◇SH1091◇『民法の内と外』(2b) 三角(多角)取引とその展望(中) 椿寿夫(2017/04/03)

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連続法学エッセー『民法の内と外』(2b)

-三角(多角)取引とその展望(中)- 

京都大学法学博士・民法学者

椿   寿 夫

〔Ⅲ〕 問題となる諸場面への入り口

 (ア) 本稿では、“三角・多角取引”を最終的にあぶり出す目的で“三者ないし多者の関与する取引”をまず検討の対象とする。日進月歩の新しい取引形態は契約法実務からの紹介を待たなければならないが、経緯をごく大雑把に思い出せば、既存の事例としては「他社割賦あるいは第三者与信型割賦」が端緒的であろうか。もっとも、われわれが「製造者責任(最終的には製造“物”責任に落ち着いた)」と呼んで研究した製造者→販売者→(代理店)→購入者の関係は、それを当時における私見ではいわば“一直線”として捉えたけれども、責任法を超える次元で考えると、三角・多角の初期現象に含めることもできたかもしれない(前掲『深化』論考13参照)。

 いずれにせよ、私としては具体的な生活事象から抽象概念へ昇華する手法を用いて考えたい。ただし、本稿では全部を擧示する余裕がないので、詳細については前掲NBL本誌および別冊の各論考を見ていただきたい。

 

 (イ) 私が三角・多角という言葉に関心を持つにいたったそもそもの発端は、ファイナンス・リース取引の共同研究において、LもSもUに対して瑕疵担保責任を負わないという組み立てであった。実際にはLがSに対して持つ請求権をUに譲渡するので問題はないとされていたが、対価を取る契約・取引でなぜ堂々と責任を負わないと言えるのか不思議であった。LとSならびにLとUの間には別々の契約が締結され、S・U間では契約が何もないのも事実であろうが、他方では三者間の1個の契約だとする実務法曹もいるのであり、三つのグループをバラバラに捉えようとする仕方自体がそもそも何かおかしい。LとSには「業務提携」がなくても最高裁(3小判平成8・11・12)の言う“相互の密接な関連づけ”を否定しがたいのではないか。それに加え、SとUの間でも何か法的な“繋がり”が認められるのではないか、と考えるにいたった。となれば、種々の事例を読み直してみる価値があろう。

 

 (ウ) そこで、民法にある既存契約の中で、3人ないしそれ以上の者が登場する諸場合をまず調べて1999年末から2000年2月までの「法学教室」誌で紹介し、椿民法研究塾でもメンバー各自が選んだテーマを法律時報誌に連載した上で『多角的法律関係の研究』(2012年・日本評論社)において展開し、さらに本稿冒頭で述べたとおりの現況にいたっている。

 この過程では「代理」「保証」のほか、「第三者のためにする契約」「多数当事者の債権関係」「弁済者代位」「適法転貸借」など十指に余る諸事例を対象として検討を重ねてきた。債権総論の関係が少なくはない。さらに、戦後から近時までの事例として、前記「リース」のほかに、「フランチャイズ」「サブリース」「ネットワーク」など輸入された取引にも着眼し、特別の場面として、わが国で展開しつつある総合取引という点から「マンション分譲」「大規模建築工事」も担当者の希望にもとづいて登載事例とした。 

 

〔Ⅳ〕 検討指標の幾つか

 (ア) はじめに  本問を解明する上で無視すべきではない視座については、前記『深化』の冒頭論考および付録1でかなり立ち入って論点を述べてあるので、詳細はそれらと、続く各担当者の個別論考とに譲り、検討のために必要な事項を幾つか簡単に採り上げる。

 (イ) 三面契約と三者関係と三角関係  いずれもまだ明確な定義に出会わないから、関与者をA・B・Cと呼んで端的に私見(=試見)を述べておく。なお、カナリスが三角・多角の用語を提案した当座しばらくは、特別のコメントも付けずに表現だけ引用する文献が散見される程度であったが、当地へ来て最近の文献を改めて見ると、三者・三角がかなり言及されている(前記『深化』冒頭論考まえがき参照)。

 (ⅰ)三面契約(Dreiseitiger Vertrag)は、問題の契約における“合意の当事者”が3人の場合であり、新法案515条1項が適例である。三面契約は規定がなくとも契約自由の原則に服し、全員が当事者としての処遇を受ける。AとBが合意し、Cがそれに承諾を与えるような場合(例えば債務引受の典型的場面)は、三面契約から除外する。

 (ⅱ)A・B2人がその契約の合意をし、Cがその合意に同意・承諾をする上記形態は、三者関係(Dreipersonenverhältnis)であり、三面契約も三者関係に属する。次の三角関係も三者関係の場面の一つである。

 (ⅲ)三角関係は、どのような個別場面まで取り込むべきかにより定義も異なってくるが、少なくとも三者関係であって、各自の関係を別個バラバラに捉えるべきではない。最もこの観念を必要とするのは、“三者関係であるけれども誰かと他の誰かの間では直接の契約関係がない”とされる場合である。一応の定義その他については、すでに述べた(前記『深化』冒頭論考および付録1参照)。単なる「第三者」の場合以上の権利義務を肯定すべきである。

 (ウ) 契約の定義  “当事者間の合意により成立する”ことには問題もないが、伝統的に2個ないし2人“以上”の意思表示の合致と言われてきたのは何を指すか。多くの文献でははっきりしない。もしもここでの“契約”に、上記(イ)の三者関係も含めるのであれば、契約の規定が適用されることとなるが、条文はそのように作られていない。「当事者の一方」と「相手方」と書かれた諸規定において、3人全員の地位ないし関係がうまく処理できるかを考えてみられよ。民法典作成に際し、契約は対立する二当事者を前提にして規律されていたのではなかろうか。これについては後述する((カ)参照)。

 (エ) 契約と取引  この二つの言葉は、はっきり区別することなく使われてきた。あるいは、法典ないし法律上の用語と、一般の社会用語くらいの間柄だろうか。私は、三者・多者の契約関係を明らかにする必要が強く、かつ大きいという立場を主張するので、用語の面でもそのことを示したい。例えば、よく使われている「リース契約」はリース会社とユーザー間の合意を指し、サプライヤーを含む三者関係の全体を「リース取引」と呼ぶのである。同様に、債権者・保証人間の引受合意は「保証契約」、債務者を含む三者の全体像は「保証取引」と呼ぶ。 

            (2017年1月14日稿・〔Ⅳ〕(オ)以下未完・(下)へ)

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