1 事案の概要
本件は、宮崎県北諸県郡高城町(平成18年1月1日以降は合併により宮崎県都城市高城町。以下、合併の前後を通じて「高城町」という。)に設置された産業廃棄物の最終処分場を事業の用に供する施設として、宮崎県知事がZに対してした産業廃棄物処分業及び特別管理産業廃棄物処分業(以下「産業廃棄物等処分業」という。)の各許可処分及び各許可更新処分につき、高城町ほかの周辺地域に居住するXらが、Yを相手に、上記各許可処分の無効確認及びその取消処分の義務付け並びに上記各許可更新処分の取消しを求めた事案である。
2 本件の事実関係
産業廃棄物及び特別管理産業廃棄物(以下「産業廃棄物等」という。)の収集、運搬及び処理等を目的とする株式会社であるZは、宮崎県知事から産業廃棄物処理施設の設置に係る許可を受け、平成17年8月23日、産業廃棄物等の埋立処分を行う施設である最終処分場を高城町内に設置した(以下、これを「本件処分場」という。)。上記の設置許可に係る申請の際、Zは、本件処分場の設置が周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類(以下「本件環境影響調査報告書」という。)を申請書の添付書類として提出した。
産業廃棄物処理施設において産業廃棄物等の処分業を営むためには、施設の設置に係る許可のほか、処分業に係る許可を受けることが必要である。そこで、Zは、本件処分場を事業の用に供する施設とする処分業に係る許可の申請をし、宮崎県知事から、平成17年10月25日に産業廃棄物処分業の許可処分を、同年11月30日に特別管理産業廃棄物処分業の許可処分を受け(以下、上記各許可処分を「本件各許可処分」という。)、また、その5年後である平成22年には、上記各許可に係る許可更新処分をそれぞれ受けた(以下、上記各許可更新処分を「本件各更新処分」という。)。
本件は、本件処分場の周辺住民であるXらが本件各許可処分の無効確認及びその取消処分の義務付け(以下「本件各許可処分の無効確認等」という。)を求めて提起した第1事件と、その係争中に本件各更新処分がされたことによりXら(第1事件の原告ら13名のうち1名を除く。)がその取消しを求めて提起した第2事件から成り、これらは1審において併合審理された。なお、Zは、1審から、行政事件訴訟法22条1項に基づく訴訟参加をしている。
Xらのうち、X1を除く12名(以下「Xら12名」という。)は、いずれも高城町に居住し、その居住地は本件処分場の中心地点から約1.8㎞の範囲内の地域に所在していたのに対し、X1は、都城市花繰町に居住し、その居住地は上記地点から少なくとも20㎞以上離れていた。また、Xら12名の居住地は、いずれも、本件環境影響調査報告書において調査の対象とされた地域(調査対象地域)に含まれていたのに対し、X1の居住地はこれに含まれていなかった。
以上の事実関係の下で、1審及び原審は、Xらは本件各許可処分の無効確認等及び本件各更新処分の取消しを求める原告適格を有しないとして、その訴えを却下すべきものとした。
原判決に対し、Xらが上告受理の申立てをしたところ、最高裁第三小法廷は、これを受理し、Xら12名については原告適格を有するものとして、この部分に係る原判決を破棄して1審に差し戻し(民訴法326条1号、307条)、他方、X1については原告適格を有しないとして、その上告を棄却した。
3 説明
取消訴訟の原告適格について定める行政事件訴訟法9条1項にいう「当該処分・・・・・・の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解するのが確立した判例理論である(最三判昭53・3・14民集32巻2号211頁、判タ360号132頁、最三判平4・9・22民集46巻6号571頁、判タ801号83頁等参照)。そして、処分の相手方以外の者について法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては、平成16年の行政事件訴訟法改正により新設された同条2項において、当該法令の趣旨・目的、当該処分において考慮されるべき利益の内容・性質を考慮すべきものとされており、この改正後の最大判平17・12・7民集59巻10号2645頁(判タ1202号110頁・小田急事件判決)は、同項の規定に沿って、関係法令の趣旨・目的を参酌し、当該処分により害される利益の内容・性質等を勘案して、原告適格の有無に関する柔軟な解釈を示しているところである。
本件で問題とされている産業廃棄物処理施設の周辺住民の原告適格については、これまでに最高裁における判断例がなく、類似の論点として、産業廃棄物処理施設の設置に係る不許可処分の取消訴訟について当該施設の周辺住民が補助参加をすることができるかに関し、民訴法42条にいう「訴訟の結果について利害関係を有する第三者」に当たるとして補助参加の利益を認めた最三決平15・1・24集民209号59頁があるのみであった。そのような中で、下級審裁判例は、最終処分場や焼却施設等の中間処理施設につき、施設の周辺住民の原告適格を肯定する傾向にあった。
本判決は、行政事件訴訟法9条の規定及び従来の最高裁判例における判断の枠組みを踏まえ、①本件各許可処分及び本件各更新処分の根拠となる廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平成22年法律第34号による改正前のもの。以下「廃棄物処理法」という。)の各規定及びその関連規定において、産業廃棄物処理施設に関する技術上の基準の適合性や生活環境の保全に係る適正な配慮等を要するものと定められていること、②最終処分場の設備に不備や欠陥があって有害な物質が排出された場合には周辺住民の健康や生活環境に被害が及ぶおそれがあり、そのような事態の発生を防止するために廃棄物処理法における規制が設けられていること、③周辺住民に及ぶ上記の被害の程度は、その居住地と当該最終処分場との近接の度合いによっては、その健康又は生活環境に係る著しい被害に至りかねないものであることなどを考慮して、廃棄物処理法は、公衆衛生の向上を図るなどの公益的見地から産業廃棄物等処分業を規制するとともに、産業廃棄物の最終処分場からの有害な物質の排出に起因する大気や土壌の汚染、水質の汚濁、悪臭等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある個々の住民に対して、そのような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当であるとし、上記の著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は、当該最終処分場を事業の用に供する施設としてされた産業廃棄物等処分業の許可処分及び許可更新処分の取消し及び無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟及び無効確認訴訟における原告適格を有するものとした。
次に、Xらが上記の著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に当たるか否かに関し、本判決は、その居住地域が上記の著しい被害を直接的に受けるものと想定される地域であるか否かにつき、最終処分場の種類や規模等の具体的な諸条件を考慮に入れた上で、当該住民の居住する地域と当該最終処分場の位置との距離関係を中心として、社会通念に照らし合理的に判断されるべきものとした。これは、原判決が、本件処分場からの有害物質の排出の有無・程度及びこれらがXらに及ぼす被害の内容・程度につき証拠上認定できないことを理由にXら全員の原告適格を否定したのに対し、当該住民に係る原告適格の有無を判断する際に検討されるべきは原判決の説示するような現実の被害のおそれではなく、その居住地域が(仮に有害物質の排出があったとした場合に)上記の著しい被害を直接的に受けるものと想定される地域であるという抽象的なおそれで足りるとする従来の最高最判例において当然の前提とされていた考え方を明示するとともに、前掲最三判平4・9・22(もんじゅ事件判決)を引用して上記のおそれの有無の判断が社会通念に照らし合理的にされるべきことを改めて示したものと解される。
さらに、本判決は、産業廃棄物の最終処分場の設置に係る許可に際して環境影響調査報告書の提出が義務付けられていること(廃棄物処理法15条3項)に着眼し、環境影響調査報告書における調査対象地域は、一般に、その施設の設置により生活環境への影響が及ぶおそれのある地域として選定されたものといえるとして、Xら12名については、本件処分場の種類や規模、居住地との距離関係等に加えて、その居住地が本件環境影響調査報告書の調査対象地域に含まれていることをも考慮すると、本件処分場から有害な物質が排出された場合に健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に当たるとして、その原告適格を肯定した。他方、X1については、その居住地が本件環境影響調査報告書の調査対象地域に含まれていない上、本件処分場の中心地点から少なくとも20㎞以上離れていること等に照らし、その原告適格を否定した(本件環境影響調査報告書の調査対象地域に含まれていない地域に居住する者についても、そのことから直ちに原告適格が否定されているのではなく、本件処分場の種類や規模、居住地との距離関係等を踏まえた総合的な判断の結果として原告適格が否定されていることに留意されるべきものと考えられる。)。
4 本判決の意義等
本判決は、産業廃棄物処理施設の周辺住民の原告適格につき、最高裁として初めての判断を示したものであり、また、その具体的な当てはめにつき、環境影響調査報告書における調査対象地域内に居住する住民についてはその地域内の居住の事実を重要な考慮要素とすることにより、より簡明に原告適格の有無の判断を行い得ることを示した点で、類似の訴訟における原告適格の有無の判断に大きな影響を及ぼすものということができ、実務上重要な意義があると考えられる。特に、廃棄物処理法15条3項(平成9年法律第85号により新設)により産業廃棄物処理施設の設置許可の申請書には必ず環境影響調査報告書を添付すべきものとされていることに照らすと、同項の新設後に設置許可を受けた産業廃棄物処理施設について周辺住民から取消訴訟等が提起された場合には、その原告適格の有無の判断のために当該施設の設置許可に際し申請書に添付された環境影響調査報告書の写しが証拠として提出されることとなるものと考えられ、このような意味において、裁判所における訴訟運営の在り方にも影響が及ぼされるものといえよう。