◇SH1120◇日本企業のための国際仲裁対策(第34回) 関戸 麦(2017/04/20)

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日本企業のための国際仲裁対策

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第34回 国際仲裁手続の中盤における留意点(9)-ディスカバリーその4

6. eディスカバリー

(1) 特徴

 eディスカバリー、すなわち電子情報を対象とするディスカバリーは、米国の民事訴訟で広く行われるものであるが、国際仲裁でも行われることがある。eディスカバリーは、紙媒体を対象とするディスカバリーと比較して、次の特徴があるといわれている[1]

 第1に、対象となる情報量が多大になり得る。コンピュータやサーバーには、莫大な量の電子情報が保存されているためである。

 第2に、対象となる情報が、分散して所在する。紙媒体と比べ、電子情報は複製が容易であること、また、電子メールが同時に複数の先に送信されるなどの理由により、同じものが様々な場所に併存しうる。

 第3に、対象となる情報が、破損されやすい一方、回復の可能性もある。すなわち、電子情報は、紙媒体と比べ、消去や上書きが容易であり、また、意図せずして情報が消去されることもある。この意味において破損されやすいものの、他方において、専門業者の手によって、失われたと思われた電子情報が、コンピュータやサーバーに残存していることが発見され、回復されることもある。

 第4に、ソフトウエアとハードウエアを利用する必要がある。紙媒体はそのまま読解できるが、電子情報はソフトウエアとハードウエアがなければ読解できない。多くの場合、ソフトウエアとハードウエアは汎用品で対応できるが、電子情報によっては特殊なソフトウエア又はハードウエアを必要とするものがある。

 第5に、メタデータという、紙媒体にはない性質の情報も対象となる。メタデータというのは、コンピュータ上で作成された文書の作成者、作成日時、更新日時等の電子情報であり、当該文書をスクリーン上に表示した際や、プリントアウトした際には表れないものである。電子情報としては保存されており、これもeディスカバリーの対象になりうる。

 第6に、キーワード検索等の、情報処理技術を用いることができる。これにより、作業の効率化をはかることができる。

(2) eディスカバリーに関するルール

 日本の仲裁法においても、また、仲裁機関の規則においても、eディスカバリーに関するルールは特に定められていない。IBA証拠規則(IBA Rules on the Taking of Evidence in International Arbitration)[2]でも、提出の形式に関して、「当事者により電子的形式で保存されている文書は、当該当事者にとって最も簡便又は経済的で、かつ文書の受領者にとって合理的に利用可能な形式で提出されなければならない」と定めている程度である。

 このように、eディスカバリーに関する特別のルールは基本的になく、第31回から前回(第31回第32回第33回)にかけて述べた、紙媒体を対象とするディスカバリーと同様のルールが基本的に適用される。

 eディスカバリーに関して懸念されるところは、上記のとおり対象となる情報量が多大になり得る点であるが、国際仲裁におけるディスカバリーの範囲に関する基本的な視点は、第32回の3項で述べたとおり、当該仲裁事件との関連性(relevant to the case)と、当該仲裁事件の結果にとっての重要性(material to its outcome)が中心となる。したがって、この重要性の有無が判然としない情報を対象として、模索的にeディスカバリーを行うことは、国際仲裁では基本的に許されない。国際仲裁において、米国民事訴訟のように莫大な量の情報を対象とするeディスカバリーを行うことは、一般的ではない。

 具体的な範囲は、事案毎に、当事者の合意、又は仲裁廷の裁量に基づく判断によって決められることになる。

(3) 効率的に行うための留意事項

 ICCが発行している「ICC Commission Report Managing E-Document Production」(前掲脚注1参照)には、国際仲裁においてeディスカバリーを行う上での一般的な留意点がまとめられている(8頁から14頁)。その意図するところは、eディスカバリーに伴う過度な負担を避けることであり、具体的には次のような点が述べられている(詳細については、ICCの上記レポートを参照されたい)。

 第1に、仲裁廷が当事者に任せたままにせず、積極的に関与の上、手続の早い段階から合理的なeディスカバリーの進め方について検討を行うべきである。

 第2に、対象を合理的な範囲に限定する。

 第3に、ITの専門的知見を活用する。

 第4に、電子情報の提出の形式については、前記 (2) のIBA証拠規則の規定を踏まえ、効率的な形式が何かについて当事者間で早めに協議し、合意するように努める。

(4) 電子情報の保存義務

 前記 (1) のとおり、電子情報は毀損されやすい。また、サーバー内の電子情報は、一定期間が経過すると消去することが、社内規則として決められることも一般的である。

 そのため、米国の民事訴訟では、eディスカバリーとの関係で、電子情報の保存義務が問題となる。具体的なルールとしては、訴訟になることが合理的に予測される場面では、関連する電子情報等の廃棄をやめることを求める、リティゲーション・ホールド(litigation hold)と呼ばれる社内通達を出さなければならないとされている。

 国際仲裁では、米国の民事訴訟とは異なり、ディスカバリーが所与の権利義務として考えられてはいないため、上記のような、電子情報の保存義務は課されていない(但し、当事者が契約で、上記のような保存義務につき合意していれば別である)。電子情報の保存義務が仲裁廷の命令によって課されることもあるが、それは、仲裁手続が始まった後のことであり、米国の民事訴訟のように、訴訟手続開始前の段階から電子情報の保存義務を負う訳ではない。

 なお、IBA(国際法曹協会)は、仲裁手続の代理人弁護士が遵守すべき事項についてガイドラインを作成しているところ(IBA Guidelines on Party Representation in International Arbitration[3])、そこでは、仲裁手続において文書提出(document production)が行われることとなった場合、又は行われる見通しとなった場合、代理人弁護士は、依頼者である当事者に対し、合理的に可能な範囲で、仲裁に関連する可能性のある文書を保存する必要があることを伝えなければならないと定められている(12項)。

以 上



[1] ICCが発行している「ICC Commission Report Managing E-Document Production」5頁から8頁にまとめられている。このレポートは、ICCのホームページにおいて入手可能である。
  https://iccwbo.org/publication/icc-arbitration-commission-report-on-managing-e-document-production/

[2] IBAのホームページで入手可能である。ここでは、英文のみならず、日本仲裁人協会が作成した和訳も入手可能である。
  http://www.ibanet.org/Publications/publications_IBA_guides_and_free_materials.aspx

[3] IBAのホームページで入手可能である。
  http://www.ibanet.org/Publications/publications_IBA_guides_and_free_materials.aspx

 

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