最一小決、共同相続された定期預金債権、定期積金債権についても
遺産分割の対象となるとした事例
岩田合同法律事務所
弁護士 鈴 鹿 祥 吾
最高裁判所は、平成29年4月6日、被相続人の定期預金債権等について共同相続人のうち1名が同債権について法定相続分の割合の金額の払戻を求めた事案(いわゆる「相続預金払戻請求訴訟」)について、「共同相続された定期預金債権及び定期積金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない。」との判断を示して、預金払戻請求を棄却する判決(以下「本件判決」という。)を言い渡した。
遺産分割審判における被相続人の普通預金債権や定期貯金債権等の取扱いについて定めた大法廷決定[1]において、定期預金債権の取扱いについて明確には判示されていなかった。この積み残されていた論点[2]の一つにつき判断を示した点に本件判決の意義がある。
本件判決は、判決理由において、金融機関における具体的な預金規定を引用せず、定期預金等の一般的な性質(契約上分割払戻が制限されていること、一定期間内には払戻をしないという条件が付されていること、定期預金の利率が普通預金のそれよりも高いこと)を根拠として判断している[3]。したがって、本判決の射程は、広く金融機関一般の定期預金債権・定期積金債権に及ぶものと考えられる。
大法廷決定後においても、大法廷決定で問題となった遺産分割協議の局面と相続預金の払戻を請求する局面とでは場面が異なるとして、大法廷決定に拘わらず共同相続人の一部による相続預金の払戻請求はなお認められるとの主張も一部に見られたが、このような主張は基本的に認められなくなったといえる。
以上から、相続預金払戻請求訴訟は、遺言の解釈等を争点とする事案を除いて、他の相続人全員の同意が得られるか、遺産分割協議書等の結果の提示がない限りは、払戻請求が認められないことが基本的に明らかになったといえる[4]。
本件判決で解決された点以外にも大法廷決定の実務上の影響は多数に及び、多くの論考が既に明らかにされている。以下では、そのうち、共同相続人全員の合意が得られず、また遺産分割審判によらない形での預金払戻が可能であるかという点についてご紹介させて頂く。
本件最高裁決定以前は、預貯金債権は相続開始と同時に当然に各共同相続人に分割され、各共同相続人は、当該債権のうち自己に帰属した分を単独で行使することができるものと解されていた。そのため、遺産分割前に共同相続人の一部から相続預金の払戻請求を受けた場合には、原則としては相続人全員の同意を求めるものの、これが得られない場合には法定相続分について払戻を認める例が見られた。
しかしながら、本件最高裁決定を前提とすると、預貯金債権は遺産分割までの間、共同相続人全員が共同して行使しなければならないこととなる。そうすると、遺産分割には時間を要することも少なくないことから、被相続人に従前扶養されていた共同相続人の生活費等が確保できない事態や、相続に伴い生じる葬儀費用、相続税支払いのための資金を確保することができない事態、被相続人の医療費等の支払のための資金を確保することができない事態が生じうる。
このような事態を解消する方向性として、①事務管理(民法697条1項)のための費用であるとして金融機関が便宜払いする方法、②保全手続として仮分割仮処分決定を得て、これに従って金融機関が支払う方法の2つの方向性がある。
金融機関からは、①の方向性から、本件最高裁決定の前後では基本的な実務対応は変わらないとする見解が示されている[5]。もっとも、本件最高裁決定以後は、法定相続分の範囲内の権利行使は法定相続人自身に帰属する預金の引き下ろしであるとの正当化はできないことになった。したがって、共同相続人の一部からの支払請求に応じることはその分のリスクを金融機関が負うことになるため、場合によってはより慎重な対応をすることが必要になることがある。
一方、裁判所においては、②の方向性から、仮分割仮処分の具体的な手続についての検討が行われている。仮分割仮処分が認められるためには、これが必要であることすなわち申立にかかる遺産と金額について仮に分割を受けなければならない緊急の必要があることを疎明しなければならない。家庭裁判所においては上記の問題となる事態をそれぞれ必要性が認められうる事例の類型として把握し、それぞれの類型に応じて、必要な疎明資料を提出することが求めるという整理が行われているようである。仮処分という性質から審理に迅速性が要求され、仮処分と併せて本案の遺産分割調停が申し立てられた場合において、第1回調停手続期日より前に、全相続人から書面で意見聴取をするという対応が検討されている[6]。
この大法廷決定は金融機関の実務に大きな影響を与えたものであり、本件判決はその影響のうちの1つを解決したものである。今後の銀行実務や裁判所実務、そして裁判例等の展開について留意することが必要であると考えられることから、ご紹介する次第である。
仮分割仮処分の要件
① 本案の審判において具体的権利義務が形成される高度の蓋然性があること
② 保全の必要性があること
③ 本案の遺産分割事件(調停又は審判)の申立 |
[1] 最高裁平成28年12月19日大法廷決定
[2] この点が論点であったことにつき、笹川豪介「預貯金債権の相続に関する最高裁決定を受けた理論と実務」金法2059(2017)8頁、香月祐爾「最高裁平成28年12月19日決定の与える影響」銀法810号(2017)10頁ほか参照
[3]裁判要旨(裁判所HPに掲載されたもの)の記載ぶりは、本件判決の位置づけについて「事例」ではなく「法理」を示したものとする趣旨と読める。
[4] 浅田隆他ほか「鼎談 11の事例から考える相続預金大法廷決定と今後の金融実務」金法2063(2017)31頁参照
[5] 前出・浅田隆ほか15頁〔浅田隆、平松知実発言〕参照
[6] 松原正明ほか「座談会 大法廷決定をめぐって」家庭の法と裁判9巻(2017)40頁〔岡武発言〕