法のかたち-所有と不法行為
第十六話 古代・中世の定住商業における所有権の観念化
法学博士 (東北大学)
平 井 進
3 古代ギリシャ
前述の地中海における定住商業システムは、古代ギリシャの時代から見られる。
デモステネスの弁論である『フォルミオン弾劾』(前327-326年)に、アテネの商人がボスポロスに穀物取引の代理人を置いていたこと[1]、また同じく『ディオーニソスドーロスの弾劾』(前323-322年)に二人の商人の組のうち一人Aがアテネに留まり、もう一人Bがエジプトで穀物を買付けてロードス島まで戻った時に、Aがアテナイの価格が下がっていることを知らせ、Bが穀物をロードスで売却したことが見られる。[2]
この時代、エジプト政府はロードス島にその事務所を置き、エジプトからの穀物を一旦そこに送り、ギリシャ各地の市況を見ながら最も有利な地に向けて売却していた。[3]当時のロードスは穀物の価格が形成される国際的な市場であったが、これは、各地の市況情報が頻繁に通信される体制があったことによる(市場は、供給するエジプトの側(アレクサンドリア)ではなく、需要のあるギリシャの側にあった)。
[1] Demosthenes, with an English translation by A. T. Murray, 1939, Against Phormio.
[2] Ibid., Against Dionysodorus. 代理人の問題については、Reed, supra, pp. 9, 37, 65-67も参照。前沢・前掲紀元前4世紀, 108, 136-139頁 にいうエクドシス(ekdosis) もこのような代理人による依託経営である。
[3] K. ポランニー(玉野井芳郎他訳)『人間の経済 2-交易・貨幣および市場の出現-』(岩波書店, 1980)431, 435頁。