容についても様々な見解が示されていた。しかしながら、原則として通達評価額によるべき理論的根拠や、例外を認めるべき理由といった前提の部分について共通の理解がないこともあり、議論は必ずしもかみ合っていなかったように思われる。

⑶ 本判決の考え方

 ア 本判決は、まず、通達評価額と相続税法22条の「時価」との関係につき、時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうとした上で、更正処分の基礎とされた相続財産の価額が客観的な交換価値としての時価を上回るものでない限り、通達評価額を上回っていたとしても、同条に違反するものではないとした。これは、課税庁の主張額が客観的な交換価値としての時価を上回れば、その限度で更正処分は同条に違反するものとして当然に違法となり、課税庁はその主張額が時価を上回らないことを主張立証する必要があることを前提とするものと解される。

 Xらは、通達評価額を上回る価額によることは原則として同条に違反すると主張していたが、本判決は、評価通達が行政規則である通達にすぎず国民に対し直接の法的効力を有しないことを理由に、これを否定した。固定資産税については、課税標準となる登録価格が固定資産評価基準によって決定される価格を上回る場合には、客観的な交換価値としての適正な時価を上回るか否かにかかわらず、登録価格の決定は違法となるとされているが(最二小判平25・7・12・民集67巻6号1255頁)、これは、固定資産評価基準が地方税法に基づいて定められ、これによって価格を決定することが同法上も予定されているためである。本判決は、このような法律上の仕組みを前提としない評価通達については、固定資産評価基準と同様に解することはできないとするものであろう。

 そして、本判決は、原審において、課税庁の主張額(本件各鑑定評価額)が本件各不動産の客観的な交換価値としての時価である(すなわち、時価を上回らない)とされていることから(これは原審の専権に属する事実認定の問題であり、本判決は原審の認定を前提としている。)、当該価額が本件各通達評価額を上回るからといって相続税法22条に違反するものということはできないとした。

 以上のとおり、本判決は、相続税法22条の「時価」との関係では、専ら課税庁の主張額が客観的な交換価値としての時価を上回るものでないかが問題となり、通達評価額との多寡は問題とならない(したがって、「特別の事情」といったものが問題となる余地もない)とするものである。このことは、当然の理ともいえるが、従来の下級審裁判例においては必ずしも明確でなかったように思われる。なお、課税庁の主張額が時価を上回るか否かは上記のとおり事実認定の問題であり、この点が事実審において争われる場合には、裁判所は、課税庁の主張額の根拠とされる鑑定等の合理性、信用性を吟味して、適切に判断すべきことになる。

 イ 次に、本判決は、課税庁が評価通達に従って画一的に相続財産の価額の評価を行っていることを指摘し(このことは公知の事実であるとしている。)、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、租税法上の一般原則としての平等原則に違反するものとして違法となるとする。これは、評価通達が国民に対し直接の法的効力を有しないとしても、これに従った画一的な評価が現に行われている以上、課税庁が恣意的にこれと異なる評価を行って納税者を不利益に取り扱うことは許されず、納税者は、相続税法22条違反(課税庁の主張額が時価を上回ること)とは別個の違法事由として、上記の平等原則違反(課税庁の主張額が通達評価額を上回ること)を主張することができるとするものと解される。

 その上で、本判決は、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を通達評価額を上回る価額によるものとしても上記の平等原則に違反しないとする(判決要旨1)。ここで「特別の事情」ではなく「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」としているのは、原則として通達評価額によるべき根拠が上記の平等原則にあり、その例外も同原則から導かれるべきことを踏まえ、位置付けや内実が明確でない「特別の事情」という用語を避けて、事柄の性質に応じた表現としたものであろう。このような事情を網羅的、一般的に整理することは性質上困難であるが、実質的な租税負担の公平を問題とする以上、通達評価額によることが他の納税者との間の租税負担の均衡を害することになる事情に限られるというべきであり、そのような事情に当たるか否かを具体的に検討する必要があると考えられる。なお、上記事情については、処分の適法性を基礎付ける事実として、課税庁側が主張立証責任を負う(課税庁には通達評価額によるか否かについての裁量はなく、上記事情が主張立証されない限り、更正処分は違法となる)ものと解される。

 ウ そして、本判決は、上記の平等原則違反につき事案に即した検討を行い、まず、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるといえるとしつつ、このことは「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」に当たらないとする。前記⑵のとおり、原審は上記かい離を重視するようにも見えるが、実質的な租税負担の公平という観点からは、同様のかい離は類似の不動産にも広く存在し得る以上、これを相続する潜在的な他の納税者と同じく通達評価額によったとしても租税負担の均衡が害されることはなく、むしろ、当該納税者についてのみ通達評価額を上回る価額によることは不合理というべきである(このようなかい離は、本来、評価通達の見直し等によって解消されるべきものといえる。)。本判決は、このような観点から、たまたま相続した不動産の通達評価額が実勢価格ないし課税庁が実施した鑑定による評価額を大きく下回るとしても、これを理由に通達評価額を上回る価額によることは上記の平等原則に違反し許されないとするものと考えられる。

 他方、本判決は、①本件購入・借入れの結果、通達評価額によるとXらの相続税の負担が著しく軽減される上、②本件購入・借入れが租税負担の軽減をも意図して行われたことを指摘し、このような場合に通達評価額によることは、当該行為をせず、又はすることのできない他の納税者との間に著しい不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるといえるとし、本件各不動産の価額を通達評価額を上回る価額とすることは上記の平等原則に違反しないとする(判決要旨2)。上記①②に当たる場合には、本件購入・借入れのような行為を行わない潜在的な他の納税者と別異に取り扱われることにも合理的な理由があるといえよう。この判示は、一定の行為がされた結果、通達評価額によると客観的に租税負担が著しく軽減されることを前提に、当該行為が租税負担の軽減をも意図して行われたものであることを指摘するものであり、主観的な意図があれば直ちに例外を認める趣旨ではないと解される。本判決は、具体的な租税負担の軽減の程度につき形式的な基準を示していないが(このような基準をあらかじめ設定することは理論的に困難である。)、軽減される相続税の額やその割合が総合的に考慮されているものと思われる。また、本判決は、原審の認定事実に基づき、本件購入・借入れが租税負担の軽減をも意図したものといえるとしたが、上記の意図の存在が事実審において争われる場合、裁判所は、当該不動産の購入時期、購入原資、利用状況等の事情を総合的に考慮してその存否を認定することになろう。

 なお、ここで問題となっているのは、時価に係る事実の(平等な)認定であり、いわゆる租税回避行為の否認ではない(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂、2021)138頁参照)。本判決が、上記の判断に当たり、否認の根拠規定の有無や本件購入・借入れの経済的合理性等を問題としていないのは、そのためであると考えられる。

 エ 本判決は、相続税の課税価格に算入される不動産の価額が問題となった事例に関するものであるが、その判断枠組み(相続税法22条の「時価」の問題と上記の平等原則の問題との区別)や、当該価額を通達評価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反しない場合についての法理判断(判決要旨1)は、相続財産一般に妥当する。また、本件事案に即した判示(判決要旨2)は、事例判断ではあるが、その考え方は不動産以外の相続財産が問題となる事案においても参考になるものと思われる。

4 本判決の意義

 本判決は、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、原則として通達評価額によるべき根拠が租税法上の一般原則としての平等原則にあること(相続税法22条の「時価」との関係では課税庁の主張額が当該財産の客観的な交換価値を上回るか否かのみが問題となること)を明確にし、通達評価額を上回る価額によるものとすることが同原則に違反しない場合を一般的に判示した上、具体的な事例に即した判断を示したものであり、同種事案における審理判断の枠組みを明らかにするものとして、理論上も実務上も重要な意義を有すると考えられる。

 

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