◇SH0915◇最一小決 平成28年7月1日 株式取得価格決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件(山浦善樹裁判長)

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1 事案の概要

 本件は、Xらが、会社法172条1項(平成26年法律第90号による改正前のもの。以下も同様である。)に基づき、全部取得条項付種類株式の取得の価格(取得価格)の決定の申立てをした事案である。事実関係の概要は、以下のとおりである。

 (1) A社及びB社は、平成22年当時、大証JASDAQスタンダード市場に上場中のY社の総株主の議決権の70%以上を直接又は間接に有していた。

 (2) A社及びB社は、Y社の株式を両社で全部保有することなどを計画し、A社、B社外1社は、平成25年2月26日、買付予定数を180万1954株、買付期間を同月27日から同年4月10日まで(30営業日)、買付価格を1株につき12万3000円(本件買付価格)としてY社発行の普通株式(本件株式)及びY社の新株予約権(本件株式等)の全部の公開買付け(本件公開買付け)を行う旨、本件株式等の全部を取得できなかったときは、Y社において本件株式を全部取得条項付種類株式とした上でこれを本件買付価格と同額で取得する旨を公表した。

 (3) Y社は、上記の公表に先立ち、本件公開買付けに関する意思決定過程からA社及びB社と関係の深い取締役を排除し、両社との関係がないか、関係の薄い取締役3人の全員一致の決議に基づき意思決定をした。また、Y社は、法務アドバイザーであるC法律事務所から助言を受け、財務アドバイザーであるD証券会社から、本件株式の価値が1株につき12万3000円を下回る旨の記載のある株式価値算定書を受領するとともに、本件買付価格は妥当である旨の意見(いわゆるフェアネス・オピニオン)を得ていた。さらに、Y社は、有識者により構成される第三者委員会から、本件買付価格は妥当であると認められる上、株主等に対する情報開示の観点から特段不合理な点は認められないなどの理由により、本件公開買付けに対する応募を株主等に対して推奨する旨の意見を表明することは相当である旨の答申を受けて、同年2月26日、同答申のとおり本件公開買付けに対する意見を表明した。

 (4) 平成25年6月28日に開催されたY社の株主総会及び種類株主総会(本件総会)において、公開買付けにおいて公表された内容に沿った議案について決議がされた。同年8月2日、同決議に基づく定款変更の効力が生じ、Y社は、同日、全部取得条項付種類株式の全部を取得した。

 (5) XらはY社の株主であった者であるが、本件総会に先立ち、上記決議に係る議案に反対する旨をY社に通知し、かつ、本件総会において、同議案に反対した。

 

 原審は、本件買付価格は、基本的に株主の受ける利益が損なわれることのないように公正な手続により決定されたものであり、本件公開買付け公表時においては公正な価格であったと認められるものの、その後の各種の株価指数が上昇傾向にあったことなどからすると、取得日までの市場全体の株価の動向を考慮した補正をするなどして本件株式の取得価格を算定すべきであり、本件買付価格を本件株式の取得価格として採用することはできないとして、Xらの申立てに係る本件株式の取得価格をいずれも1株につき本件買付価格を上回る1株当たり13万0206円とすべきものとした。Y社とXらの双方が抗告許可の申立て等をし、原審は、これらの申立てのうち本件株式の取得価格の算定について裁判所の合理的な裁量の逸脱をいう部分について抗告を許可した(その余の論旨はいずれも排除されている。)。
 これに対し、第一小法廷は、決定要旨のとおり判断し、Y社の論旨に沿って原決定を破棄し、原々決定を取り消して本件株式の取得価格を本件買付価格と同額の1株当たり12万3000円とした。

 

 本件においては、上場会社の株式の相当数を保有する株主による当該会社の株式等の公開買付け後に当該会社がその株式を全部取得条項付種類株式とした上でこれを取得する取引が一般に公正と認められる手続により行われた場合における会社法172条1項にいう「取得の価格」が争われた。この取引は、平成26年法律第90号による改正前の会社法の下において、少数株主に対して現金を株式の対価として対象会社からその意思によらないで締め出す(いわゆるキャッシュ・アウト)ために実務上典型的に用いられてきたスキームである。

 (1) 本件と同様に、裁判所による全部取得条項付種類株式の取得価格の決定をめぐり抗告が許可されて最高裁の判断が示された事例は今まで3件ある。最高裁平成20年(許)第48号同21年5月29日第三小法廷決定金判1326号35頁(レックス・ホールディングス事件)及び最高裁平成23年(許)第1号同年6月2日第一小法廷決定公刊物未登載(サイバードホールディングス事件)は、公開買付け手続が公正な手続を経て行われたとは認められないとして裁判所が独自に株式の価値を算定した取得価格を是認して抗告を棄却したものであり、最高裁平成22年(許)第41号同23年5月31日第三小法廷決定公刊物未登載(同決定の概要は判時2164号31頁で紹介されている。)は、一連の手続は公正であると認められるなどとして公開買付価格と同額とした取得価格を是認して抗告を棄却したものである。
 公刊されている下級審裁判例では、上記の平成21年第三小法廷決定において田原睦夫裁判官が補足意見で示した整理に従い、①MBOが行われなかったならば株主が享受し得る価値(客観的価値)と、②MBOの実施によって増大が期待される価値のうち株主が享受してしかるべき部分(増加価値分配価格)とを合算することにより株式価値を算定する一方で、一連の取引が公正な手続により行われたかどうかを審理判断し、これが認められる場合には、裁判所が独自に算定した株式価値と一定以上の乖離がない限り、会社法172条1項にいう「取得の価格」として公開買付価格と同額を決定するものが多いように見受けられる。例えば、上記平成23年5月第三小法廷決定のほか、東京高決平成25年9月17日金判1429号56頁(ホリプロ事件抗告審)、東京高決平成25年11月8日公刊物未登載(セレブリックス事件抗告審)がある。

 (2) ところで、第二次安倍内閣発足前後において、市場における株式価格が一般的に上昇基調となった時期があったことは公知のとおりである。この時期に完全子会社化取引が実施された事例における下級審裁判例は、上記⑴の下級審裁判例の傾向に沿って公開買付価格と同額を取得価格として決定したもの、上記事情を重視して公開買付価格を採用せず、過去の市場株式価格を基礎に、裁判所が回帰分析等の手法を用いて基準日時点の全部取得条項付種類株式を事後的に補正し(事後市場株価補正)、公開買付け価格を上回る取得価格を決定したものの双方に分かれる状況となった。前者の例として東京地決平成25年11月6日金判1431号52頁(エース交易事件。抗告棄却)、東京高決平成28年3月28日金判1491頁32頁(東宝不動産事件抗告審)があり、後者の例として本件の原々決定、原決定のほか、東京地決平成27年3月25日金判1467号34頁(東宝不動産事件地裁決定)があるが、この状況に対しては、企業再編等の実務に混乱を生じさせ、投機的行動を助長するとか、関係当事者の予測可能性を損ない、正常なM&A取引まで阻害しかねないなどという懸念が実務家や研究者らから示されていた。

 

 本決定は、本件のような典型的な2段階のキャッシュ・アウト取引では、買収者と対象会社との交渉合意により全部取得条項付種類株式の取得の対価を含めた取引条件が決定され、当該取引条件が株主や市場参加者向けに公表されて公開買付けが実施され、その後の全部取得条項付種類株式の取得等会社法上の行為も上記取引条件を前提として行われるという実務の実情を踏まえて、一般に公正と認められる手続を通じて上記取引条件が定められた場合において、同条件どおりキャッシュ・アウト取引が行われたときは、裁判所は、公開買付価格をもってキャッシュ・アウト取引完了までの事情変動可能性を前提に多数株主と少数株主との利害が適切に調整された取引条件であるものと解し、これを参照した取得価格を決定するのが原則である旨の判断を示したものであると思われる。
 本決定は、少数株主の利益に配慮した実務上の運用が適切に行われた事案において当事者が自主的に定めた取引条件を尊重してきた下級審裁判例を是認するとともに、本決定の趣旨に沿った適切公正な企業再編等の促進を期待したものということができよう。

 

 本決定にいう「株式会社の株式の相当数を保有する株主」は、事案や法廷意見の判断構造に鑑みると、株主総会の特別決議を要する議案を単独で可決可能な議決権を有する株主又はこれに準じる株主(例えば、本件におけるA社及びB社のように、議決権行使に関する株主間契約を締結した少数の株主と共に特別決議を可決可能な議決権を有する者が想定されよう。)が念頭に置かれているものと思われる。そして、「一般に公正と認められる手続」の要素として挙げられている2点は、経済産業省の「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」(MBO指針)で挙げられている株主の適切な判断機会の確保及び意思決定過程における恣意性の排除の枠組みが意識されたもののように思われる。
 なお、平成26年法律第90号の施行後に実施された2段階のキャッシュ・アウト取引では、公開買付けにより総株主の議決権の9割以上を取得した場合には同法により新設された特別支配株主による株式等売渡請求制度、9割未満にとどまった場合は同法による改正後の株式併合制度を利用して株式を全部取得する運用が実務上定着しつつあるようである。本決定の法廷意見で説示された実質的な判断構造は、2段階目の取引として特別支配株主による株式等売渡請求や株式の併合の方法が用いられた場合であっても、同じように妥当するのではないかと思われる。

 

 本決定は、実務上典型的に行われてきた2段階のキャッシュ・アウト取引が一般に公正と認められる手続により行われたと認められる場合における会社法172条1項所定の取得価格に関し、最高裁として初めて一般的な判断枠組みを示したものである。本決定は、今後の企業再編等の実務に大きな影響を及ぼすものであるとともに、理論上も、重要な意義を有するものであると思われる。
 なお、本決定には、小池裁判官による詳細な補足意見が付されている。全部取得条項付種類株式の取得価格の決定の場合における裁量権行使の構造や裁判所に期待される役割に関し、法廷意見の底流をなしていると思われる基本的な考え方、原審の判断を裁判所の合理的な裁量を超えたものと判断した根拠等にも具体的に言及されており、示唆に富むものである。法廷意見の趣旨を理解する上でも、大いに参考になろう。
 同補足意見では、完全子会社化取引に関し今後検討が深まることが期待される問題点について多角的かつ横断的な問題提起がされており、興味深い。

 

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