インドネシア:信託譲渡担保の実行手続に関する合憲性判断
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 福 井 信 雄
1. はじめに
インドネシアで動産に担保権を設定する場合、信託担保法(1999年法第42号)に基づく信託担保(fiducia)が制度として用意されている。信託担保とは、債務者が担保対象物を債権者に担保目的で譲渡し、債権者の委託を受けて当該担保対象物の占有を保持する被占有担保であり、担保設定者が占有及び使用を継続しながら担保権を設定することができることから、実務上も広く利用されている。信託担保権の設定には、信託譲渡証書の作成及び登記所での登録が必要で、信託譲渡証書が登記所にて受理されると信託譲渡証明書が発行され同日信託譲渡の効力が生じる。日本における動産譲渡登記に類似の制度と言える。
この信託担保は、典型的にはファイナンス会社がオートローンやバイクローンを提供する際に、自動車や二輪車に対して信託担保を設定し、ローンの弁済が滞った場合には、信託担保権を実行することで債権の回収を図るといった使い方がなされている。
今般、かかるファイナンス会社の実務に対して大きな影響が予想される憲法裁判所の判決が出されたことから本稿で概要を紹介する。
2. 信託担保の実行手続
信託担保法においては、信託譲渡証書は、裁判所の確定判決と同等の執行力を有し、債務者に債務不履行があった場合には、担保権者はその権限に基づき担保対象物を売却することが出来る旨規定されている(同法第15条第2項及び第3項)。すなわち、担保権者は、信託譲渡証書を確保しておけば、裁判所での手続を一切経ることなく、担保対象物を私的に売却し、そこから債権を回収することが認められている。
これは担保権者にとっては非常に使い勝手の良い担保権である一方で、実務上は、債務者に債務不履行が発生したことを担保権者が一方的に認定して信託担保権の実行を専行してしまうことが常態化してしまい、その結果、債務者の保護が十分に図られていないという弊害が生じていた。
3. 違憲判決の内容
この点に関する信託担保法第15条第2項及び第3項の合憲性が争われていた憲法裁判所の判決が2019年12月に出された。同判決では、債務不履行が発生しているかどうかについて、担保権者と債務者との間で争いがある場合には、債務不履行の発生について裁判所の判決を取得しない限り、担保権者が独断で信託担保権を実行することは認められないという判断を下した。
4. 評価
今回の憲法裁判所の判決は、法解釈としては極めて妥当な判断であると考えられる。信託担保法の条文解釈として、「債務不履行が生じた場合には」信託譲渡証書に基づき担保実行ができると規定されており、担保実行するための前提となる債務不履行の存否の判断まで担保権者が独断で行うことができるという解釈は合理的とは言えないからである。これまでの実務の運用では、担保権者と債務者との間の力関係の問題もあり、担保権者の独断で担保実行が行われてしまうという実態があったが、今後、債務者が債務不履行の存否を争う姿勢を見せれば、担保権者は裁判で確定判決を取らなければ担保実行ができないことになる。これによって、担保実行に必要な時間とコストの増加が見込まれることになり、特にファイナンス会社のオートローンやバイクローン事業に与える影響は小さくないと予想されるが、法に則った適正手続の実現という観点からは積極的に評価すべき判決と言える。