学校法人がした視覚障害のある准教授に学科事務のみを担当させる旨の
職務変更命令が無効とされた事例
奧野総合法律事務所・外国法共同事業
弁護士 野村 茂樹
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平成28年4月1日から、改正「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下「雇用促進法」という)が施行され、事業主は、障害を理由とする不当な差別的取扱いが禁止され、障害の特性に応じた合理的配慮の提供が義務づけられるに至っている。
後述する本件職務変更命令は、改正法が施行される直前になされたものであるが、岡山地裁平成29年3月28日判決(以下「本判決」という)は、本件職務変更命令を権利濫用として無効と結論づける判断過程の中で、合理的配慮にも言及しており、参考となるので以下紹介する。
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判決によると、事案の概要は下記のとおりである(詳細は判決参照)。
https://www.shojihomu-portal.jp/documents/10444/130206/20170328_hanketsu.pdf
原告山口雪子は、平成11年、岡山短期大学を設置運営する学校法人である被告との間で大学教員契約を締結し、講師を経て、平成19年、短大幼児教育学科の専任准教授に任じられ、授業・研究を行ってきた。その後、原告は、網膜色素変性症が進行し文字の判読が困難となってきたところ、それまで原告の視覚補助を事実上担っていた事務職員が離職したため、原告が私費で視覚補助のための補佐員を付けて授業・研究活動をしてきた。ただし、補佐は自制的であった。
しかるところ被告は、平成28年2月5日、原告に対し、授業を割り当てず、学科事務のみを担当させる旨の事務分掌に基づく職務変更を命じた(以下「本件職務変更命令」という)。被告は、その理由の中で、原告が授業中における飲食、無断退出等の学生の問題行動を放置していたことも挙げていた。
原告は、本件職務変更命令の無効確認等を求めて提訴。
本判決は「被告が本件職務変更命令の必要性として指摘する点は、あったとしても」「補佐員による視覚補助により解決可能なものと考えられ、本件職務変更命令の必要性としては十分とはいえず、本件職務変更命令は、原告の研究発表の自由、教授・指導の機会を完全に奪うもので」しかも、「以後、原告には永続的に授業を担当させないことを前提とするものであるから」「原告に著しい不利益を与えるもので、客観的に合理的と認められる理由を欠くといわざるを得ない」として、本件職務変更命令は権利濫用であり無効と判示した(なお、被告控訴、原告附帯控訴)。
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- (1) 雇用促進法においては、募集及び採用の場面と雇用後の待遇の場面に分けて、不当な差別的取扱いの禁止規定(法34条、35条)及び合理的配慮の提供義務規定(法36条の2、36条の3)を置いている。また、その具体的な内容については、厚生労働大臣が定める障害者差別禁止指針・合理的配慮指針で示されている。
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(2) 本件のような職種の変更について、障害者差別禁止指針8項(2)イは障害者であることを理由として、「その対象から障害者を排除すること」を挙げている。同指針14項ロでは、「合理的配慮を提供し、労働能力等を適正に評価した結果として障害者でない者と異なる取扱いをすること」は、不当な差別的取扱いに当たらないとしている。
つまり、事業主が障害の特性に配慮した合理的配慮を提供しないで、視覚障害者であることを理由として、授業を行う職種から視覚障害者を排除することは、不当な差別的取扱いにあたることになる。 -
(3) 雇用後の待遇の場面における合理的配慮の提供義務について、法36条の3は「障害者である労働者について、障害者でない労働者との均等な待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発源の支障となっている事情を改善するため、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。」と定めている。募集及び採用の場面における合理的配慮の提供が「障害者からの申出」(法36条の2)を要件としていることと異なり、雇用後の待遇の場面では「障害者からの申出」は要件とされていない。また、具体的な配慮の内容については、当該障害者の意向を十分尊重すべきことが求められている(法36条の4)。
「過重な負担」について合理的配慮指針第5は、事業主において①事業活動への影響の程度、②実現困難度、③費用・負担の程度、④企業の規模、⑤企業の財務状況、⑥公的支援の有無といった諸要素を総合的に勘案して個別に判断すべきとしている。
さらに合理的配慮提供義務の履行にあたって、合理的配慮指針第3では、事業主に次のような合理的配慮の手続を採ることを求めている。すなわち事業主は①障害者であることを把握した際に、当該障害者に対し、遅滞なく、職場において支障となっている事情やその事情の改善のために障害者が希望する措置の内容を確認した上で、②合理的配慮としてどのような措置を講ずるかについて当該障害者との話合いを踏まえ、③合理的配慮の具体的内容を確定する(障害者が希望する合理的配慮に係る措置が仮に過重な負担であったとき、事業主は、当該障害者との話合いの下、その意向を十分に尊重した上で、過重な負担にならない範囲で、合理的配慮に係る措置を講ずるものとする)手続を採ることを求めている。 -
(4) 本判決は本件職務変更命令が権利濫用として無効と結論づけたが、准教授の不利益と比較衡量される業務上の必要性が十分ではない、との判断に至る過程において、幼児教育学科内で「学生の問題行動につき、全体としてどのように指導していくか、あるいは、原告に対する視覚補助の在り方をどのように改善すれば、学生の問題行動を防止することができるかといった点について正面から議論、検討された形跡は見当たらず、むしろ、望ましい視覚補助の在り方を本件学科全体で検討、模索することこそが障害者に対する合理的配慮の観点からも望ましいものと解される。」と、「合理的配慮」に言及した。
本件職務変更命令が改正雇用促進法施行前であったことから、本判決は 雇用促進法違反と摘示しておらず、また、合理的配慮の観点から「望ましい」と指摘するにとどめている。
職務変更命令が改正雇用促進法施行後になされた場合は下記のとおりとなろう。すなわち、事業主は准教授の視覚障害を把握していたものであるから、准教授の申出がなくても合理的配慮の提供義務が発生する。尊重されるべき本人の希望は、視覚補助のための補佐員の配置である。ただし、私費ではなく事業主側で手当をすることが求められる。この場合、それが事業主にとって「過重な負担」となるかが検討されることになるが、前記の諸要素の総合判断からして、過重な負担となるとは言い難いであろう。いずれにせよ、事業主側が合理的配慮の手続を全く採らないまま、授業を割り当てず学科事務のみを担当させる旨の職務変更命令に及んだことは不当な差別的取扱いとなり、或いは、合理的配慮の不提供として雇用促進法違反となる。もっとも、雇用促進法には違反の場合の効果規定がないことから、結局、職務変更命令は権利濫用として無効であるとの結論が導き出されることになる。
このように改正雇用促進法が施行されている今日においては、明確に権利濫用が基礎付けられることになることに留意が必要である。 - (5) ところで、本事例からも不当な差別的取扱いの禁止と合理的配慮提供義務が、いわばウラハラの関係にあることがわかる。改正雇用促進法と同じく平成28年4月1日から施行された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」は、雇用・労働分野以外に広く適用されるが、民間事業者は不当な差別的取扱いが禁止され、合理的配慮提供は努力義務とされている。しかし、具体的な事案の適用にあたっては、合理的配慮の提供が努力義務にとどまるとして検討もしないまま障害者に対するサービスの提供を排除、区別、制限した場合、不当な差別的取扱いの禁止に違反するとして、当該行為が違法と評価され、例えば損害賠償責任が発生することもありうることに、十分留意が必要である。
以上