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本件の事案の概要等は、以下のとおりである。
Xは、児童買春をしたとの被疑事実に基づき、平成26年法律第79号による改正前の児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反の容疑で平成23年11月に逮捕され、後日罰金刑に処せられた。
Xが上記容疑で逮捕された事実(本件事実)は逮捕当日に報道され、その内容の全部又は一部がインターネット上のウェブサイトの電子掲示板に多数回書き込まれた。Xの居住する県の名称及びXの氏名を条件として世界最大のシェアを占める検索事業者Yの提供する検索サービスを利用すると、関連するウェブサイトにつき、URL並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋(URL等情報)が提供されるが、この中には、本件事実等が書き込まれたウェブサイトのURL等情報(本件検索結果)が含まれる。
本件は、Xが、Yに対し、人格権ないし人格的利益に基づき、本件検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てをした事案である。
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原審は、X主張の多岐にわたる被保全権利の主張を名誉又はプライバシーに基づく削除請求権(差止請求権)に帰着するものと解した上で、これらの被保全権利及び保全の必要性をいずれも否定して、Yに対して本件検索結果の削除を命ずべきものとした原々決定及び仮処分決定をいずれも取り消し、Xの申立てを却下する旨の原決定をした。
原決定に対してXが抗告許可の申立て等をしたところ(原審が抗告を許可した。)、第三小法廷は、決定要旨のとおり判断し、本件においてはXの本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえないとして、Xの抗告を棄却した。
なお、本件は、いわゆる「忘れられる権利」と関連して取り上げられることが多いが、我が国においてこの用語は論者により多義的に用いられていることに注意を要する。本件においてXの主張した「忘れられる権利」の実質はプライバシー侵害の主張を具体化したものに帰着する内容であり、許可抗告において独立の論旨として取り上げられなかったことから、本決定の中ではいわゆる「忘れられる権利」について何ら言及されていない(抗告許可の申立てと並行提起した特別抗告においてXは憲法13条違反の主張をしたが、本決定と同一日に、いわゆる例文により抗告棄却決定がされている。)。以下では、プライバシーに基づく検索結果の削除の可否の点に絞って解説する。
3
近年、インターネット関連事件の件数は増加の一途をたどっており、関述之「平成27年度の東京地方裁判所民事第9部における民事保全事件の概況」金法2044号(2016)30頁によれば、東京地裁保全部における仮の地位を定める仮処分中に占めるインターネット関連事件の占める割合は平成23年以降常に60%を超えており、平成27年は65%近くに達しているという。誰でもいつでも端末を通じてインターネットに接続でき、情報が容易に拡散する現代の高度情報化社会の中で、個々の発信者等に対して人格的な権利利益を侵害する情報の削除を求める事案とともに、検索事業者に対して検索結果等の削除を求める事案がみられるようになった。検索事業者に対して検索結果等の削除を求める事案における国際的動向や下級審判例の状況は宇賀克也「『忘れられる権利』について――検索サービス事業者の削除義務に焦点を当てて」論究ジュリ18号(2016)24頁に詳しいが、我が国の高裁レベルの裁判例は、以下のとおり三つの判断枠組みに分かれる状況であり、最高裁による判断の統一が求められていた。
平成20年代中頃までは、検索事業者は飽くまでも媒介者であって、媒介内容について検索事業者は原則として責任を負わず、法的責任を負うとしても二次的なものであるなどとして検索事業者が法的責任を負う場合を限定的、補充的に考える判断枠組みが有力であった。最近でも、東京高判平成25・10・30公刊物未登載(集団で重大犯罪を起こした団体への過去の所属歴)、札幌高決平成28・10・21公刊物未登載(詐欺等を犯して執行猶予付き懲役刑を受けた前科等)等がみられる。
平成20年代中盤以降は、北方ジャーナル事件大法廷判決(最大判昭和61・6・11民集40巻4号872頁)やノンフィクション「逆転」事件判決(最三小判平成6・2・8民集48号2号149頁)等出版メディアの領域で集積されてきた判例法理の判断枠組みに基づいた判断をした裁判例が増えている傾向にある。
もっとも、比較衡量論の枠組みを採用する裁判例の中でも、更に2つの枠組みに分かれる。
第1に、比較衡量の結果、プライバシーに属する事実を公表されない利益が優越するとされる場合には、原則として削除請求権を肯定するというものがある。最近のものとして、東京高決平成29・1・12公刊物未登載(暴走族所属歴)や、大阪高判平成27・2・18公刊物未登載(迷惑防止条例違反〔盗撮〕で執行猶予付き懲役刑を受けた前科等)がある。
第2に、「石に泳ぐ魚」事件控訴審判決と同様に、比較衡量に当たり、被害の明白性、重大性や回復困難性等をも考慮要素として加えるものがある。本件の原決定はこの類型の一種であり、同様の判断枠組みを採った最近のものとして、東京高判決平成26・1・15公刊物未登載(上記東京高判平成25・10・30と同じ団体への所属歴)等がある。
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現在、一般的に用いられているロボット型検索エンジンは、①インターネット上のウェブサイトに掲載されている無数の情報を網羅的に収集してその複製(キャッシュ)を保存し、②この複製を元にした検索条件ごとの索引(インデックス)を作成するなどして情報を整理し、③利用者から示された一定の検索条件に対応するURL等情報を上記索引に基づいて検索結果として提供するという3段階の情報処理を経るという仕組みであり、本決定が簡潔に判示したとおりである。
このような検索エンジンの情報処理手順は、検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った検索結果を得ることができるように設計作成されたものであることに鑑みると、検索事業者自身の表現行為という側面があることを否定し難いところであり、人格的な権利利益と検索事業者の表現行為の制約との調整が必要となる。また、インターネットの利用者がある程度限定されていた時代であればともかく、検索事業者による検索結果の提供は、現代社会におけるインターネット上の情報流通基盤として、一層大きな役割を果たすようになっている。
そして、検索事業者の媒介者論を採らずに印刷メディアの伝統的な法理を出発点とするにしても、「石に泳ぐ魚」事件の上告審判決である最三小判平成14・9・24集民207号243頁(判タ1106号72頁)は、控訴審が差止めを認めた結論を「違法でない」と判示したにとどまり、控訴審の示した差止めの要件に関する法理を積極的に是認したといえるものではない上、原決定のように、被害の明白性、重大性や回復困難性にとどまらず、検索サービスの性格や重要性等も考慮要素として取り込む判断枠組みを採ることは、人格的な権利利益の保護範囲を事実上切り下げることになることが懸念される。
本決定は、以上のような点を踏まえ、印刷メディアの伝統的な法理に沿った比較衡量の判断枠組みを基本としつつ、削除の可否に関する判断が微妙な場合における安易な検索結果の削除は認められるべきではないという観点から、プライバシーに属する事実を公表されない利益の優越が「明らか」なことを実体的な要件として示したものと思われる。
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検索事業者が提供する検索結果は、あるウェブサイトに関し、その所在を識別するURLのほか、当該ウェブサイトの表題(タイトル)及び抜粋(スニペット)で構成されるのが一般的であるが、本決定は、これらを一体として削除しようとする典型的な場面を想定した判断枠組みを示している。その背後には、検索事業者の提供する検索結果の中核的部分は飽くまでも収集元ウェブサイトの所在を識別するURLであり、表題や抜粋は収集元ウェブサイトの掲載内容を推知させる参考情報にとどまるという認識があり、利用者の収集元ウェブサイトへのアクセスを遮断させるために必要な要件という観点から、出版メディアとの共通点や相違点を踏まえた考慮要素が列挙されたものと思われる。
本決定の列挙した考慮要素の検討に当たっては、収集元ウェブサイトの内容を吟味することを要するが、当該内容は、ロボット型検索エンジンの一般的な仕組みに照らすと、検索結果の内容から容易に推認可能なことが多いであろう。もっとも、収集元ウェブサイトの内容について個別に主張、立証することを本決定が否定するものではないと思われる(本決定ではその種の主張、立証はなかったことがうかがわれる。)。
以上の点に関し、我が国においては、従前、表題や抜粋(のみ)の削除の可否と、URLの削除の可否を分け、URLの削除には厳しい限定を付する議論が有力であったが、URLのみの検索結果を散在させることは、かえって利用者の関心を惹いて収集元ウェブサイトへのアクセスを助長する結果ともなりかねず、問題があるように思われる。本決定が、削除対象を「URL等情報」としたのは、このような考慮があったものと思われる。
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本決定は、検索事業者に対し、自己のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果から削除することを求めるための要件について、統一的な判断枠組みを初めて示したものである。本決定は国内外で広く報道されているほか、本決定の示した判断枠組みは裁判内外の実務に大きな影響を及ぼすものであり、理論上及び実務上、重要な意義を有するものと思われるので、紹介する次第である。
なお、本件以外に、検索事業者に対し、検索結果又はその前提となる検索条件の予測(サジェスト)の削除や損害賠償を求める本案訴訟の上告・上告受理申立て事件が4件第三小法廷に係属していたが、いずれも本決定と同一日に上告棄却・不受理決定がされ、各原告の請求を棄却すべきものとした判決が確定している。