◇SH1624◇弁護士の就職と転職Q&A Q33「何歳まで働くべきなのか?」 西田 章(2018/02/05)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q33「何歳まで働くべきなのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 不動産バブル期には、外資系投資銀行に憧れて「自分も40才代で財産を築いてアーリーリタイアしたい」と話す若手弁護士が見られました。これには「仕事=生計を立てるための苦役」という見方が潜んでいました。その後、投資銀行業務の収益性は下がり、憧れの矛先は「起業」へと向いています。

 「仕事=社会貢献を通じた生きがい」と捉える人にとっては、「定年がない」ことが弁護士業務の最大の魅力と言われてきました。しかし、大規模事務所からは、パートナーに定年制度を設けて、65歳以上を経営意思決定から退かせる仕組みが広まりはじめています。健康寿命が伸びれば、人口減少局面での働き手として高齢者に期待される部分もあれば、業務ノウハウのデータ化と人工知能の活用が進めば、「年の功」を生かせる場面が減ることも予想されます。

 「長く働く」ことを志向して弁護士バッジを保持しても、若い世代から求められる「何か」を持たなければ、企業法務の世界で活躍する場を失うおそれに直面することになります。

 

1 問題の所在

 キャリア形成にとって、「定年」はひとつの重要な参考指標です。例えば、40歳を過ぎて子供が生まれた弁護士は「子供が成人になるまでは働かなければならない」と考えて、「60歳定年のインハウスポストはダメだ」という判断に傾きます。

 自営業たる法律事務所であれば、「定年」はありません。これについては、「そもそも若い時代から何も保証されていない状態に晒されていて、その状態が60歳以降も続くだけ」という見方があります。ただ、「法律事務所のほうが、60歳以降も仕事を続けやすい」という感覚は広く共有されています。この背景には「法律事務所における業務=複数の依頼者のための非常勤ポストの集合体」という性質があります。社内弁護士を「特定の会社に専従した常勤ポスト」と位置付けた場合との対比からは、「定年後の社員に任せるような常勤ポストはない」「ただ、非常勤ではシニアにお願いしたいことはある」というニーズには、法律事務所所属弁護士のほうが合致しやすいといえます。また、会社員の場合は、「指揮命令系統」に組み込まれて業務をしています。部下は、上司の指示に納得していなくとも、それに従うように組み込まれています。これに対して、法律事務所の弁護士は、「外部アドバイザー」に過ぎませんので、依頼者に対し、自己の意見を納得感あるものとして受け止めてもらえなければ、任務を果たすことができません。その点、「客観的に見て正しい(かのような外観を装った)アドバイスを提供する」という訓練を積んできている、とは言うことができそうです。

 ただ、最近では、法律事務所においても、若い頃から個人事件の受任を制限されて、「弁護士のサラリーマン化」も進んでいます。他方、会社員においても、「副業」「兼業」を認める動きが進めば、「会社員の自営業化」の兆候もあります。「長く働ける職場」があるわけではなく、「健康な限り社会貢献を続けたい」という希望を叶えるためには、「定年後も現役世代から頼られるような『何か』」を身に付けなければなりません。その『何か』とはどんなものをイメージすべきなのでしょうか。

 

2 対応指針

 シニア層の働き方には(自己資金を活用したオーナー事業を除けば)①これまでに培ってきた職人芸を続けるか、②経歴・経験を活かした「大所高所系アドバイザー」として使ってもらうか、③人脈を生かした「営業コンサルタント」に転向する方法等が考えられます。

 いずれにせよ、「先輩・年長者であること」から直ちに敬意を持って扱ってもらえるわけではなくなります。依頼者たる企業の経営陣や執行部も代替わりする以上、現執行部がコミュニケーションを取りやすいリーガル・アドバイザーも、彼・彼女らの同世代以下となっていきます。常設ポストではなく、「何かあったとき」に、「この人の意見を聞いてみたい」と思ってもらえるような、現役世代から「一目置かれる」ような技、経験、人脈がなければ、意見を求められることもなくなります。

 

3 解説

(1) 職人芸の継続

 法律事務所の弁護士にとっては、60歳、70歳、80歳になっても、「従前通りに弁護士業務を続ける」という選択肢があります。個人依頼者をメインとする業務においては、「年の功」が依頼者への説得力を増すこともありますが、企業法務においては、法律意見書の名義人たる顧問弁護士の経験年数が長いからといって、取締役の善管注意義務違反のリスクを軽減してくれるわけではありません。むしろ、新種の取引形態への理解や法改正のアップデートを踏まえた検討をする際の「コミュニケーションの取りやすさ」からすれば、執行部としては、同世代以下の弁護士と対等に議論できる環境のほうが好まれるようになります。

 そのためには、「従前からの依頼者企業」であっても、企業側関係者が世代交代するに応じて、法律事務所側でも、後継者を育成することは重要な経営課題となります(ボスがいつまでも前面に立って仕事をすることが後継者育成の阻害要因となってしまうリスクも認識されています)。

(2) 大所高所系アドバイザー

 上場企業では、最近、「相談役・顧問制度」を縮小し、株主への透明性に乏しい人事を排除する動きが見られます。そして、企業を卒業するシニア層には、後進に責任者たるポストを譲った後は、自社に残って影響力を行使し続けるよりも、他社のアドバイザーとしての活躍の場を見出すことが求められています。このことを、リーガルリスク管理にも当てはめるとすれば、法務部門の責任者(執行役員又は法務部長)としての任期を終えた人材は、他社に移るか、又は、自社に残るとしても、執行部門を退き、内部監査若しくは監査役・監査(等)委員的な業務に回ることが期待されているようにも思われます。

 ここで意識すべきは、「従前の部下との上下関係を生かした仕事のスタイルを継続することはできない」という点にあります。他社に移籍するにせよ、自社内で監査的役割に転じるにせよ、定年以降は、現役世代から、自分の言動それ自体の専門性や合理性に耳を傾けてもらえるような仕事をしなければなりません。そのためには、執行部時代から、自らリーガルリスクやレピュテーションリスクを分析する視点を踏まえた仕事を続けてきた蓄積が重要であるため、現役時代に、人間関係や調整力に頼り過ぎてその感覚が鈍ってしまっているとすれば、後輩世代から意見を求められることはなくなってしまいそうです。

(3) 営業コンサルタント

 定年を契機として、法律事務所と企業の間の人材交流が進むことがあります。社外役員は、法律事務所のシニアカウンセル世代が企業の非常勤ポストに迎え入れられる「法律事務所→企業」の流れですが、逆に、法律事務所が、企業の定年世代を迎え入れる「企業→法律事務所」の流れも生まれ始めています。

 前記(2)では、「人間関係だけに頼った仕事をしていたら、リーガルの専門性が鈍るのでアドバイザーとしての価値は下がる」という指摘をしましたが、逆に、法律事務所に欠けているのは(リーガルの専門性ではなく)「人脈」です。法律事務所の営業は、「事件が起こってからの後追い」になりがちですので、「事件が起こりそうな段階でいかにファーストコールを受けるか?」が営業の肝となります。もし、潜在的依頼者にとって、純粋な外部弁護士に相談するよりも、自社のOB/OG又は交友がある業界内の先輩に相談するほうが、敷居が低いのであれば、企業OBを媒介とした外部法律事務所選びも広がっていくことが想像されます。

 いずれにせよ、この場合でも、人材価値の面では、「この企業のOBだから一律に価値がある」と言えるものではなく、「こういう企業の現役世代から慕われているOBであるから価値がある」という位置付けになるので、「後輩世代からの信頼」が物差しとなります。

以上

 

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