◇SH1006◇日本企業のための国際仲裁対策(第24回) 関戸 麦(2017/02/09)

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日本企業のための国際仲裁対策(第24回)

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第24回 国際仲裁手続の序盤における留意点(18)-Terms of Reference

1. Terms of Referenceとは

 Terms of Referenceは、日本語では「付託事項書」と訳される。これは、仲裁手続の枠組み(framework)を、仲裁手続の序盤の段階で定めるものである。ICC(国際商業会議所)における特別の制度と言われているが、JCAA(日本商事仲裁協会)においても、2014年の規則改正において、「仲裁廷は、効率的な審理を実現するため相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、当事者が仲裁廷に判断を求める事項および主たる争点を記載した付託事項書を作成することができる」との規定が設けられた(JCAA規則40条2項)。

 Terms of Referenceの記載事項は、ICC規則によれば、次のとおりである(23.1項)。

  1. ➢ 当事者及び代理人の氏名、住所及び連絡先
  2. ➢ 仲裁手続における通知及び連絡の宛先となる住所
  3. ➢ 当事者の請求の概要、及び、求める救済の概要(金銭的請求については請求額、その他の請求については可能な範囲で金銭的価値の見積りも付す)
  4. ➢ 判断すべき争点の一覧(但し、仲裁廷がその記載を不適切と判断したときは除く)
  5. ➢ 仲裁人の指名、住所及び連絡先
  6. ➢ 仲裁地
  7. ➢ 適用される手続の項目、仲裁廷に衡平と善に基づき判断する権限が付与されている場合にはその権限

 なお、上記の「適用される手続の項目」については、ICCから発行されている「The Secretariat’s Guide to ICC Arbitration(2012 Edition)」という書籍によれば、基本的な点に限って記載されることが望ましいとされている(247頁)。その理由は、手続に関する詳細な事項は、事後的に修正される可能性があるため、別途作成されるProcedural Order等(前回(第23回)の2項参照)において定める方が望ましいという点にある。Procedural Order等は、仲裁廷の権限によって修正可能であるが、Terms of Referenceは、そのような修正が予定されていない。

 Terms of Referenceにおいて記載されるべき基本的な点とは、ICCから発行されている上記書籍によれば、何年版のICC規則が適用されるかという点[1]、仲裁手続における使用言語、守秘義務に関する定めといったものである(247頁)。

 以上の記載事項に関するICC規則の定めは、最低限の記載事項について定めたものであり、その他の記載事項を排除するものではない。ICCから発行されている上記書籍によれば、例えば次の事項についても、Terms of Referenceに記載することが考えられる(249頁)。

  1. ➢ 現時点までの仲裁手続の経緯
  2. ➢ 現時点までに仲裁廷から発せられている命令の内容
  3. ➢ 準拠法の定め

 

2. Terms of Referenceの拘束力

 Terms of Referenceには、仲裁廷と、全ての当事者双方が署名することが予定されている(ICC規則23.2項)。

 一定の拘束力があり、具体的には、当事者は、Terms of Referenceの範囲を超える、新たな請求を行うことが原則としてできなくなる(ICC規則23.4項)。但し、仲裁廷が、新たな請求の性質、仲裁手続の進行段階、その他関連事情を考慮の上、認めたときはこの限りではない(同項)。

 

3. Terms of Referenceの機能

 Terms of Referenceの機能としては、次のものがあると言われている。

 第1に、仲裁手続における、仲裁廷及び当事者双方にとっての指標となり、議論が拡散することを防ぐ。

 第2に、仲裁人が早期に、事案全体を検討する契機となる。そして、争点整理が早期に進む契機ともなりうる。その場合、当事者がその後の主張立証を、重要な点に絞って効果的に行うことが期待できる。

 第3に、和解の契機となることもある。すなわち、争点が整理されることを通じて、また、当事者双方が、仲裁廷と共に協力しながらTerms of Referenceを作成することを通じて、和解の機運が生じる可能性がある。

 第4に、管轄(仲裁合意)の存在が、後に否定される可能性を低減できる。すなわち、例えば、当事者双方が署名をした仲裁合意書が存在しない場合において、Terms of Referenceに当事者双方が署名をした場合には、Terms of Referenceが仲裁合意の存在を証明する有力な証拠となる。その結果、後に仲裁判断が、仲裁合意の不存在を理由として取消されるなどの可能性が低減される。

 

4. Terms of Referenceの作成手続

 ICC規則は、仲裁廷に対し、ICC事務局から一件書類を受領した後できる限り速やかに、当事者双方の提出書面等に基づきTerms of Referenceを作成することを求めている(23.1項)。

 但し、実務的には、仲裁廷のみで作成するのではなく、当事者双方と協議しながら作成が進められる。Terms of Referenceのドラフトを仲裁廷が作成し、これに対し当事者双方の意見を求めることが多いが、仲裁廷がTerms of Referenceの項目のみを定め、その具体的な記載は当事者に求めるという形式で、ドラフト作業が進められることもある。

 Terms of Referenceの内容を固めるために、仲裁廷及び当事者双方との間で、電話会議又はテレビ会議が設定されることもある。さらに、直接会う形での会議(face-to-face meeting)が設定されることもある。

 このような会議では、Terms of Referenceとともに、前回(第23回)において述べた審理スケジュールも、協議対象となることが一般的である。

 Terms of Referenceの内容が固まると、これに仲裁廷及び当事者双方が署名をする(23.2項)。この署名済のものは、ICCに送付される。この送付には期限があり、一件書類が仲裁廷に送付されてから2か月以内とされている(同項)。

 いずれかの当事者がTerms of Referenceへの署名を拒否した場合、ICC[2]がTerms of Referenceを承認するか否かの判断をする(ICC規則23.3項)。この承認がなされれば、Terms of Referenceは成立し、前記2の拘束力を持つことになる(ICC規則23.4項)。

以 上



[1] 仲裁規則は改正されるところ、ICC規則は、原則として、仲裁手続開始時を基準に、適用が決まる(6.1項)。したがって、仲裁手続開始後にICC規則が改正されたとしても、当該改正は原則として、当該仲裁手続に影響を及ぼさない。但し、当事者が別途合意した場合には、その合意に従う。

[2] 判断をするのは、ICCのCourtと呼ばれる組織(第5回の4項参照)である。

 

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